第2話 財部優樹は破壊神である

「あなた、お名前は?」


「へ? 何アナタ、ワタシのコト忘れちゃったの?」


 目が点に。

 ボクはちょっと済まなさそうに頬を軽く掻きながら。


「い、いえ、忘れるとかそういう以前に、ボクあなたの事知らないし……」


「……ああ、やっぱりアナタ記憶がないのね」


 なんだか残念そうな表情。

 ボクは背を伸ばして、今度は彼女を少し見下ろして。


「記憶? 記憶ならありますよ、ボクの名前は財部優樹たからべゆうき、光星高校一年四組13番」


 すると彼女は結局なんだか怒った風の声色で。

 下の方から掬い上げるように、人差し指をボクに向け。


「ワタシはそんな事言ってるんじゃないのよ! アナタ、破壊神としての記憶はないでしょ?」


「えっ? はかい、しん?」


 さすがにこれには少し驚いて。

 そして彼女はまた腕を組んで目を閉じる。


「そう、破壊神。この世界に生きる全てのモノを輪廻の輪に戻す存在」


 いきなり破壊神だとか言われて、納得できる人はいないだろう、と思う。

 世界とか輪廻とか、とにかく主語がデカすぎてついて行けない。

 それにそんな突拍子もない事を言い出す彼女は一体何者なんだろう。と、ボクが疑問に思うと。


「そして、ワタシは生成神よ。アナタと対になる存在」


 彼女は少し背を反らせて右手は胸元、左手は腰に当てて、いかにもなドヤ顔で自己紹介してきた。

 なんて言うか、この上もなくジャストなタイミングだった。

 ボクの方も、そのあまりにスムーズな会話の流れのせいで、普通じゃない会話のはずなのにごく自然に受け答えをしてしまう。


 ただその表情はたぶんだらしなくて。


「生成神……さんですか」


「アナタこの名を聞いてもまだそんな態度でいられるって……ほんっとーに記憶がまるでないのね」


 神とか仏とか言われても、思い当たるフシは全くないのだから仕方ない。

 それに彼女の方もちゃんとした名前は言ってくれていないし。

 確かに瞬間移動は使えるみたいだからただの人間でないのは分かるけど。


「あの、生成神さんのお名前、教えてもらってもいいですか?」


「はぁ?」


 思いっきり馬鹿にされたような声色で返された。


「だから! 生成神だって、さっきから言ってるじゃない!? それ以外に名前なんてないわよ!」


「ええ……? 生成神が名前なんですか? じゃあ、普段からその名前で生活してる訳です?」


 腰に手を当てて少し前屈みで、右手の人差し指でボクの胸元を指し示しつつ。


「そんな訳ないじゃない。この星の住民になりすまして生活してるわよ。それでアナタのことを探して、調べに調べて、調べ尽くしたわよ」


 なりすましてた、って事はその名前があるはずだと思うのだけど。

 多分この調子じゃ教えてはくれなさそうで。


 ボクも少し開き直ってきて、腕を組んで応酬。


「それで、生成神さんはボクの事をどうしたい訳ですか?」


「どうしたいもこうしたいも、アナタは破壊神なんだから破壊神の仕事に戻ってもらいたいだけよ」


「でもボクには破壊神の記憶なんてないし、そんなんじゃ仕事なんてできませんよね?」


「う……、アナタなかなか鋭いところに気がつくわね……」


 彼女はちょっと困った顔をして顔を背ける。

 いや普通ちょっと考えれば分かるだろうと。


「それに、ボクは普通に人間の男子高校生ですよ。あなたみたいに特別な力が使える訳じゃないし……だから、破壊神なんてムリですよね?」


 これで少しは諦めてくれるかもと思ったんだけど、ボクの意に反して彼女はニヤリと笑ってきた。


「力、力ねえ? 力に関しては問題ないわ。アナタが力を出せていないのは道具がないからだもの」


 彼女がそう言うと急に空が暗転して、それまでうっすらと聞こえていた街の喧騒もしなくなった。

 暗転というか、風景全てが白黒だ。


 そんな無彩色の世界で、彼女の瞳だけが赤く輝く。

 右手を大きく横に広げたかと思うと、その手の中に黒い光の渦が巻き始めた。

 渦はバスケットボールくらいのサイズに膨れて、そして爆発音と共に弾けた。


「うわっ!」


 音に驚いて思わず身構えたが、衝撃のようなものは届かなかった。

 改めて彼女の方を見る。


 ボクと彼女の間の空間に、L字型の物体が浮かんでいた。

 彼女はボクの方に右手を伸ばして、その物体を差し出すような体勢でたたみかけてきた。


「それがアナタの道具、鎌よ!」


「え、鎌?」


 驚いてもう一度よく見てみると、それは確かに草刈り鎌だ、ごく普通の。


「あの? これ草刈り鎌、ですよね?」


「ああ? 鎌よ、鎌。この世の生きるもの全ての命と魂を刈り取って輪廻に戻す、アナタの道具」


 ポーズはそのまま、眉をひそめて少し投げやりな声色で応える彼女。


 彼女が言っている鎌は想像が付く、死神が良く持っているような毒々しい形と色をした、かなりでかい鎌。

 でも今目の前に浮かんでいるそれは、シンプルな形でどうひいき目に見ても片手持ちの草刈り鎌にしか見えない。


「……どう見ても普通の草刈り鎌にしか見えないんですけど……」


「うるっさいわねえ。そんな細かい事はどーだっていいのよ! さっさとその鎌を手に持ってちょうだい」


 これ以上この件で彼女と問答してもまた多分らちが明かないので、ボクはおそるおそる鎌に右手を伸ばす。


 鎌に手が触れた瞬間、鎌から真っ黒なリボンがいくつも吹き出してボクの右腕に絡みつくと、リボンはそのままボクの全身をあっという間にくまなく包み込んで、そして視界は真っ暗闇になった。

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