第17話 キミの名前を教えてね


 一瞬頭にがれきがゴツンと当たる感覚があったけど、すぐに視界は明るくなった。

 空だけが見えるので、たぶん仰向けの姿勢。例によって凄い速度で飛び出してるみたいなので、すぐさまブレーキを掛けてさらにバク宙の回転。自分と地面の位置関係を把握する。

 その回転を使って立った状態に体勢を整える。


 視線の遠くにごま粒くらいの人の姿が浮いていた。


「あれが生成神さん」


 彼女はボクの位置をまだ掴んでいないみたいで動きが鈍い。それなら今度はこちらから一撃お見舞いしてやろうと、ボクは鎌を構えて彼女の方へまっしぐらに飛んだ。

 二拍と置かずに目の前に彼女の姿を捉える。そのまま鎌を横殴りに振り抜いた。


「あっ!」


 小さく彼女の声がしたと思ったら、彼女の姿は視界の左上に吹っ飛んだ。

 顔を飛んだ方向に向けて彼女を目で追う。かなりの速度で吹っ飛んで、もうその大きさは米粒くらいになっていた。

 彼女は体勢を立て直せていないようで、未だになすすべもなく遠ざかっている。ボクはさらに追いかけて飛び、三拍目で追いつく。


 追いついたと思った瞬間、彼女は身体を捻ってハンマーがボクの右側から振り抜かれる。避けることはできずにボクの右肩にヒットするハンマー。飛ぶ軌道がへし折られて、ボクはまたしても眼下の屋根に背中から飛び込んだ。


 視界の360度から押し寄せるがれき。がれきが視野を埋めてしまう前に、さっきと同じように建物を吹き飛ばしながら飛び上がる。


 ムチャクチャな動きを続けているけど、少し慣れたのかこんな状況でも自分の姿勢というか空間の把握ができつつあった。

 視野が明るくなってすぐ、彼女の姿を追う。だけどとっさには見つからない。

 安全を保とうと、ボクは上空へ急上昇を掛ける。


 生成神さんはこういったことに慣れているのか、隙があるようでないみたいだ。

 上空から地上を観察しながら、動くモノがないか目をこらす。

 ボクが最後に突っ込んだ建物の辺り、ちらと動く影が見えた。


 その影に向かって急降下する。少しずつ移動するターゲット。あと一拍というところでその影がかき消えた。


「しまっ……」


 ブレーキが間に合わず、みたび屋根に突っ込んだ。今度は床までぶち抜いて一番下の基礎のところで止まった。

 彼女の声が響く。



「そんな単調な攻撃じゃワタシには当たらないわよ? おとなしく諦めて、輪廻に還りなさいよ。 ね?」



 穴の空いた屋根の隙間から彼女がハンマーを肩に担いで余裕の表情を見せる姿が見えた。今の彼女はボクのことをしっかり捉えている。


 ボクはまだ床にめり込んだまま脱出できてない。

 彼女から目を離さないようにしながら、突っ込んでできた穴からよじよじとお尻を引き抜く。


 びりり……


 布の裂ける音がする。ママに貸してもらったワンピース。どうやら割れた床の角に引っかかってたみたいでとうとう破れてしまったみたいだ。



 悲しい。



 この世界から一度は忘れ去られて絶望しかかった黄昏時。それでもママはボクのことを一番に見つけてくれた。まだたったの一夜だけど、不安に思ったことは全部受け止めて、ボクのことを優しく包み込んでくれた。

 今日もなんの心配もしないで仕事に出て行ったはず。なのに、ボクはこんなところで生きるか死ぬかのやり合いをしてる。ボクがいなくなったら、ママもパパも今までよりもっと悲しむだろうな。


 せっかく生き返ったゆうきちゃんなのに、一日も経たないうちにまたいなくなってしまったら、その悲しみを何年も掛けてやっと乗り越えてきたママとパパを、今度はもう這い上がることのできない深い深い底に叩き込むことになっちゃうね。



 どうして生成神はボクのことをそんなに目の敵にするの。

 ボクが女の子だから?

 そんなの関係ないんじゃないの?


 それとももっと別の理由があるの?

 言ってくれなきゃわからないよ。

 言いたいことがあるのなら、分かるように説明してくれないと。それをすっ飛ばして叩きのめしてくるのは理不尽でしょう。



 ボクが死ぬことが、消え去ることがボク自身は悲しいわけじゃなくて、ボクが消えちゃうことで悲しむ人が生まれるのが悲しい。そしてそんな事をするモノに怒りを感じる。


 心の奥底に、黒い炎が沸き上がる気配がする。

 これはたぶん怒りの感情。

 燃え上がるままにしておくとマズいのは直感で分かった。

 でも今は、その感情を隠さない。


 生成神を睨みつけたまま、ボクは立ち上がる。

 布の破れる音は最後まで聞こえて、ワンピースの裾が派手にめくれ上がる。


 内なる黒の炎から力が湧き上がるのが分かる。

 そしてその炎がついにボクの外にまで燃え広がった。


 黒い炎に焼かれて、破れたワンピースは灰になる。

 そしてその灰は再びボクの身体にまとわりついて、破壊神ユウキの衣装に変化した。


 生成神の表情は焦りを含んだものに変わっていた。


 構うものか。いつまでもやられっぱなしじゃいられない。

 右手に持った鎌は下ろしたまま、生成神の目の前に立つ。一瞬で。


 そしてモーションなしで右から左に払う。


 吹っ飛ぼうとする生成神の右腕を左手で受け止めて、そのままボクを軸にして回転して勢いを殺しながら、右手の鎌のやいばを彼女の首筋に当てる。

 生成神の怯えた目。


 回転を止めて、二人絡み合ったまま空中で静止する。



 へえ、そんな目をすることもあるんだ。



 なら分かるよね? ボクがこの二日間で受けた絶望と恐怖。

 

 でも、キミと同じ事をボクはしない。

 ボクが欲しいのはキミの命じゃない。ボクは君が輪廻に還ることを望まない。


 だから。ボクはこう言うんだ。


「ねえ。キミの名前、教えて欲しいな」

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