第13話 はじめてのおるすばん


 翌朝、ママの起こす声で目が覚めた。


「ゆうきちゃん、おはよう」


「……ママ、おはよう……ふぁふ」


 目を開けるとママが枕元で膝を突いてボクに声を掛けてきていた。


「もうパパは会社に行っちゃったよ、ゆうきちゃんもそろそろ起きようか」


「うん……」


 まだ半分寝ぼけまなこのままで返事をする。


 昨夜なかなか眠れなかったせいで、まだ頭がぼーっとしてる。

 それでもきちんと起きなければまた夜眠れなくなるので頑張って起きる。それに、今朝からは起きてすぐ、今までにない仕事が待ってるし。


 ボクは一つ伸びをしたあと、お布団の誘惑を断ち切る勢いで起き上がった。



 パジャマのままで洗面所の鏡の前に立つ。そこに現れたのは、昨夜のつやつやストレート髪からはほど遠くなってしまった女の子の顔だった。


「う……、なかなかひどい事になってない?」


 そんな事を思わず呟いてしまう。


 どこから手を付けたらいいかさっぱりだけど、このまま顔とか洗ったら髪が落ちてきて確実に濡れてしまう。だからといって結わえようにもこんなにボサボサな髪では絡まってしまうし。


 うーんと考えて、最初にやるべきは髪をとかすこと、と気がついた。

 昨夜やったように、無理に引っ張らないようにして端の方からブラシで髪をとかしていく。

 あまりのボサボサに少し警戒していたけど、思ったよりも滑らかにブラシが通る。


「トリートメントが効いてるのか、それとも傷まない髪なのかな?」


 どっちが正しいのかはこれから追々分かるだろうけど、絶対時間がかかると思ってたブラッシングがあっという間に終わったのは嬉しい誤算だった。

 ところが、髪を結わえるゴムが見つからない。仕方がないのでママを呼ぶことにした。


「ママー、髪を結わえるゴムってどこにあるの?」


 ママはすぐにキッチンから顔を出して、洗面所に来てくれた。


「あらあら、ブラッシングは自分でできたのね? ヘアゴムはね、こっちの引き出しの中よ」


 そう言ってママが右手の方にある小引き出しを開く。見ると色とりどりのヘアゴムが色々としまってあった。よく見るとヘアピンとかもしまってあって、髪関連のアイテムは全部ここに集めてあるようだ。


「今から洗顔かしらね?」


「うん。髪を結わないと濡れちゃうと思って、結わえようと思ったんだけどボサボサで、それでまず髪をとかしてたところ」


「うんうん。ちゃんと順番を自分で考えたんだ、偉いね。メイクはまだいらないだろうし、今朝の洗顔は昨日の洗顔料使って軽めにサッとね。泡を広げたらすぐ流しちゃう感じでいいよ」


 洗って突っ張る感じだったらまた化粧水で抑えてねと指示されて、一人で洗顔。ママはキッチンに戻って行ってしまってる。

 さっと泡立てて、さっと延ばしてばしゃばしゃ。

 タオルで押さえるように水気を取るけれど、別に突っ張った感じもしない。


 まだよく分からないので、必要なのかそうでないのか、念のため乳液もうすーく塗っておく。



 新しい歯ブラシもいつの間にか出してもらっていたから、それを使って歯みがき。


 全部終わってからダイニングに行ったら、時計の針は朝8時過ぎになっていた。



「朝の身支度おつかれさま。お着替えはあとにして、朝ご飯食べようか」


 ママがテーブルに朝食を用意して待っていた。

 ボクは勧められるまま、昨日と同じ席に座る。


「いただきます」


 朝食のメニューはトーストした食パン一枚と目玉焼き、それからカットしたトマトとスライスしたキュウリにサラダ菜、そして温めた牛乳、二つに切ったキウイフルーツ二切れ。


 昨日まで食べていた財部たからべ家の朝ご飯メニューとほぼ同じで、いつもと変わらない朝食の風景に、ボクは少しばかり安堵した。


 ママはもう食べたあとなのか、食器を片付けてる。

 ボクは食べながら、さっき洗面所で疑問に思ったことを聞いてみる。


「ねえママ、さっき洗顔したあとに一応乳液も付けたんだけど、間違ってないよね?」


「あ、そういえば言ってなかったね。そう、それで合ってるよ。それかUVカット乳液を塗るんだけどね」


「外で作業するわけじゃないのに」


「案外お日様の照り返しがあるものなの。知らないうちに紫外線を浴びてるんだよね。それに家事のことをちょっと考えてごらん? お洗濯干す時はお外でしょう?」


「あっ、そうか」


「お掃除だってリビングの方とかはお日様が差し込んでるし。甘く見てると大変よ?」



 学校に行ってた頃は、女の子は男より色白なのが普通だと思い込んでたけど、彼女たちはこうやって常に気をつけていたんだ。

 女の子道はやっぱりとっても大変だなーなんて、昨夜に引き続きそんな事を思ってしまって、上手くやっていけるか改めて心配してみたり。


 そんな事をぐるぐる考えながらサラダをつついてたら、ママがボクの隣の席に座って話し始めた。


「ゆうきちゃん。ママね、今日はこれから夕方までお仕事なんだけど、お留守番頼めるかな?」


 ボクは箸を持つ手を止めて、ママの方に向いて答える。

 ママの顔が意外と近かった。


「うん、分かった。でもママなんの仕事してるの?」


「ショッピングセンターで、お化粧品のカウンセラーよ」


「へぇー。あ、それでスキンケアとか詳しいんだ」


「ざーんねん。あれくらいは女の子の常識」


 ママはニコッと笑顔を見せて答えた。


「えー、そうなの?」


「でもゆうきちゃんは飲み込みが早いからいいわ。それで、ゆうきちゃんは家事のこととか、できる?」


 ママのくりっとした目がボクを見つめてる。

 ボクは少し目線を上に外して、考えを巡らせながら答える。


「うーんと。洗濯と、自分の部屋の掃除ぐらいはやったことあるかな。それからインスタントラーメン作るくらいは」


「じゃ、お昼ご飯は自分でなんとかできるかな? 冷蔵庫の中身とか好きに使っていいから。ラーメンは流しの上の棚に収めてあるからね」


「わかった」


 ボクが軽く頷くと、ママも満足げに目を細めて軽く頷いた。


「お洗濯は朝一番で二階のバルコニーにもう干してあるから。

 今日はお天気もいいし、お昼までには乾くでしょ。取り込んでおいてもらえると助かるかな」


「わかった、やっとくね。畳んでリビングの机の上にでも置いとけばいい?」


「二階の寝室のベッドの上に置いておいてくれたらいいよ。しまう場所は分からないでしょう?」


 今日着る服は和室に出しておいたからとママは告げて、イスから立ち上がる。

 出かける前に洗面所でメイクする様子を見ていたけど、すごく手早かった。さすがプロ? と感動できた。


 そして、ボクはこの家で一人お留守番タイム本番に突入した。

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