第8話 ここにいるはずのないモノ
「……うちのクラスに
「え……? ボクは一年四組13番、
先生の顔が険しさを増した。
「……財部という名前の生徒は他のクラスにもいなかったはずです。それに、キミの顔はこの校内で見覚えがありません」
きっぱりと言い切る先生の顔は、まるで犯罪者を見るような顔つきにまで変貌している。
このままここにいてはマズいと脳が警鐘を鳴らす。
ボクが絶句したまま直立していると、先生は最後通牒とも取れる厳しい言葉を投げかけてきた。
「部外者が勝手に校内に入ってきてもらっては困ります。見たところまだ高校生のようだが、どこの誰ですか? 今なら通報はしませんから、直ちに校内から出て行きなさい」
それでもボクの荷物の事だけは尋ねておきたかったので、食い下がった。
「すみません、すぐ退出します。けど一つだけ確認したいのですけど、1年4組にボクの鞄とか置き忘れてありませんでしたか?」
先生は呆れたような表情でボクを見る。
「あなたね、この高校の生徒ではないのだからそんな物がある訳がないでしょう? それに不明な荷物を預かっているという話も聞きません。退出しないと警察を呼びますよ」
これ以上長居して、他の先生まで寄ってこられては本当に厄介なことになる。
そう判断して引き下がることにした。
「……わかりました。すみません、失礼します」
やっとの思いでそう言って職員室を辞する。
でも後から工藤先生が付いてくる。たぶんこのまま昇降口まで監視するつもりだ。
生徒用の昇降口に向かおうとすると、案の定先生が制止してきた。
「そちらは生徒用の昇降口だ。立ち入らないで欲しい」
その言葉に立ち止まって半身を返し、ボクは進む方向を指差しながら答えた。
「いえ、ボクはこっちから入ってきたので」
そう言うと渋々といった表情で先生がさらに付いてくる。
本校舎と北校舎をつなぐ渡り廊下を進み、階段を降りてすぐ横、生徒用の昇降口にたどり着く。
そしてボクは自分の下駄箱を開けた。
そこにはいつものスニーカーはなく、上履きが入っていた。
もう一度フタを閉めて名札を確認する。
そこには別の名前が貼り付けられていた。
上下左右の名札を確認したが、ボクの名前はどこにもなかった。
その事実に改めて言葉を失っていると、先生の少しいらだちを含んだ声が背後から掛かった。
「どうしましたか?」
「いえ……失礼します」
ボクはそう言って上履きのまま外に出た。
先生は昇降口から出たボクの事をまだ見張っている。たぶんこのまま視界から消えるまで見張っているのだろう。
そのまま普通に歩いて校門の外に出た。部活を終えて帰って行く他の生徒達もちらほらと歩く中、さっきのできごとについて考えを巡らせていた。
なにもかもがおかしかった。まるでボクは最初からこの高校にいなかった事になっているかのようだった。
いや、『いなかった事になっているかのよう』というのはたぶん正しくなくて、『いなかった』というのが正しいんだろう。
じゃあ今日のお昼までのボクは一体何者なんだって話になるけど。それについて今答えを出す事はできなかった。
でも、学校はまだ良い。
もし、家に帰ってもこの調子だったらと思うと、恐くてそれ以上歩けなくなった。
おそらく、この答えを一番知っていそうなのは生成神さんだ。でも、彼女が今どこにいるのか分からない。ボクの事を今も見張っているのかもしれないけど。
いつも使ってる定期券も、お金の入った財布も、全部学校の荷物に入ったままだったから一切合財消えてしまって今無一文だ。だから家に帰るにはまた空を飛ぶしか手はなくて。
空を仰ぎ見る。
もう日はすっかり沈んで、いまは残照の茜色が遠い空に残るだけ。
金星がはっきりと輝いてた。
周りの人目を気に留める事もなく、ボクは
§
自宅の玄関前にいる。
あんな事があった直後だから、どうしても慎重になる。
ドアの横に掲げられた表札には確かに『財部』と書かれているけど、ここは本当にボクの家なのか。
外から見ている限り、居間の窓には明かりが灯って、もう母さんは帰っているようだ。
震える指で、インターホンのボタンを押した。
すぐさま聞こえる電子音。
ひとしきり鳴り止んだ後、はい、と返事が聞こえた。母さんの声だった。
「……」
声が出ない。
「もしもし?」
インターホンからは母さんの呼びかけが聞こえる。
早く何か言わないと切られてしまう。
「あの……」
やっと振り絞って出した声。
緊張していて、女の子の声。
「どちら様でしょう?」
ボクの声に続いて、再び問いかける母さんの声。
「……ボク、優樹、だけど」
女の子の声のまま、やっとの思いで絞り出す。
そのとたん、インターホンから聞こえる物の落ちたような音。
続いて足音が響いて。
玄関ドアのロックが、『ガチャリ』と音を立てた。
開け放ったドアの向こうには母さんが。
ボクは母さんの顔を見つめたまま、憮然と立っていた。
「……本当に、ゆうきちゃん? なの?」
母さんの目は信じられない物を見るようで、大きく見開かれている。
そしてボクは母さんに抱きしめられていた。
「あぁ、本当に、ゆうきちゃんなのね?」
「うん、優樹、だよ?」
抱きしめられた肩越しに聞こえた母さんの問いに、短く答えることしかできなかった。
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