第18話 生成神は秦玲亜である


 生成神と二人、絡み合ったまま空中に浮いている。

 もちろんボクの鎌は彼女の首元を狙ったまま。本当に首を刎ねることができるのかどうかは分からないけれど。でも彼女の顔は怯えた表情のままだから、たぶん切れちゃうんだろうとは思う。


 さっきからずっとこの体勢のまま返事を待っているのだけれど、一向に動きがない。軽く五分くらいはフリーズしたままじゃないかな、これ。

 それにしてもあまりに動かないので、もう一度聞いてみることにした。


「ねえ。生成神、 教えて?」


 ボクはわざとゆっくりと、答えを促すように問いかけ直した。


 彼女の唇が密かに動く。

 でも、声は聞こえなくて。


「ごめん、声が小さすぎて聞こえない」


「……はた、れい……あ……」


「はた れいあ、だね?」


 ボクがそう言って確認すると、彼女はものすごく微妙に首を縦に振った。

 それを見てボクは鎌を彼女の首元から外す。


 彼女の顔が安堵の表情に包まれたけどそれも一瞬で、すぐにいつもの不敵な表情に戻った。首元を気にして空いている左手で何回もさすってる。


「アタシのこと、輪廻に還すんじゃなかったの?」


 レイアがボクのことを見つめたまま、いつものはっきりした声で聞いてきた。


「え? そんなことしないよ。しても仕方がないし。それよりも昨日教えてくれなかったからね、キミの名前。だからどうしても聞きたかった」


 ボクは鎌を後ろ手に回して、これ以上攻撃する意志のないことを示した。

 ボクの中の黒い感情はまだ種火みたいに残ってるけど、とりあえず生成神の名前が聞けたのでだいぶ落ち着いてきた。


「今度からはレイアちゃんって呼んでいいかな?」


「別に、構わないけど」


 彼女は僕から目線を外して、素っ気ない返事。


「これからどうするの? まだやるの?」


「今日はもう帰るわよ。アナタにしてやられちゃったからね、出直しよ。で、な、お、し」


 彼女はそういうと、右手を開いてハンマーを消した。

 ボクも握っていた彼女の右腕を離して、鎌をペンダントに戻す。


「ボクは色々とレイアに聞きたいことがあるんだけどね。今日はダメでも、また今度話聞いてもいい?」


 彼女はボクに握られてた腕を少し気にしながら答えた。


「勝手にすれば? でも、アタシは普段高校に行ってるからあんまり時間ないわよ?」


「知ってるよ、光星高校でしょ。ボクはもうあの学校には行けないけど」


 彼女は驚いた顔をして聞いてきた。


「もう行けないって、アナタあそこの生徒だったじゃない? 何か起こったの?」


「……うん、実はあの日の夕方どうやら面倒なことが起きたんだ」


 ボクは少しうつむき加減になって続ける。


「レイアから逃げたあと、僕は一度家に帰ってからもう一度学校に行ったんだ。

 そしたら教室のボクの席には荷物が一つもなくて。それで先生が預かっているのかと思って職員室に行ったんだよ」


「うん、それで?」


「そしたらね、担任の工藤先生に、財部たからべという生徒はこの学校にいないって、言われて……」


 うつむいていた僕の目から、不意に涙がこぼれる。涙声になったまま、ボクは続ける。


「それで学校からも追い出されて……。ボクの席もなくなってるし、下駄箱にもボクの名前はなかったし」


「妙な話ね」


「……それから、もう一度家に帰ったんだよ。で、ママが家にいて、ボクのことを分かってはくれたんだけど、少し変なところもあって」


「何がどう変だったのよ?」


「財部ゆうきは15年前に死んでいたんだ」


「は? なんで? アナタ今ここにいるじゃない」


「すごくややこしい話でね。15年前に死んでいたのはゆうきっていう女の子なんだ。で、ボクは元々は同じ優樹だけど男の子だったでしょ? それで破壊神さんが何か仕掛けをしたんじゃないかなって思ってて」


「んー……。確かに元の破壊神はアナタの中にいるのは間違いないわよ? でも破壊神としての意識はもうない。記憶もないわね」


「そうなんだよね。ボクに破壊神としての記憶はない。けどこうやって力は使えるし、力を使う時に何かサポートみたいなのも効いてる」


「そのゆうきって女の子、アナタとはどういう関係になるのよ?」


「ボクのことを見てパパはママそっくりだって言うし、ママはパパそっくりだって言うんだ。それから、女の子のゆうきちゃんが赤ちゃんだった頃の写真を見たんだけど、それはボクが赤ちゃんだった頃の写真と同じ顔してた。

 だからボクのこの身体はたぶん女の子のゆうきちゃんのものだと思う」


「つまり、女の子のゆうきが死ぬ前に破壊神がその子に憑依して、そうして男の子ユウキ、アナタができて15年生きてきたと」


「たぶん」


「でもそれじゃアナタが女の身体になった理由にはなるけど、アナタがこの世界から消去されてる理由にはならないわよね」


「そこがよく分からなくてね。だからこうやってレイアに聞いてみたわけだけど」


「ワタシもこんなケース初めて目にするから分からないわね」


「……そう、なんだ」


「言い方を変えると、破壊神が関わったアナタの15年分の世界の記憶がなくなちゃってて、その代わりアナタの元になった女の子のゆうきちゃん本来の世界の記憶だけ残ってる状態になった、という事ね」


 ボクは無言でレイアの説明を聞く。


「ワタシにしてみれば好都合なお話だけどね。アナタをここから連れ去っても誰も気にしないし悲しまないから」


「それはダメだよ。もうパパとママにはボクの存在は知られてるし、ボクは女の子のゆうきとして生きることにしたから」


「あーあ、ナニソレ。また面倒なことにしちゃって……」


 彼女は目を閉じて天を仰いだ。


「男の優樹にとっても女の子ゆうきのパパとママは父さんと母さんだからね、そのまま放っておくなんてできないよ。だから、これだけは譲れない」


 仰いでいた顔を戻して、彼女はあきれ顔で話していく。


「はいはい。あーもうなんでこうなるのかしらねー。ホントいい加減にして欲しいわ破壊神も。ややこしい仕掛けをしていったものね」


 彼女はそう言うと目をつぶって少し考えていたようだけど、もう帰ると言って瞬間移動していった。

 そこでようやく周りの景色に色が戻って、街の音も再び聞こえてきた。


 そこで気がついたんだけど、ボクはまだ空中に浮いていて、しかも破壊神の派手な服のままだったんだ。

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