第34話 高校生活スタンバイ


 夜遅くまでかかってそんな事をしていた翌日。ママが朝から学校に電話をした。


 結論から言うと書類上の手続きは全て完了していることになっていて、あとは物品を揃えてボクが登校を始めるのを待つのみになっていた。


 物品や制服などは指定の商店に依頼する事になるので、それらの指定店に学校から連絡をしておくとのこと。あとはお店と直接連絡を取って入金や受け渡しをして下さいという事に。その他の物品も指示書があるので、それは他の書類とともに郵送されてくることになった。



§



 その週の木曜日には書類も無事に届いて。

 さらにその翌日、ボクとママはその指定店のひとつを訪れた。


 女子の制服は採寸があって、場合によっては直しが入るので納品まで日数が掛かる。特に今の時期は在庫もなくなっていて、さらに日数が掛かるかもと言うことだった。

 結局、少しボクは発育が良いようで在庫では合うサイズがないことが発覚した。


「三週間くらい掛かりますね」


 お店のお姉さんが言う。


 今は五月も半ばだから、できあがると六月で、もう夏服の季節だ。

 五月半ばから六月いっぱいにかけては合服の季節で、その日の気候によって冬服でも夏服でも、あるいは中間服でも自由にして良いらしい。なのでとりあえず中間服と夏服を揃えてしまって、衣替えになる十月までに冬服を揃えるというプランを勧められた。

 これならば在庫はあるのですぐ用意できるという。なのでその場で揃えてもらうことにした。


 試着の結果も上々で、着替えたところをママに見せると例によってスマホのカメラが待っていた。


「ママ? なにもこんな所で撮らなくてもいいじゃない」


 僕がちょっと怒った風に言ってもなんのその。スマホのシャッター音が響く。

 なんていうか、ぶれないママが強すぎる……。


§


 その日はその後も指定店巡りをして、体操服や教科書、学用品が揃った。


 そういえば指定鞄はなかったりする。

 どんな鞄を使っていたか、ボクは記憶を手繰る。男子はほぼみんなスポーツバッグだったけど、女子はどんなだったか……。一応指示書はあって、スポーツバッグまたはリュックのように背負えるもの。登山で使うような大型の物はダメと書いてあるのだけど。


「ねえママ。鞄なんだけど、どんなのが良いと思う?」


「ママも最近の女の子の好みって分からないし……、お店で尋ねてみたらいいんじゃないかな?」


 その言葉の通り、鞄店で聞いてみたら次から次にリュックが出てきて目移りするほど。通学リュックっていうジャンルがあって、色も形も様々。でも教科書やらノートやらを詰め込むので相当重くなるらしく、丈夫なのを勧められた。


「よく出るのはこのファスナーが少し目立つタイプのブラックですね」


 お店のおじさんがそんな事を言いながら見せてくれる。

 他にもグレーやブルー系に女の子人気があるそうだ。


 ボクはあれこれ試しながらうんうん唸ってばかりでなかなか決められない。


 結局店員さんに強くお勧めされたタイプのグレーに収まることになった。



§



「そんな訳で、学校に持っていく物とか、だいたい揃いました!」


 晩ご飯の終わりがけ。いつの間にか日課になったボクの報告会で、パパに向かって明るく報告した。


「そうなんだ。案外早かったねえ」


 少し驚いた風にパパが答えると。ママが相の手を打った。


「あとは冬服の制服だけね。在庫がないからすぐには用意できないって」


「そうなんだねえ」


「それでね、パパ。ゆうきちゃんの夏服姿、すっごーくかわいいのよ!」


 ママのテンションが上がっていくのが分かる。これはまたファッションショーをやらされる流れだよね、多分。


「そんなだから、ほらゆうきちゃん、パパにも見てもらいましょ! ほらほら」


 ママに連れられてあれよという間に一階和室に連れ込まれる。

 そしてちゃっちゃっと着替えさせられた。



「ほーらパパ。見て見て」


 ママがそんな声を掛けながら、ボクを後ろから押し出すようにしてパパの待つ食卓の前へ。


 ママはもうスマホを構えて準備万端で。

 パパもほうとため息をついた口のままこっちを凝視してる。


 パパは少しの間そのままだったけど、ボクと目が合うとサムアップが飛んできた。どうやら表には出さないけど、パパも結構こういうのが好きらしい。



 僕の両親ってこんなノリノリだったっけ? それとも娘が相手だとこれだけ変わってしまうんだろうか。

 ともかくその夜もちょっとした撮影会になっちゃって。ボクはさらに中間服にも着替えてポーズを取りまくる事になった。



§ 



 週が明けて月曜日になった。


 今日は明日から始まる高校生活の前に、一度担任の先生のところに出頭する日。


 朝から身支度を整えて、着替え。もちろん光星高校の制服。

 まだ夏服には早い気温だったので、長袖のブラウスに夏用スカートの組み合わせになる中間服での登校。


 正規の登校時間ではなくて、二限目が始まるぐらいの時間に間に合うように家を出る。

 ママは送っていくわと言ってくれたけど、どうせ明日からは一人で通う事になるのだし、実際のところ一ヶ月ほどは通っていた道のりでボクにとっては慣れたものでもあって。



 自宅近くのバス停から、15分に一本のバスに乗って駅へ15分。駅からは別方向のバスに乗り換えて15分。乗り継ぎ時間を含めても40分もあれば学校の下へ。でもここからが少し大変で。


 光星高校は周りが平地の中で、そこだけが島のように突き出た丘の上に校舎がある。だから最寄りのバス停からは上り坂を歩かなければいけない。

 歩くこと自体は苦じゃなかったけど、五月のこの容赦ない日差しの直撃はちょっと暑いのと……さっそく日に焼けてしまいそうな予感がした。



 ボクは職員室のある本棟校舎の来客玄関から入る。持ってきた上履きに履き替えて、スニーカーはとりあえず靴箱へ。

 職員室は二階。階段を上がって職員室前へ歩く。先々週、日も暮れかかる中でボクが追い出されたあの職員室へ。


 まだ一限目の授業中なのであたりは静かで、緊張で響き渡る動悸を感じながらボクは職員室の引き戸を開けて声を発した。


「失礼します。明日から復学予定の財部優樹たからべゆうきと申します。工藤先生はいらっしゃいますか?」

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