第10話 バイバイ、優樹くん。
ゆっくりと、ボクの方から父さんを抱きしめる。それはボクが優樹からゆうきちゃんに戻った瞬間。
「お父さん、会いたかった」
父さんも中腰のまま抱き返してくれた。そこに母さんが二人の肩を抱くように寄り添って、三人でスクラムを組んだみたいになる。
しばらくの間そうして三人それぞれ、声を潜めて涙をこぼす。
気持ちも落ち着いてきたので、ボクは父さんを抱きしめていた腕を緩めた。それを合図にして自然に離れる三人。まだなんとなく涙目だけど、父さんも母さんも、そしてボクも笑顔が戻った。
ソファーに座り直したボクは、自分の身の上をここで二人に話しておこうと決めた。
泡の消えかかったサイダーを一口飲み込んで、ゆっくりと話し始める。
「父さん、母さん。ボクが今から話すこと、信じられないかも知れないけど全てボクが今まで経験してきたこと。二人には全部知っておいて欲しいのだけど、いいかな?」
父さんも母さんも、真剣な目に戻って頷いてくれた。そしてボクの正面の席には父さんが、斜め前のスツールには母さんがそれぞれ腰掛ける。
ボクは一呼吸おいて、一番古い記憶から順番に呼び起こしながら話していった。
記憶の限りでは僕自身は男の子だったことから始まって、幼稚園でのこと、小学校でのこと、中学校でのこと。段々と詳しくなってくるその内容に、二人とも目を見開いて真剣に、そして多少驚きながらも黙って聞いてくれている。
高校受験に成功して、この春からは光星高校に進学したと伝えたところで、父さんの反応があった。
「よく頑張ったねえ、ゆうき。光星だなんて勉強大変だっただろう?」
突然そんな事を言われたものだから、ボクは言葉に詰まってしまって。すると母さんも声を掛けてきた。
「ゆうきちゃん。すごーくすごく、頑張ったんだね。ママ嬉しいな」
二人に両方から褒められて、なんだか恥ずかしくなってうつむいてしまう。頬が火照ってくるのが分かって、たぶんほっぺたは今真っ赤になっていそうだ。
「ゆうきちゃん、どうしたの?」
母さんが心配そうに声を掛けてくれる。
ボクはうつむいたまま両手を前に向けて軽く振りながら。
「な、なんでもない、よ。同時に褒められて、ちょっと恥ずかしいだけ」
「それで、ゆうきは高校生活を楽しんでいるのかい?」
父さんが少し話を逸らしてくれて。ボクの火照りも少し収まった。
いよいよ、今日起こったことを話す時が来たみたいだ。
ボクはまだ火照りの残る顔を上げて、さらにゆっくりと話し始めた。
「……それがね、今日は大変なことが起きたんだ」
それから、ボクは努めて冷静に今日起こったことを話していった。
生成神と名乗った女の子に校舎の屋上へ不思議な力で拉致されたこと。
その女の子にボクが破壊神だと言われたこと。
破壊神の武器として鎌を渡されて、そうしたらボクは女の子に変身してしまったこと。
それから、その生成神の女の子に殺されそうになって、空を飛んで逃げ出して来たこと。
一度この家に入り込んだことも正直に話をした。
自分自身も不思議な力で姿形を男の子らしく変化させることができたこと。
そのあと荷物を取りに戻った学校で、先生はボクのことをまったく忘れていたこと。
ボクの荷物もどこかに行ってしまって、下駄箱から名前も消えていて、ボクがこの世界で生きている証がなくなってしまったように感じたこと。
そして、この家に帰ってきたら、母さんがボクのことを覚えていてくれたこと。
「……本当は男の子の優樹じゃなくて、女の子のゆうきちゃんとして見ていたのかもしれないけど。でもすごく嬉しかったし、ボクはここにいても良いんだって安心したんだ。
……ありがとう、お母さん。ボクを救ってくれて」
また涙が溢れてきた。膝の上で握っている両手の上に、ぽたり、ぽたりと滴が垂れる。
母さんが優しく語りかけてくる。
「ゆうきちゃんね。ううん、優樹くんかな。どちらでもママにとっては同じだけど。
さっきも言ったけど、ママはあなたがどんな姿形になったってゆうきちゃんだって分かるんだよ。
だから、もうどこにも行かなくて良いんだよ。ここはゆうきちゃんのお家」
「……うん。ありがとう」
ボクは涙も拭かずに、母さんの方を向いて答えた。
「今日はいっぱいがんばったね。もう大丈夫だから。ね、ゆうきちゃん?」
もうボクの涙腺はいっぱいいっぱいだった。涙が止まらない。父さんがティッシュペーパーを渡してくれたけど、それじゃ全然足りてなくて、そのうちボクは泣きじゃくってしまった。
母さんがボクを優しく抱き寄せて、そのまま母さんの温かい膝の上に頭を乗せる。
背中を柔らかくゆっくりとぽん、ぽん、と叩かれて、なんだか小さい頃に戻ったみたいな感じだ。
落ち着く。
少し喋れるようになってきた。
母さんの膝の上に頭を乗せたまま、ボクは母さんに聞こえるように呟いた。
「……ボク、今日で優樹くんはおしまいにする」
母さんは背中をぽん、ぽんと叩きながら答えてくれる。
「……いいんだよ? 無理しなくても」
ボクは少しはっきりと答える。
「……ううん、無理じゃない。
男の子の優樹はもうボクとお父さん、お母さんの記憶の中だけにしかいないから。
ここにいるのは女の子のゆうきちゃんだから。だから……」
ボクは身体を起こして、涙で腫らした目のまま、それでも精一杯の笑顔を二人に見せて、決意と共にこう言った。
「……パパ、ママ。長い間寂しい思いをさせてごめんなさい。
ゆうきは今帰って来ました。
……
ただいま」
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