第15話 写し絵巻の中のボク


 本の中のゆうきちゃんは明るくて良い子で、経験を積んですごい魔法使いになっていくんだけど、辛いこともたくさんあった。でもそんな中でも堅い信頼で結ばれた仲間が何人もできて、そしてみんなでこの世界を助けに行く。



「現実のボクは、仲間っていないよね……」



 財部たからべゆうきとしてはパパとママがいてくれて、ひとりぼっちじゃないけれど。優樹だった頃の友達とか、先生とか、そんなのは全部消えてしまった。そしてボクの事を狙ってくる生成神さんぐらいしか、今ボクの事が分かる人はいないはず。

 本の中のゆうきちゃんと、今ここにいる現実のゆうき。どっちが幸せなのかな。



 そして最終章。


 本の中のゆうきちゃんは仲間と一緒に世界を歪めていた魔王を倒して、元の世界を取り戻した。

 皆元の生活に帰って行く。もちろんゆうきちゃんも魔法使いとしての普段の生活に。


 でも。


 そこはパパもママもいない世界。


 その物語は、世界を救って終わる話じゃなかった。


 世界一の魔法使いになったゆうきちゃんは、物語の最後に、どうしても忘れられないパパとママに会いに行く魔法に取り組む。


 そしてついに、その魔法は完成する。


 魔法陣に立つゆうきちゃんが光に包まれて。


 目の前には夢にまで見た元の世界の我が家。そして、人影に気付いたママが……


「……って、このラスト、やっぱりそのままボクだね……」


 ボクは世界を救ったりもしてないけど、死んで、生き返って、パパとママの待つ家に帰る。それだけ見たら、この物語のまま。

 なんとなくドキドキしながら、そのまま最終巻のあとがきまで読んでいく。するとそこには、目を疑う一言が書かれていた。




『この物語を、生まれてすぐこの世を去った愛娘、優樹に捧ぐ』




「え? なにこれ。この捧ぐって、ボク、っていうかゆうきちゃんにだよね?

 じゃあ、この本の作者って……」




 驚きのあまり、あとがきを凝視したまま固まってしまっていた。

 そんなボクの耳にインターホンの電子音が飛び込んで来て、我に返る。


 カーテンの隙間から外を覗くと、家の前には赤いバイク。多分郵便屋さんだ。

 ボクは急いで階段を駆け下りて、玄関のドアをバン!と開けた。


 少し息を切らせて飛び出たボクの目の前には、ヘルメットを被った郵便配達のお兄さんが、少し驚いた目で。


「あ、財部さん。書留なんですけどハンコかサインいただけますか?」


 それでもすぐ切り替えてきた配達のお兄さんが、白い封筒を片手に話しかけてきた。


「あ、はい、えっと……、サインでいいですか?」


 ボクはハンコの場所を思い出そうとしたけどできなかったので、配達のお兄さんからボールペンを借りて、受け取り証に名字をサインする。


「はい、それじゃこれを。それから普通の郵便もお渡ししておきますね。ありがとうございました!」


 そう言って、書留の封筒とともに結構たくさんの郵便物を渡されて。

 ボクが両手一杯の郵便を抱えて家に入るまでに、配達のお兄さんは次の家に向かっていった。


 郵便物を置いておく場所が分からなかったので、前にやっていたように普通のものは居間のテーブルの上に。書留だけは食卓の上に置いておく。



 時計を見るともうすぐお昼の12時だった。


「本を片付けたら洗濯物を取り込んで、それから……」


 ……それからお昼ご飯にしようと思ったのだけど、まだあまりお腹が空いた感じがしない。以前のボクならお昼前ともなればお腹が空いて空いて堪らなかったのだけど。

 これも女の子の身体になったせいかなあ、なんて軽く考えながら階段を上がった。


 書斎に戻って本を元のように書棚に納めると、ボクは寝室の、床まである大きな窓から二階のベランダへ。

 干してあった洗濯物はもうどれもすっかり乾いていて、一つ一つ取り込んでは寝室の窓際に置かれた洗濯かごに入れていく。

 

 ベランダから室内に戻ると、そこにはきちんと整えられた両親のベッド。

 洗濯物をベッドの上で仕分けして、一つ一つ畳んでいった。

 昨日着ていたボクのワイシャツとズボンもあった。これをもう一度着ることは、あるのかな?

 そんな事を思いながら、男物と女物そしてタオル類やらその他と仕分けしてベッドの上に積み重ねた。


 空になった洗濯カゴを持って一階に降りようとベッドの前を離れる。

 そのとき、周りの景色が再び無彩色に変化した。


 周囲の音も消えて無音になった。

 そんな中、家の外から聞き覚えのある声が聞こえた。


「ユウキ! アナタがここにいるのは分かってるわ! 早く出てきなさい!」


 生成神さんがやって来た。

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