第5話 こんな姿じゃおうちにも帰れない


 もう校舎が米粒みたいに小さく見えた。どれだけ高くに昇ったのか呆れるくらいだけど、まだ上昇を続けてる。

 さすがにこれ以上上がっても仕方がないので、ボクは意識を切り替えて飛ぶ方向を変えてみる。

 最初はなかなかコントロールが難しかったけど、数分もしないうちにだいぶ慣れた。

 やり方を色々試しているうちに、次々と頭の中に正しいやり方が浮かんでくる感じだった。



 彼女は追いかけてこない。



 諦めてる訳じゃないのは確かだけど、もっとひどい手を考えてる可能性だってある。

 

 でもとりあえず、おうちに帰ろう。

 お腹も空いたし、すごく疲れたし、なにより今のボクの姿がどんな事になってるのか、それを確かめたい。



 いつの間にか周りの景色に色が戻っていた。街の喧騒も耳に届いてきた。



 高度を下げていくと、なにやら地上が騒がしい。

 どうもボクの姿を見つけた人たちが騒いでいるようだ。


 自分の姿はあんまりよく分からないけど、結構派手な格好なのはなんとなく分かってた。それでさらに片手に大きな鎌を持って、おまけに空に浮かんでいるんだから目立つのはあたりまえ。

 このまま降りちゃうのはどうも得策ではなさそうだし、なんだかパトカーのサイレンの音までしてきたから、ますますこのままではマズい。


 地上に降りるのは諦めて、ボクは高度と速度を上げてその場から飛び去った。



「それにしても、困ったなぁ。このままだとおうちにも帰れないよ」



 少なくともこの派手な衣装はなんとかしないと目立って仕方ない。

 着替えを持ってる訳じゃないし、でもお願いしたら衣装くらいどうにかなりそうな気もしてる。

 空中でそれを試して失敗したら目も当てられないので、ボクは人気の少ない場所を探して飛び回る。




 家の方に近づいていくと、近所の小高い丘のてっぺんにほこらがあるのを見つけた。

 祠の前には少しの広場と鳥居があって。その広場の真ん中に降り立った。


 広場に降り立ったボクは、辺りを見回して思わず声を出す。



「へぇー、うちの近くにこんな場所があったなんて。知らなかったなぁ」


 祠はもう忘れられているのか、かなり痛んだ感じに見える。広場も祠と鳥居を結ぶライン上こそ草も少ないけれど、少し離れれば背の高い草で覆われて入って行けそうにないくらい。

 身を隠すような所がない代わりに周りに家とかは見えないので、ここなら人目に付くこともなさそうだ。


 祠の陰に隠れたボクはさっそく着替えを試すことにした。


 さっき不思議な空間から抜け出したときのように、『お願い』を口にする。



「普段着に、着替えたい」



 すると今まで着ていた派手な衣装がほどけて、別の衣装に変化していく。


 上は普段良く着ているTシャツに、下はジーパンに変わってしまった。靴もいつも履いてるスニーカーになった。

 ただ、なんだか髪の毛が後ろに引っ張られているような感覚がする。

 顔を左右に振ると余計に引っ張られる。

 なんだろうと思って頭に触れてみると、てっぺんに近いあたりに髪のこぶみたいなのがぶら下がっている。

 髪のこぶを手でつまんで目の前に持ってくると、それは薄緑色をした長い髪の束だった。


「ええぇー? なにこの色? ボクの髪の毛、だよね?」


 そのあまりの色彩にはさすがに驚いてしまった。


 髪の束を引っ張ると確かに頭の方で引っ張られる感覚がするので、それはボクの髪で間違いなかった。


 それにしてもなんて色になっちゃったんだろう。

 衣装だけ普段着でも、これじゃ余計に目立ってしまう。



「髪の色、黒くして」



 そうやってお願いすると、手に持っていた髪の色が付け根の方から黒に変わっていく。

 でも長さはそのままだ。それに相変わらず女の子の体のままなので、胸元がすごく自己主張してる。



「この体もなんとかしないと、母さんが見たらびっくりするよね」



 ボクはあれこれ考えてみた。


 体の部分部分についてそれぞれお願いすると、お願いした通りに変化するのは間違いない。

 そしてその時にイメージしていたように変化するようだった。


 だからこんなやり方もアリなんじゃないかと思って、お試し半分で実行してみることにした。



財部優樹たからべゆうきの姿に、なりたい」



 そう言ってお願いを口にして、さらに自分の元の姿を強くイメージする。


 胸の張りが消えていくのを感じる。頭の引っ張られている感じも消えてしまった。他はあんまり変化を感じない。


 変化が終わった感じがしたので、まずは頭の方から触ってみると、さっきまであった髪の束は綺麗に消えている。

 髪の長さも短くなっているので髪の色は分からないけれど、さっき黒くしたばかりだし、多分大丈夫なはず。

 それから胸元を見下ろすと、自己主張の激しかった胸元は、元のぺったんこに戻っていた。


「おぉ……、胸がなくなったー」


 少し残念な気持ちもするけど、さすがにあのままでは目立ちすぎるし、なによりあれじゃボクがボクだと認めてもらえない。

 そして下の方も一応確認してみたのだけれど……


「……こっちは、ないんだね……」

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