第3話 財部優樹、今日から女の子です
どれくらいの時間が経ったか分からないけど、確かに見開いている目に映るのは真の闇。
まったく光のない空間に放り出されて、どこかに引っ張られているような感じもまったくしない。
今立っているのか寝ているのか、それとも逆さまなのかすら分からないし、なにより手を動かして顔の前に持ってきても、目前にあるはずのその手がまったく見えない。
その手をそのまま顔に押しつけてみると、ボクの顔は確かにそこにあるし、手もそこにあるのは分かるのだけど。
こうも真っ暗で何も見えないと、気になるのはボク自身の心臓の鼓動と呼吸音だけ。
この二つは真っ暗な中でも確かに感じているので、死んでしまった訳ではない事だけは分かる。
心臓の鼓動を確かめようと右手を左胸に当ててみた。
……ボクの覚えていた位置よりもずいぶんと前の方で、手が胸に当たる感触がした。
なんだか違和感がすごい。
もしかしてとんでもない筋肉男にでもなってしまったんだろうか。
でもその割に……
その手触りはとっても柔らかくて。
指を立てて掴んでみると、でっかいマシュマロを掴んでるという感じというか、固い爪で鷲掴みにされてる感じというか……。
おまけに掌の真ん中に何かさらに弾力の強い突起がぷにぷにと当たる感触もする。
突起を強く押さえると刺激の塊が頭に飛んでくるのだけれど。
なんとなく予感がして胸をいじるのを止めて、手をゆっくりと肌に沿って下半身の方に伸ばしていく。
両胸の間が谷間になっていて、そこからなぞっていくと凹みが現れた。
ちょうど人差し指の先が収まるくらいの凹み。
多分おへそだろうなと思って、ドキドキしながらさらに手を下へと滑らせる。
少しざらっとした手触りがあったけど、そこから先、指先は何に当たる事もなく虚空に躍り出てしまった。
やっぱり……。
胸を触った時に薄々勘づいたけれど、これ女の子の体、だよね?
それに気付いてしまった心臓の鼓動は少しばかり大きくなったけれど、頭は案外冷静で、いつまでこんなに真っ暗闇なのかなとか別の事を考えていた。
普通男の子だったら、女の子の胸とか触ったりしようものなら動悸はするは頭は混乱するはで、こんなに冷静にいる事なんてできないと思うし、実際ボクが中学生の時だって、友達が部室に持ってきたエッチな雑誌を見て興奮したりしていたはずなのに。
もしかしたらボクの体が女の子に作り替えられたせいで、そういう事で興奮しないようになってしまったのだろうか。
それはそれで男としては少し悲しい気もするのだけど、だからといって強く男に戻りたいと今思ったりもしていない訳で、なんだかひどく中途半端でフラットな感情に支配されている。
それにしても、こんな真っ暗闇の中でもうどれだけの時間漂っているんだろう。
一向にこの暗闇が晴れる気配はないし、放っておいたら永遠にこのままなんじゃないかという気がしてきた。
すると今まで感じていなかった恐怖感が湧き上がってきて、早くなんとかここから脱出しなきゃと焦り始める。
でもどうすれば良いかさっぱり分からなかったので、とりあえずボクはどうしたいか口に出して言ってみることにした。
「闇よ、晴れて」
今までのボクの声とは違う喉の響き、澄んだトーンの声が開いた口から放たれた。
次の瞬間、闇に色が付いた。
闇夜の濃紺の色。
星が光ったりもしていないようだけど、空間に少し青みが乗ったことで、ようやくボクは自分の手のシルエットを見ることができるようになった。
細かくは分からないけど、少し手の全体が細くなった感じがする。
元々そんなに体つきが男らしくなかったボクだけど、手とか足とかは男の子サイズで、将来体の方も成長するものと思っていたのだけど。
今見えるシルエットはいかにも細くて頼りなくて、そんな期待もどこかに吹っ飛んでしまいそうだ。
手を見ているうちに空間の明るさが段々と増してきて、いつの間にか濃紺から群青へ、そして青へと移り変わって来ていた。
そして目線を下に向ければ、そこにはさっき右手で掴んだモノの正体が。
予想通り、たわわに実ったと表現するのが適当なほど立派な丸みが二つ。
思わず諦めのため息が漏れる。
もうこうなってしまうとさらなる確認はしても無駄だと悟って、この空間からどうやって脱出すれば良いか考えることにした。
さきほどは『晴れて』とお願いしたので空間に明るさが戻った。
その空間はかなり明るくなってきて、今はもう全体が空色になっている。けれど相変わらず上下感覚はないし、どちらを向いても空色一色で、ボクの他にはなにも存在しない。
次のお願いをどうすれば良いか、色々考えを巡らせているけど良い言葉が見つからずに困っている。
案外単純なお願いの方が良いのかも知れない。だったら今度は『外に出して』とお願いしてみたらどうかと思いついた。
けど、もし外なんてなかったらどうなるんだろう。
でも他に思いつく言葉もないし、一か八かその言葉を発してみる事にした。
「外に、出して」
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