第46話 プリント完全終了
(終わった、やっと終わった……)
ボクは書斎のイスの背もたれに体重を預けて思いっきり伸びをする。
体育祭が終わってから数日、書斎の机の上には今し方解き終わったプリントの山。
「良くやったよ。偉いぞボク」
つい独り言が漏れた。
課されたプリントの総ページ数は一体どれだけあったのか。5教科10科目分、1科目あたり10ページは下らなかったから少なくとも100ページ以上、いや、たぶんもっともっとあったと思う。けれど、もうそんな事はどうだって良い気持ち。とにかく今はこの開放感に身を委ねたい。
毎日の授業と同時にこの分量、さすがに辛かったけれど良い事もあった。中間テストの成績が良い方に上振れを見せた事。おかげで
「宇佐美君の事を思い出すと、やっぱりなんとなく胸が騒ぐね。
なんなんだろうね、これ」
少し高鳴る胸を押さえるように、独りごちた。
憧れと言えば憧れの存在だった宇佐美君。でもその一方でボクたちはお互いかけがえのない友達でもあった。
とはいえ、それはもう遠い記憶の世界での事。
今のボクは宇佐美君とは接点のなかったただの女子生徒の一人。でも憧れは強く残っていて、そして以前のように友達として彼の傍にいて、一緒に笑ったり泣いたり話したりしたいボクがいる。
「また昔みたいに一緒に話したりする時が、来るのかな」
女の子の会話にはまだ慣れないけど、不快な気はしない。でも以前のような男の子同士裏のない会話は気が置けなくて楽だった。良く言えば明け透け、悪く言えば言いたい放題の関係。
もう戻れないんだろうなと思うと少し寂しい。
そんな事を考えていたら時計の針は日付をまたいだ。
§
翌朝。
一限目と二限目の間の休み時間に、愛ちゃんが話しかけてきた。
「なーんか嬉しそうだね、
「え? そ、そうかなあ?」
突然ツッコまれて驚くボク。愛ちゃんはそんなボクにはお構いなく少し微笑んで言葉を続けていく。
「分かるよ。昨日までと表情の明るさが違うし」
「ええ?」
ボクの驚いた声にたたみかけるように、彼女はイスごとボクににじり寄ってきて破顔する。
「ほれ、何があったかおねえさんに教えなさい!」
その表情につられるように、ボクも笑顔を見せる。
「……いや、大したことじゃないんだよ?
実はね、山のようにあったプリントが昨日の夜ようやく」
ボクが喋り終える前に、彼女が口を開く。
「おお、アレ、終わったんだ!?」
「そうなんだよー」
よく分からない感情がどっと湧いてきて、ボクは泣いたような笑ったような微妙な表情になった。
「お、め、で、とーう!!」
出し抜けに愛ちゃんがボクに抱きついて、急なことにボクの思考は全然ついて行けてなくて、ただ困惑するだけ。
「えっ、ちょっ」
「えー? なになにー、何かあったー?」
その様子を見て取った
愛ちゃんはボクに抱きついた手はしっかりホールドしたまま、佳奈ちゃんに向けて答える。
「優樹があのプリントの山終わらせたって」
「えー、ほんとにー? やるねえー。ていうか早くなーい?」
愛ちゃんと同じように、ボクのことなのに嬉しそうな佳奈ちゃん。
全然腕を緩めてくれない愛ちゃんに困惑しつつ、ボクは。
「ま、まだ提出しきってないからっ、終わったわけじゃ」
「でも解き終わったんでしょー? すごいねー」
僕の前に立った佳奈ちゃんも笑みをこぼした。
「やっぱり私らの先生は違いますねえ」
「だから、先生じゃないから。褒めてくれたのはありがとうだけど」
ちょっとはにかんだ様子を見せてそう答えると、脇の下から愛ちゃんの声。
まだ抱きついてた。
「今日、全部提出しにいくんでしょ?」
「そ、そうだよ。お昼休みのうちに回ろうかと思って」
「じゃー、今日の勉強会はなしかなー?」
「そうだね、ごめんねみんな」
ボクが三人に目を配ると。
「いいっていいって。それよかプリントの方が大事だしね」
そう言ってやっと離れてくれた愛ちゃんが自席に戻っていく。
間髪を入れずに史香ちゃんが両手を合わせて提案の声。
「それじゃ放課後に四人で軽く祝賀会でもしませんか?」
「ごめーん史香ちゃん、あたし今日部活だわ」
「あっそうなんですね。でも愛さん来ないとつまらないですし」
佳奈ちゃんがボクの机に軽く腰掛けて、あっという間に井戸端会議が始まった。
こうなるとボクの入る隙はあまりなくて、ただ話を追いかけるだけ。
「ねぇ
「今週? 今週はなにもなかったかな」
「よしっ。じゃあさー、日曜日に四人でカラオケ行こー、カラオケー」
「あ、カラオケいいですねえ。私は参加しますよ」
「じゃーあたしも。優樹は日曜日大丈夫だよね?」
話がまとまった頃合いに、急に振られて戸惑う。最近よくある流れ。
「え? うん、特に予定はない、かな」
「じゃー決まりだね」
愛ちゃんの締めの一言で、女子四人次の日曜日の予定が埋まった。
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