第20話 おるすばんはおしまい


 午後5時。


 午前に読んでいたライトノベルをまた引っ張り出してきて居間で読んでいたら、インターホンの電子音が聞こえた。

 ママが帰ってきたみたいだ。


 鍵は持って行ったはずなのにおかしいなと思っていたら、インターホンが再び鳴った。ボクはインターホンの受話器を取って、もしもしと声をかけた。


「あ、ゆうきちゃんごめんね、両手が塞がっちゃってて」


 その言葉を聞いてボクは急いで玄関へ。ドアを開けるとマイバッグを両手に抱えたママが待っていた。バッグはどちらもいっぱいに詰まっててすごく重たそうだ。


「バッグ持つね」


 ボクはそうママに声をかけて、右手からバッグを一つ取った。


「ありがとう。助かるわー。行けるかなって思って両手に持っちゃったら重くて」


「危ないからムリしないでね。ママ」 


 ボクはママを先に玄関に通して、あとから入ってドアを閉めた。

 サンダルを脱いで家に上がって。

 ママの持っていた方のマイバッグに手を伸ばして尋ねる。


「バッグはどこに持って行けばいい?」


 上がり框に腰掛けてパンプスを脱いでいるママが答えた。


「そのままキッチンのシンクの前に下ろしておいてくれるかな? あ、こっちのは玉子が入ってるからそーっとね。気をつけてね」


「うん、わかった」


 ボクはもう一つのマイバッグも持ってキッチンへ。

 マイバッグは二つとも食料品でてんこ盛りだったけど、見かけの割に軽々と持てた。言われたとおりシンク前の床にバッグ二つを注意深く置く。


 ママが洗面所で手を洗う音が聞こえてきて、それも止んだらキッチンに現れた。


「ゆうきちゃんありがとうね。重かったでしょ?」


「そうでもなかった、かな」


 それを聞いてママは少し驚いたようで、見かけによらずに力持ちだねー、なんて軽い感じで答えた。


「あ、そうだ。ゆうきちゃん悪いけど車のロック掛けてきてもらえるかな?」


「うん。キーはどこ?」


「ダイニングのイスにママのショルダーが置いてあるから。内側のポケットの中よ」


 ボクが探すと黒いキーがすぐ出てきた。

 右手を頭の上に伸ばして、持ったキーをママにも見えるようにしながら尋ねる。


「ママ、これ?」


「うん、そうそれ」


 玄関からサンダルを履いて外に出て、左脇のカーポートへ。

 そこには白い軽自動車が一台駐まっていた。


 見たことのない車だった。


 カーポートは縦に二台分のスペースがあって、軽自動車は奥の方に止めてある。

 もう一台分のスペースにも別のタイヤ跡が付いているから、パパも自動車通勤らしく、そこは以前と変わりがない。


 以前も車は二台あったけど、一台はミニバンっていう大きめの車だった。ボクもいたから塾への送り迎えとか家族旅行とかで大活躍していた記憶がよみがえる。今は大人二人の生活だったからそんなに大きな車は必要ないって事なんだろう。こんなところにもボクがいなかったことの影響みたいなものが現れてて、複雑な気持ちがする。


 手に持ったキーをよく見るとボタンが付いていて鍵のマークが印刷されてる。リモコンになってるみたいなので、軽自動車が見える所に立ってボタンを押してみた。ピッと音が鳴ってハザードランプが一回点滅。これでロックは掛かったみたいだった。


 キッチンに戻って来ると、ママが買い物の仕分けをしている真っ最中だった。


「ロック掛けてきたよ」


「ありがとう。キーをショルダーに戻しておいてくれる?」


「うん」


 キーを戻して仕分けの様子をシンク越しに窺ってみる。それにしてもいっぱい買ってきてる。パパとママ二人でそんなに食べるとも思えなかったから、もしかしてと思って聞いてみた。


「すごくいっぱい買って来たんだね」


 ママは仕分けの手は緩めずに答える。


「一週間分ぐらい買いだめしてるからね。それにゆうきちゃんの分を増やしたからいつもより多めなの」


 単純計算でも三人分だから今までの1.5倍ぐらいにはなる計算で。なるほどそれならこの量は納得できた。

 ママが続けて話す。


「でもちょっとこれは多すぎるかもね。冷蔵庫に収まるかなあ」


「収まらなかったらどうするの?」


「そうね、痛む前に食べちゃうしかないわね」


 ママがちょっと残念そうに言う。


「でも、ゆうきちゃんがいるからなくなるのも早いでしょうし、大丈夫大丈夫」


 最後はそう言って明るく締めた。


§


 仕分けが終わるとママは普段着に着替えて再びキッチンに。晩ご飯の支度を始めるみたいだ。

 何か手伝える事ある? ってボクは聞いたんだけど、昨日と同じでやんわり断られた。包丁とかまだ危ないって思われてるのかな。今の僕の手が包丁に負ける気はしないけど。


 女の子だしっていうのとは違うけど、今のところボクは学校にも行けないし、どこかに自由に出かけられるって訳でもないから、家にいるしかなくて時間がいっぱい余る。何かパパとママの役に立ちたいっていう気持ちが強いのだけれど。


 やる事も特にないボクは、仕方がないのでシンクを挟んでママの向かいに立って、晩ご飯の支度の様子をじーっと見てる。ママはそんなボクの様子を案外気にしないようで、着々と支度を進めてる。そのうちボクはただ立ってるだけなのも飽きてくるから時々しゃがんだりして。それでシンク上のカウンターみたいになってるとこから顔だけ覗かせていたら、とうとうママが吹き出した。


「なあにそれ、ゆうきちゃんめちゃくちゃ可愛いんだけど」


 急にそんな事を言われて混乱する。


「えっ? えっ? ボク、何か変なことしてた?」


「変じゃないけど、さっきからぴょこぴょこ動いて可愛いなぁって」


 そう答えながらも手は休めないママ。


「だってやることないからヒマだし」


 うふふ、と含み笑いしながら包丁を振るうママ。ちらっちらっとボクの方を見ては、そのたびに口元が動く。

 なんだかひどいなーなんて思ってたら、ママが話しかけてきた。


「そういえばゆうきちゃん、お昼はなに食べたの?」


 来ました、やっぱり聞かれるよねそれ。


「んーとね、結局ラーメン作って食べたよ。もやしとハム入れた。あっ、さすがに使い切れなかったから余った分は口を閉めて元のところに置いてあるんだった。ハムはラップで包んで冷蔵庫に入れてあるよ」


「そう。ちゃんとできたんだ、偉いね」


 今朝もそうだったけど、ママはボクのことをやたらと褒めてくれる。ボクが高校一年生の年齢だっていう感覚がないのか、何かできるたびに偉いねの連発だったり。

 でも仕方がないのかなとも思う。ママの知っているゆうきはまだなにもできない赤ちゃんのゆうき。そこから比べたら今のボクなんてなんでもできちゃうから、凄いと感じちゃうのも無理はないのかも。

 いつまでこんな調子で褒められまくる事になるのか分からないけど、先は結構長そうだなとも思えていて。


 着々と準備の進む晩ご飯。いつの間にか時計の針は進んで午後6時半を回っていた。

 今気がついたんだけど、今日はパパの帰りが昨日よりだいぶ遅い。まだ二日目だからこれが普通なのかそうでないのか分からないけど、ママが何も言わないところを見るとこれが普通なのかな。そんな事を思っていたらインターホンが鳴った。


 玄関を開けると、パパがショップのビニール袋片手に立っていた。

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