第27話 ほんとうにごめんなさい


 インフォメーションに向けて人波を追い越して早足で歩くけれど、なかなか前に進めない。隙間を探して、少しでも前へ行こうとするけど、そういうときに限って前から人がきて鉢合わせになってしまう。

 焦る。

 ママはどれだけ心配してるんだろう。

 また倒れたりしてないだろうか。


 後悔が胸をよぎる。


 一番広い中央通路の真ん中。屋上まで吹き抜けになった大空間の一番下に、インフォメーションの大きなサインが掲げられていた。


 そこへ真っ直ぐに向かう。

 インフォメーションの隣で、イスに腰掛けているママの後ろ姿が見えた。


 真後ろから近づかずに、少し大回りをして横から、ママの視界に収まるか収まらないかの角度から。

 不安そうな横顔が見える。さっきレストランで見せた嬉しそうな顔とは真逆の。


 ほんとうに、ごめんなさい。


「ママ!」


 まだ少し離れてるけど、声を上げた。


 ハッと気がついたママがこちらを向いて、安堵と不安が入り交じって、今にも涙が零れそうな表情。


「ゆうきちゃん、良かった……」


 その小さな声を合図にして。

 タッと軽くダッシュして、立ち上がりかかるママを制して抱きついた。


「ママ、ごめんなさい。


 言いつけ、守らなかったボクが、悪いよね。


 ほんとうに、ごめんなさい」


 少し途切れ途切れの声で謝るボク。そうしたら。


 そっと頭を抱きかかえられる感覚がして。


「だいじょうぶ。ママはだいじょうぶだから。少しびっくりしただけだから」


 ささやく声が耳に残った。



「良かったですね、お嬢さま見つかって」


 その声を見上げると、インフォメーションのお姉さんがにこやかに立っていた。


 ボクは抱きついていた手を離して立ち上がると、そのままお姉さんに一礼する。


「あの、ご迷惑おかけしました」


「いいんですよ、私どもは仕事ですので。それよりも、お母さまの側にいてあげて下さいね」


 にこやかなまま、そう言われたボクには返す言葉がなくて。


 改めて、ママの横の席に座る。

 ママがボクの手をぎゅっと握ってくる。まだ彼女の中で渦巻いている不安が、握った手を通してボクに伝わってきた。



 しばらくの間そうしていたけど、そのうち握る手も緩んできて、不安な気持ちももう伝わらなくなって。

 おもむろに手が離れていつもの明るいママの声がする。


「よし。


 ママはもう大丈夫だから。ゆうきちゃん、お買い物の続き、行こうか」


「大丈夫なの?」


「うん。心配かけちゃったね。もう大丈夫」


 ボクとママは改めてインフォメーションのお姉さんにお礼を述べて、お買い物の続きに出ることにした。



§



 それから結局、このショッピングセンターにある全部の衣料品店を回ってお買い物をすることに。


 ママはすごく精力的で、ボクを着せ替えては嬉しそうな……というよりも悦に入っているというか……。そしてボクは完全にママの着せ替え人形になっちゃって、最後の方はもうへとへとに。


 時計はもう午後5時を回っていた。


 どれだけ買ったのか分からないくらい。ボクとママは両手一杯にショップの袋を抱えて、コーヒーショップのソファに沈んで休憩タイム。


「いっぱい買っちゃったね、ママ」


「ちょっと張り切り過ぎちゃったかな」


 そう言いながらも顔は反省してない様子で、どう見ても。


 それから今日のお買い物とかお昼ご飯とかの話になって。

 そして話の流れでお昼のことになった。


「ゆうきちゃんね。はぐれちゃったとき、どこに行ってたのか教えてもらってもいい?」


 それまで感じていた楽しさが、ボクの中から消えていく。

 ママはそんなボクの様子に敏感に気付いて。


「責めているんじゃないのよ? 単に何があったか教えて欲しいだけなんだけど」


 ママの顔を恐る恐る窺う。

 いつもと同じ優しいまなざし。その表情につられて、ボクは訥々とつとつと。


「実は、ね。ママを待っていたら、通路を歩いて行く人たちの中に、ボクが知ってる男の子がいて。それで、思わず後を付けて行っちゃって。


 二階の本屋さんまで行ったところで、はっと気がついて。急いで戻らなきゃって。


 それで、急いで元の場所に戻ったんだけど、もう遅かったみたいで。


 ……ごめんなさい」


「うん、よく話してくれたね。ありがとう。


 それで、その男の子ってどういう人だったの?」


「見間違えはないと思うんだけど、宇佐美 司うさみ つかさ君って言って、ボクが男の子の時によく一緒だった友達なんだ。

 小学校の途中から転校してきて、中学も、高校も一緒だった子」


「そうかあ。それで思わずふらふら付いて行っちゃったんだね」


「そう……なんだけど。

 ……どうしてそうしようと思ったのかは全然、分からなくて。

 会ったところで宇佐美君はボクの事知らないはずなのにね」


 ママはなにも言わずにボクの話を聞いてくれている。

 ボクはそのまま黙ってしまって、お互いに静まったまま時間だけが過ぎる。


 ボクは飲み終わったカフェラテの氷をストローでくるくると。

 そのうちママも飲み終わって。


「それじゃあ、帰ろっか」


 ママの一声で、ボクたちは家路に就いた。

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