第47話 じょしかい日和
日曜日、午後一時。
ボクは家の方から乗ってきたバスから降りて、待ち合わせ場所へ少し急ぎ足で向かう。
向かう先の方から呼ぶ声が聞こえてくる。
「
「あっ、
駅の西口バス停の隅っこにあるモニュメントの前で愛ちゃんが待っててくれた。
いつもの笑顔で迎えてくれる。
「いやあ、ライン使えないからちゃんと会えるかどうか自信なかったけど、なんとかなるもんだね」
「ごめんね、ボクまだスマホ持ててないから」
四人の中でボクだけスマホをまだ持っていないので、こうして愛ちゃんに待ち合わせてもらっていた。
申し訳なさでいっぱいだったけど、そんな気持ちを彼女の笑顔が吹き飛ばしていく。
「まあまあ、仕方ないでしょ。でもそのうち買うんだよね?」
「うん、そのつもりだけど。しばらくかかりそうかな」
「え、親が厳しいとか?」
「そういう訳じゃないんだけど、なかなか言い出せないって言うか」
ボクがそんなふうに言うと、愛ちゃんは真顔になって。
「優樹さあ、ちょっと引っ込み思案なとこあるけど、もっと堂々としてて良いと思うよ?」
「そうかな……」
「そうだって。
今だって十分やってるし、親御さんがどういうつもりかわかんないけどさ、今の優樹の出来具合なら強気に出ちゃっても大丈夫だって。
だから、早くラインで話そうね」
強気っていうのはパパやママに対してって事だと思う。でもパパやママならそんなに強気に出るまでもなく、スマホくらいは軽くオーケーが出ちゃうんだろうなと予想も付くのだけど。
いずれにせよスマホについては早いうちに話をしようと心に決めた。
二人並んで学校のこととか話をしながらカラオケ店に向けて繁華街を歩いて行く。
日曜日でもそれほど混み合っていないアーケード。
「もう二人とも着いてるかな」
愛ちゃんはそんな事を言いつつ慣れた手つきで素早くスマホを操作する。
着信音が数回鳴った。
「二人とも店の中で待ってるって」
他人が使っている様子を見ると、やっぱり便利だよねと思う。
§
それから数分でカラオケ店に着いた。
自動ドアをくぐって二人で店内へ入ると、フロント前のソファーで二人が待っていた。
「
愛ちゃんが元気にあいさつ。ボクも続けて普通にあいさつ。
「お待たせしましたー」
四人でわいきゃい騒ぎつつ受付を済ませて個室へ。
マイク一番は意外なことに史香ちゃん。
ボカロメドレーから始まる高音のシャワー。
愛ちゃんはJPOPの技巧派女性ボーカル曲を見事に歌いきって、佳奈ちゃんはアニソンメドレーで高得点をたたき出す。
盛り上がる個室の中、ボクが一巡目最後に歌うことに。
ところが。
「……実はね、歌えそうなのアニソンの男性ボーカル曲しかないんだけど」
ボクはおそるおそるそう言って、場の反応を見る。
そう、男の子の頃は女性ボーカル曲なんて歌えっこなかったから、自然に男性ボーカル曲しか歌ったことはないわけで。それで変に思われないか心配だった。
「え、全然良いじゃない。ただちょっとキーは上げた方がいいんじゃない?」
愛ちゃんは特に気にするようでもなくて、極々自然に対応してくれた。
そして史香ちゃんに至っては選曲リモコンを抱えてボクの選曲を待っている始末。
「なに歌うんですか? 錬金ですか? 巨人ですか? それとも魂ですか?」
「男曲ばっかり歌う子も結構いるからねー。大丈夫だよー」
佳奈ちゃんがダメ押しでそんな事を言ってくれる。みんな優しい。
結局選曲は史香ちゃんがやってくれて、キーは女声のそれに。そして自分でも驚くほど上手く歌いきってその場のノリは最高潮になった。
「優樹ちゃんもっと高域出そうだよね」
「そうですね。それじゃミク曲歌っていただきましょうか」
「え、え、ちょっとそれは」
「だーいじょうぶだいじょうぶー」
焦るボクを尻目に選曲されてきたのは、生身じゃ歌えないと評判の曲。しかも原曲キーでやたらと高音。
リセットは不可だよとみんなに言われてしまって、もうどうにでもなれとばかりに開き直ってマイクを握った。
画面に流れる歌詞がとんでもない速さ。息つく暇もないほど。
ところがボクの喉はそれに置いて行かれることもなく、正確にビートを奏でる。
正直、歌っているのか叫んでいるのか分からないような歌だけど。
最初は声を合わせてサポートしてくれていた三人だったけど、いつの間にかボク一人が歌っていた。
そして最後まで歌いきってアウトロへ。
曲が終わっても三人が静かなままだったので不安になって見回すと、三人が三人ともボクを見つめて目を見開いたまま固まってた。
「え? あの、みんな大丈夫?」
心配になって思わずマイクを持ったままそんなふうに尋ねてしまった。
そんなボクの問いかけで我に返ったのか、堰を切ったように三人から賞賛の言葉が投げかけられる。
曰く、この曲を歌いきったのは生では初めて見たとかで。
「動画に撮っておけば良かったですよ」
「ホントホント、アップしたらPV万単位行ってたかもね」
「そんな。それは大げさでしょ?」
「「「ないから! 大げさでもなんでも、ないから!」」」
三人が見事にハモった。
今のハモりを逆に動画にしたかったよ、ボクは。
その後もなぜだか次々ボカロ曲をリクエストされて、いい加減喉が疲れてきたところでやっとマイクから解放された。氷の浮かんだオレンジジュースが美味しい。
今度はしっかり動画を撮られてたので、アップしないでと懇願すると。
「まあいつも先生をやってもらってる事もあるし、ここは素直に先生に従っておきましょうや、ねえ? 佳奈ちゃん史香ちゃん」
愛ちゃんがそう提案して、首肯する二人。
なんとか晒されずに済むのかな? なんだか別のネタに使われそうな予感もするのだけど。
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