第21話 パパの願い


「ただいま、ゆうき」


 そう言ってパパは手に持っていたビニール袋を掲げる。


「パパ、お帰りなさい。何か買ってきたの?」


「うん。ゆうきにスニーカーをねえ」


 そう言ってボクにビニール袋を渡してきた。中には靴の箱が。

 ボクはその場で箱を開けると、出てきたのは白とベージュの落ち着いた配色をしたスニーカー。


「サイズはどうしたの?」


 と、ボクが聞くと。


「朝、出がけにママに聞いたんだ。ママと背丈がほとんど一緒だし、見たところ足のサイズも似た感じだってねえ」


 昨夜パジャマを用意した時にママと比べっこをしたけど、どうやらその時に目安を付けていたみたいだ。


「一度履いてごらんよ。合わなかったら交換してくるよ」


 そう言ってパパもその場に留まって、ボクはスニーカーの試着をする事になった。

 框に腰掛けて靴ひもを調整。爪先の具合もちょうど良いみたいだ。履き終えたところでスッと立って爪先をトントン。ごそ付くこともなければきついこともなくて、ボクの足にぴったりだ。


「うん。ぴったりだよ。パパありがとう」


 ボクは玄関から上がってこちらを見ていたパパを見上げながらお礼を言った。


 パパの屈託のない笑顔。

 昨日はちょっと疲れてる感じに見えたけど、今こうやって笑顔を見ると前と変わらない感じがして安心する。背が高くてひょろっとして少し頼りなく見えるところは相変わらずだけどね。


「これで、外にも出かけられるね。それじゃ、箱とか片付けちゃうねえ」


「あ、それくらいボクがやるよ」


 パパはいらなくなった箱と袋を持って奥に行こうとしたので、ボクは慌ててスニーカーを脱ごうとする。けれど、靴ひもがなかなか解けなくて追いかけられない。

 結局パパはそのままキッチンの方に消えてしまったので、ボクは玄関で一人ゆっくりと靴ひもを解くことになった。


 玄関から戻ると、パパは居間のソファーで手紙に目を通していた。


 その様子を見てボクはハッとする。

 パパの座っている前には、ボクが読みかけだったライトノベルがそのまま積まれてる。ノベルをボクが勝手に出してきた事を咎められるかと思って、急にドキドキしてきた。

 どうやって言い訳しようかと思ったけど、今日は書留も届いてたのでそこから自然に話を繋ぐことにした。

 ボクはパパのそばに立ったまま手紙のことを伝える。


「パパ。今日届いた郵便はそのテーブルの上と、あと書留が一通あったから、そっちは食卓の方に置いたんだけど……」


「ありがとうねえ、ゆうき。書留も受け取ったよ」


「……うん。なら、いいんだけど……。その……」


 言いよどむボクにパパが気がついて、話を向ける。


「ゆうき、どうしたの? なにか言いたいことがあったかな?」


「お昼間にパパのお部屋に勝手に入り込んで、本を持ち出しちゃったから……。その……ごめんなさい」


 パパはそれを聞いて少し目を見開いて驚いたようだったけど、すぐにやさしい目に戻った。そして目の前に積まれたノベルに目を移す。


「ああ、この小説のことかい。気づいていたよ。それで、どこまで読んだんだい?」


 パパの顔がボクに向く。


「いちおう、一通り最後まで」


 そのパパの目をまっすぐに見て、ボクは答えた。


「……そう、か。じゃああとがきも見たんだねえ」


「……うん」


 パパはノベルの方に向き直って、ちょっと照れくさそうに頭を掻いた。


「……はは、ちょっと恥ずかしいねえ。……そうか、あれ、見ちゃったか」


「……ごめんなさい」


「いや、いいんだよゆうき。ただ本人に見られちゃうことまではさすがに想定していなかったけどねえ……はは」


 そう言いながらなおも頭を掻いているパパ。その耳が少し赤くなったような気がする。

 しばらくそのままだったけど、おもむろに顔を上げてボクに問いかけてきた。


「それで、それでだよゆうき。小説、どうだった? 面白かったかねえ?

 ま、まあ座って。良かったら感想、聞かせておくれよ」


 促されてスツールに腰掛けるボク。

 そして小説を読んで感じたことをありのまま伝えた。


 パパはボクが伝えるごとにうんうんと頷いて、ボクの感想に熱心に耳を傾けてくれた。


「……うん、うん。やっぱりそう感じるよねえ。ありがとう、ゆうき」


 パパはボクの話を目を閉じたまま聞き入っている。そして時々うんうんと頷いてはなにやら独り言のように話していた。


 そんなパパの姿を見て安心して。

 そしてボクからもひとつ、パパに聞いてみることにした。


「ねえパパ。小説の主人公のゆうきちゃんって、やっぱりボクのことがモデル?」


 パパは目を閉じたまま、でもまた耳が赤くなってきて。どうやらその通りみたいなんだけどなにも話してはくれなくて。そのまましばらく無言だったけど、ようやく落ち着いたのか、パパの目が開いた。


「そうだねえ。小説のゆうきちゃんは間違いなくゆうきがモデルだったねえ。

 ママほどではなかったけれど、パパもゆうきが亡くなってそれはもう悲しかった。でもパパの悲しさなんてママに比べたら大したことなかったよ。

 それでもやっぱりゆうきが大きくなった姿は見たくて。それで、パパの勝手な想像の中でだけど、ゆうきにはいっぱいいろんな事を見て、聞いて、成長してもらって。本当はそのまま夢の世界で幸せに暮らしましたで終われれば良かったんだけどねえ。

 やっぱり、親としてはねえ。大きくなったゆうきの姿をその目で見たかったんだねえ」


 いつの間にか、パパの声が少し涙声になっていた。


「だから、昨日ゆうきがここに座っているのを見た時は本当に驚いたよ。僕の想像していた、大きくなったゆうきがそのままここにいたんだもの。ねえ」


 そこまで話すと、パパはボクの両手をそっと握って。


「本当に、よく帰ってきてくれたね。ゆうき。もうどこにも行って欲しくはないねえ。無理なお願いかも、知れないけども」


 ボクはそのお願いを、じっと聞いているしかなかった。

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