第32話 財部ゆうき、復学したい


 高校に復学できそうなのは良いけれど、制服とか教科書とか、それに一番大事な学費の問題もあって、ボク一人で結論は出せないってこと。それをレイアちゃんにもきちんと説明して、この件は一旦保留にしてもらった。


 ボクとしては復学できるのならしたいとは思う。思うけど、現時点でその優先順位は低いんだよね。


 パパやママの側にいつもいることが一番重要だと思っているので。

 その一方で年頃の女の子が学校にも行かず家でグズグズしているというのもパパやママに悪いしとも思うし。よく相談して決めたいと思う。


 ボクが高校に復学できるかもなんて言ったら二人はどんな顔をするんだろうね。



 それから、真理録レコードの開き方から書き込み方、さらに今回一番大事な高校の情報に手を出すやり方を彼女から教わった。


 真理録の出し方は、鎌を僕の前の空間に置いて。本を開くようなジェスチャーをするだけ。その時に誰の真理録を開くのかしっかりイメージしないと開くことができないか、関係ない物が開くという。


 その上で書き込みや消去は慎重にも慎重を重ねた方が良いと念を押された。


「真理録は書き込んだ内容の通りになっちゃうから、ものすごく広範囲に影響が出ることもあるわ。

 もしそうなったら完全な修復は不可能に近いから、特に消すときは気をつけてね。

 あとこれはユウキ限定だけど、真理録にあるアナタ自身の項目は書いたり消したりしちゃダメよ?」


「ボクがボクじゃなくなるから?」


「そう。書き方によっては人のゆうきになっちゃうから神の力も使えなくなるし、記憶も置き換わるから、自力じゃ戻せなくなるわね。

 ワタシが気がつけば元に戻すことはできるけど、あんまり時間が経ってしまうと戻したときの反動がどう出るか……」


 想像すると恐くなってくるので、その話題は止めてと玲亜ちゃんを押しとどめた。


「高校の記録の方はアナタの個人記録に過ぎないから、多少のエラーは問題にならないわ。

 それじゃちょっとやってみましょうか」


 練習と称して、レイアちゃんが横に付いて高校の情報で書き方の実地をやってみた。


 書き込みは指一本で項目をなぞりながら内容を思い浮かべるだけで簡単にできた。消去も同じ要領でできるから作業としては簡単なんだけど、書き込み先を探すのが結構骨折りだ。とはいえそこら辺は鎌がある程度上手いことやってくれるみたいではあるのだけど。



§



「それじゃ、今日はお邪魔したわね」


 レイアちゃんが玄関で靴を履く。停止時空はまだ展開したままだ。


「高校のことはパパとママに聞いてみるけど、ダメでも恨みっこなしだよ?」


 ボクはちょっと口を尖らせて念押しする。

 レイアちゃんは意に介さない様子で微笑みと共に返事する。


「はいはい。でも吉報を待ってるわね」



 二人で玄関の外へ。


「じゃ。ワタシはここで」


「うん。それじゃ」


 別れの挨拶と共に、レイアちゃんは瞬間移動で帰って行った。


 すぐさま停止時空が解除されて、世界に色が戻ってくる。



 その様子を見て、ボクはふう……と一息。


 今日の午後は色々ありすぎて少々疲れてしまった。

 ボクは門柱にもたれかかりながら空を見上げる。



 学校……かあ。


 少しそのままの姿勢でいたけど、そのうち気がついた。


「そうだよ、宇佐美うさみ君と毎日顔を合わせる事になるじゃないか」


 つい独り言が出る。と同時に土曜日に彼の跡をつけたこと、彼が覚えてたら気まずいなと思った。


 そんな風にあれこれ学校のことを考えていたら、そのうちママの自動車が帰ってきた。



§



「学校に通える事になりそうだって言うのかい?」


 ボクは夕食の席で今日あった事のうち、レイアちゃんのことと学校のことをパパとママに話した。さすがにボクの中身が一時変わったことは話せなかったけど。

 二人ともまた驚きを隠せていなかったけど、ママの反応はパパよりも落ち着いているように感じる。


「うん、生成神の、レイアちゃんって言うんだけど、彼女が使ったやり方でできてしまうらしくて。

 彼女は男の子時代のボクを追いかけてそのやり方で光星高校に合格した事にして、それで今もそのまま高校に通ってるんだよ」


「そんなやり方で先生とか他の生徒さんとかが不審に思ったりしないの?」


 ママが尋ねてきた。


「ボクがいたときはそういう不審な人が通ってるっていう話は聞かなかったね」


「なんだかゆうきの話を聞いてると夢の世界にいるような気持ちになって来るねえ」


 パパが頭を掻いてはまた腕組みをする。


「ボク自身もまるで夢みたいなんだけどね」


 ボクはそう言って食卓に両肘をついて手のひらを合わせる。

 三者三様に考えを咀嚼しているのか、ボクを含めてみんな黙ってしまった。


「それで、ゆうきとしてはどうしたいんだい? 学校に戻りたいのかい?」


 ひとときの静けさを破ったのはパパ。


「ボクとしてはパパとママのそばにできるだけ長くいたいと思ってて、だから学校はもうどちらでも良いんだけど……。でも15歳の女の子が学校にも行かないでずっと家にいるのもどうかなって……ご近所の人とか不審に思わないかなって」


 ボクは考えていたことを率直に述べる。そしてさらに続けた。


「それに、お金も必要になるよね。制服や教科書とか、あと交通費とか。そこまで考えちゃうと、あんまりパパやママに負担を掛けるのもどうかなって……」


 パパはじっとボクのことを見ている。そして口を開いた。


「多分ゆうきの一番心配してることは、お金のことだねえ?」


 鋭い。ボクは思わず身震いした。


「お金のことは心配しなくて良いんだよ。パパとママはゆうきがやりたいこと、行きたい所にはどこまでだって付いていくからねえ」


「それじゃ……」


「行けるようになるのなら行った方が良いと思うんだよねえ」


 パパはそう言ってニコッと笑った。

 ママもいつも通り穏やかに微笑んでる。


 こうしてボクは高校に復学することになった。

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