第5話 新たなる領地
『ひどい有り様ですね・・・人間が誰もいない。』
荒れ地と化した、かつて『水の都リーテ』と呼ばれていた美しい町は、今や跡形も残されていなかった。
家屋はどれも壊れていてガレキとなってあたり一面に散らばっている。
水の都というだけあって、町のあちこちに大きな水路があって、壊れているが小舟がなんそうも浮かんでいる。
どうやら、交通手段や物資の運搬のひとつだったようだ。
だけどバイロンはおろか、魔獣化された人たちさえ姿が見えない。
『なぁクロノス、生き残った人や魔獣化を逃れた人はいないの?』
『い、いえ・・・わずかですが数人ほど。私の案内で町外れの小さな小屋に匿っています。』
『そうか・・・』
『領主様、あれ!!』
シイナが指指した先に、なにかヒトのようなものが見える。
ひとりでその"なにかわからないモノ"を見に行ったシイナの様子が一変した。
『きゃああああっっ!!!』
『どうしたっ!シイナッ!?』
『シイナちゃん!?』
俺たちも一緒に駆け寄ってみると、そこにあったのは体の右半分が魔獣化しかけて息絶えた血だらけの男性の遺体だった。
『きっと、魔獣化の呪いに体が耐えれなかったのでしょう・・・なんて酷い・・・。』
『クソッ!バイロンめ・・・。この恨み、必ず晴らすっ!!!』
!!!!!!!!
━━━クロノスが怒りに任せて凄んでいるその時だった。
一瞬にして、空気が変わる。
『お呼びかなァ、"若きリーダー"クロノス君?』
漆黒の巨大な翼。
血の様に赤くただれたまぶたの奥に"深紅眼"と呼ばれる由縁の真っ赤な瞳。
見た目は人間に近いが、黒のタキシードの両腕から伸びた手には獣のような大きく鋭いカギ爪が付いている。
『シェイリー!作戦通り隠れてろっ!!』
『はいっ!!』
今回、シェイリーは"切り札"だ。
エリート営業マンなら、"切り札"は最後までとっておくもんだ。
『バイロン!!町のみんなをどこへやったっ!!!?』
『フンッ!聞いてどうする。貴様は町の人間誰ひとり守れなかったのだ。知ったとて、無力な貴様ではなぁーんにもできんのだよ。ひゃぁーはははははははははは!!』
ひゃぁーはははって笑うやつ、実際にいるんだな・・・
って、そこに驚いている場合じゃない。
『お前がバイロンか!今日は飼い主はどーしたんだ?』
『飼い主だァ?オメェ誰だ?・・・まぁ誰だっていいが、あまり俺を怒らせないほうがいーぜぇ?』
『飼い主はどーしたと聞いているんだ?鳥あたまのお前は放し飼いなのか?随分と無責任な飼い主だなぁ!!笑えるぜ!!!』
『ナンだと貴様ァ?誰に対して言ってるのかわかってるのかァ?あぁあ!?』
おーおー、鳥あたまが怒ってる。
随分と顔面に血管を浮き出させてまぁ・・・
てか、俺もヨユーないんだけど。
こえーよ。こえーけど・・・
でも!無力な俺がバイロンと渡り合うためにはこの方法しかない!!
怒りに狂ったバイロンは、冷静ではいられなくなる。
その心の隙を突く!!
『・・・お前、忠告したハズだぞ?まぁーどちらにしろ生きては帰さんがなぁぁぁ!!!』
バイロンの漆黒の翼が大きく宙をかくと、無数の針状になった黒羽が俺を目掛けて飛んでくる。
『修也様!危ないっ!!』
『シイナ頼む!セイクリッドビースト(聖獣化!!』
『コォォーーーン!!』
シイナは一瞬にして、"九尾のキツネ"に聖獣化した、そして━━。
『怒りの業火で焼き払え!狐火!!!』
シイナの振りかざす両手から青白い炎が弧を描いて黒羽を焼き払った。
『なにぃ!?・・・あっ!!確かあの小娘はっ!!?』
『そうだバイロン!お前がアズール村で魔獣化させた人間のひとり、シイナだっ!!俺は俺の膨大な魔力でアズールや他の村の魔獣化した人間たちを聖獣化させ、100を越える軍隊を作った!!もうじきそいつらがお前を殺しにやって来る!!覚悟するんだなァ!』
もちろん、ウソだ。
"膨大な魔力"も"100を越える軍隊"も。
元エリート営業マンの俺がなんの画策もなく、危険なリーテに乗り込むはずがない。
まぁ、いきなりのあちらさんの登場にはビックリしたが・・・それも想定内だ。
『お前が黒羽を放てば放つ程、俺たちの戦力はあがる・・・。早く巣に帰って戦力の補充をした方がいいんじゃないのか鳥野郎!!』
『・・・クッ!・・・・・・ひゃはははは!そんな手に引っ掛かるかバカめ!そんなハッタリ、この俺様に通用するかぁぁぁ!!!!』
やはり・・・いくら鳥あたまでもこんな簡単なウソ、引っ掛からないよなぁ。
ならば!
「今だ、シェイリー!魔法の詠唱は終わってるなっっ!!」
俺はシェイリーに目で合図を送る。
弱いなら、ハッタリで強く見せる。
これは自然界でもあることだが、"営業マン"でも使う、ハッタリとは"あるある"な作戦のひとつだ。
『来たっ!修也様の合図!!展開なさいっ!ミラーイリュージョン!!!』
瞬間、俺達の背後にある山々の上空に、いくつもの光の筋が立ち上がる。
そして!!
『なにぃっ!?聖獣の大群だとっ!?そんなバカなっ・・・』
そう!
俺達はあらかじめ手を打っておいた。
俺達の後ろにある山はアズールからリーテに向かう際に越えてきた山。
その最中に魔方陣をいくつも仕掛けておいたんだ。
その光の中に写されているのは、シイナ、オリーブ、アシュリーの聖獣化した姿の無数の幻影・・・
『さぁ、みんなァ!!仲間を殺された憎しみを、魔獣化させられた者たちの苦しみを、怒りを全てバイロンにぶつけろォォォ!!』
ヴォォォオオオオオオ!!!と言う、声にならないとてつもなくバカデカイ雄叫びがリーテの町に地響きをはらんで響き渡る。
まあ、これも魔方陣から再生される"作り出された雄叫び"なんだけど。
『チィッ・・・軍隊はマジだったのか!!ここは一時退却だ!!』
バイロンはそう言い放つと、きびすを返して飛んでいってしまった。
『ふぃーっ・・・ハッタリ、成功だな。』
頭をフル回転させた俺は、ようやく緊張感から解き放たれた。
なんとかバイロンをリーテから追い払うことが出来た。
『ってか、いくらなんでもいきなり過ぎだろ!!空気読めよくそ悪魔!!』
本当に腹が立つ。
あせるじゃねーかよ。
『私もビックリしました!けど、良かった、修也様もシイナちゃんもクロノスさんもみんなご無事で・・・』
『・・・なんとか狐火が間に合って良かったですわ。』
『そう・・・だな、二人ともよくやってくれたな!!』
『『はいっ!!』』
『私は・・・またしてもなにも・・・出来なかった。リーテのリーダーなのに、なにも・・・』
あれ、一人だけ元気がないのがいるなぁ。
まぁしょうがないよなぁ。
今回のクロノスは敢えて"バイロンをおびきだす為の役"でなにも出来なかったんだから。
俺もエリート営業マンを自負するならば、もうちょっとクロノスの心に寄り添うべきだったか・・・。
『クロノス!お前は今回、なにも出来なかったんじゃない。俺が頼んでお前になにもさせなかったんだ。あー、だからさ、気を落とさなくていーよ。』
『そーですよ、クロノスさん!!あなたが元気じゃないと、リーテは復活しません!約束してくださったじゃないですか。修也様との契約。今こそ、果たすときではありませんかっ?ちょっと待っていてください!!』
そう言うと、シェイリーは簡素化された魔法詠唱で、契約書を出現させた。
約束を実行する時だ。
『クロノス、約束の時だ。お前の町、リーテを俺の領地とする。いいな?』
『約束なので、仕方ありません。ただ!
!残されたわずかなリーテの民をどうか!!・・・どうかよろしくお願い・・・いたします。』
『クスクス・・・こいつ、なに言ってんの?』
『修也様!クロノスさんは真剣なんですよっ!』
『だってさ、よろしくお願いいたしますだなんてさぁ、プークスクスw』
『なっ!?』
『領主様もお人が悪いですね。きちんと話して伝えないと相手には伝わりませんわよ。』
そーだな、シイナの言う通りだ。
聖獣化したシイナは大人の女性って感じで、普通に正論を言ってくるから面白い。
『なに言ってんだよ、クロノス。この"水の都"リーテは、お前が復興させるんだ。お前が死んだ親父さんの意思をついで、もう一度、最初から。俺は領主としてリーテを支配するが、それはリーテを守る為だ。リーテの町の主権をお前に認める。クロノス・・・ここからが本番だ!!』
『修也様・・・』
『シェイリー、契約魔法の魔方陣展開を頼む。』
『はい!・・・リーテのリーダー、クロノス。我が主との契約をもって、本日よりリーテを我が主の領地、クロノスを我が主の配下とし、リーテの町を託します。エクスキューション(契約執行)!』
クロノスはいいやつだ。
自分は弱いと解っていても、リーテの為に一生懸命戦っている。
俺はそんな奴に弱い。
━━お前に関わる全ての人間を大切にしろ、か・・・。
じいちゃん、俺、出来てるよな!
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