第2話 魔獣化少女たちのコントラスト



━━異世界の夜というのは、なんと静かなものだろうか。



静寂の中、鈴虫のようなキレイな羽音の虫たちが、これから起こることなんてなにもないかの様に思わせる。



俺の元いた世界は、時代錯誤の走り屋のバイクの音や酔っぱらいのケンカの怒声が毎日のように町中に響いてた。


いや、異世界だから静かってだけじゃないのはわかってるんだけどさ。




『さて、行くか。シェイリー。』

『はいっ、修也様!』





━━3時間前━━


『さっそくで申し訳ないのですが勇者様、今夜ある者たちが、満月の力に反応し、暴れだす可能性があります。』


夕食を出して貰い、シェイリーが片付けをしているなか、ジルクさんは険しい顔で話を切り出した。


『満月の力に反応・・・?それってどういう?』


『・・・魔獣化です。私の魔力が尽きると同時に恐らく。その者たちは私のわずかな魔力によって魔獣化の発作を抑えているのです。』



んー、狼男のようなものだろうか。



『満月の夜、魔獣化する・・・か。』




なるほど、




怖えええええ!!!

いや、俺、世界最弱だよ!?

なに魔獣化って!?

俺、なんにも出来ないんですけど!??



『あの、それでその魔獣化?する人達って、今どうしてるの?』



『はい、今のところこの村で普通に生活をしています。魔獣化するということは本人たちしか知りません。村人たちが知れば、怖がってしまいますからね。もしそれを知れば、その方たちは村から追い出されてしまいますから。』



・・・なるほど、確かにそうだ。

しかしそれでは本人たちはあまりにも辛すぎる。

万が一、魔獣化してしまい家族や友人を犠牲者にしてしまったら?

・・・そんなのあまりにもうかばれない。



『なあシェイリー、その魔獣化も魔王の仕業なのかい?』


皿洗いを終えたシェイリーは、テーブルを拭く手を止めた。


『・・・はい。正確には魔王の配下である"深紅眼の悪魔"バイロンの魔術による呪いです。バイロンはカラスの羽根の様な真っ黒な翼を持ち、通り名の様にとても恐ろしい深紅の瞳をしています。』



ジルクさん『はぁぁっ』と、深いため息をつくと、シェイリーの説明に続けた。


『・・・そう、そしてバイロンと目が合えば最後、ブレインコントロール(精神掌握)されてしまう。もし、鋭い針のような黒羽根を刺されれてしまったら、今度はたちまち血液に魔獣化ウイルスを流されてしまう。・・・そうなれば、自我を持たないモンスターと化してしまうんですじゃ。』





ブチィッッ・・・・





あ、俺の中の限界をなにかが越えた。

バイロンというヤツは、どうやら俺の大っ嫌いなタイプらしい。




昔からじいちゃんに『お前に関わる全ての人間を大切にしろ』と口酸っぱく言われてきた。


だから俺は、リフォームの営業してても『契約することが本当にその人にとって正解か』を常に考えてきた。






『・・・なあ、シェイリー。今夜、その人達を集めてくれないか?』






怒りに震えながら、俺は下を向いている。

手には自然に力が入っていた。


この時の俺は、世界最弱という立場を忘れてしまっていたらしい。




しかし、そんなものはもう関係ない。



『修也様!!修也様!!どうされたんですか!?』


・・・。


シェイリーを怖がらせてしまった。

凄む俺に怯えた表情をしている。



『シェイリー、お前が、ジルクさんが抱えているもの・・・わかった気がする。それと・・・怖がらせて悪かったな。』


シェイリーの頭を抱き寄せ、胸元に納める。今度は顔を真っ赤にするシェイリーに俺は・・・


『もう一度お前に言うよ。ジルクさんも聞いていてください。・・・俺がまるごと、この世界を救ってやる。もう二度とお前は泣かなくていい。だから・・・』



突然抱き寄せられ、驚き見開いた美しい赤い瞳から涙がツー・・っと赤く染まったままの頬を伝う。


『だから、背負い過ぎるな。国を案じて守り抜くことは決して容易ではないだろう。だけど、お前の召喚した勇者は、きっと、"俺"で正解だ。』




ジルクさんはわざと俺たちから目線をそらしているようだった。

きっとこの偉大な『大魔法士』は背中で語っているのだろう。

「孫娘」を頼んだ。「この国」を任せたと。



『修也様は、なんだか人が変わられたようです。』


ゆっくりとシェイリーは俺から離れ、涙をグシグシと拭うとまっすぐと俺を見た。


『絶対に、私の召喚した勇者は修也様で正解です!まだ、魔王軍との戦いは始まってもいないけど・・・だってこんなにも私の心が震えているんですもの。・・・きっと、この心の震えは安堵と期待、それに・・・。』



シェイリーはなにかを言いかけて、やめた。

その時のシェイリーが1番可愛く見えたのは、言うまでもない。






━━━そして、約束の時刻。



『さて、行くか。シェイリー。』

『はいっ、修也様!』



「魔獣化」する可能性がある村人は全部で3人。

いずれもまだ若い娘ばかりだという。




一人目は"馬引き"の娘「オリーブ」

母親と二人暮らしで、1頭だけ飼っている馬で荷物を運ぶことで生計を立てている。


二人目は「シイナ」

幼い頃に両親を無くし、唯一の身内である兄と二人暮らし。山を開墾して作った小さな畑で獲れた野菜を売って生活している。


三人目は「アシュリー」

村一番の土地持ちで、その広い土地でアズール村特産の「ベルム」を作る農家の1人娘。




3人共来てくれたようだ。


『三人共、まだ魔獣化してなくてよかった!さぁ早く、勇者様の前へ!!』


『『『シェイリー!!!』』』



シェイリーに駆け寄った三人を見て、俺は驚いた。

若い娘ばかりとは聞いていたけど、まだ三人ともおそらく10代だ。


なかでも「シイナ」はまだ10歳くらい。あどけない顔立ちに黒髪。前髪を軽く止めた髪止めがとても似合っている、が、恐怖でひきつった顔がなんともいたたまれなかった。



『くっ!こんな幼い子まで・・・バイロンめ、絶対に許さねぇ!!』



『あなたが勇者様?シイナたち助かるの?・・・でも、もし魔獣化しちゃったら、私、お兄ちゃんや村の大好きなみんなを殺しちゃう。失敗しても(ヒック)・・シイナは文句・・なん・・か・・・言わない・・から(ヒック)そのときは・・・』


『わ・・・私も覚悟は出来ています。実はお母さんには内緒で、馬の荷物運びで稼いだお金を、ちょっとずつ貯めていたんです。・・・さっき、手紙と一緒にテーブルに置いてきましたから、これで私がいなくても当分はきっと・・・』


ふたりとも、そう言いながらかなり足が震えている。


再び俺の怒りはグラグラと煮えたぎる。


『私は・・・もう、テオクレ・・・みタイダ。サッキかラ自我をタモつノガ・・・はや、ハヤ・・ク・・ワタシヲコロセ!!』


アシュリーの胸元の赤い紋章が消えかけている。


『修也様!!アシュリーさんが!!』


『あぁ、わかってる!!』



同時にシイナの首筋、オリーブの右腕の紋章が消え始める。


『あ・・・アガッアアアアアアアッッ!!』

『うぅぅ・・・ウアアアアアアアッッ!!』


『シイナちゃん!?オリーブさんもっ!?』


『大丈夫だ!落ち着けシェイリー!!俺がこの三人に強い暗示魔法をかけるっ!!俺は精神系の魔力が強力なんだろ!?なら、たぶんっ、大丈夫だッ!!!!!』


『修也様ッ!!!』


『三人共っ、俺の目を見ろっ!!展開せよ!!ブラッディーコントラスト(血の契約書)!!!!』


俺は両腕を挙げて魔方陣を展開させた。

その中から、巨大な『契約書』が現れる。


『俺はお前らの魂の叫びを聞き届ける者。お前らに守るべきモノ、帰るべき場所があるならば、その魂、その肉体、俺に奴隷として捧げよ!そうすれば、お前らの魂に肉体に俺が安寧の日常を約束する!!三人共いくぞ!!エクスキューション(契約執行)!!!!』



助かりたいという想いが、大好きな人のもとに帰りたいという想いが、大切な人達を傷つけたくないという想いが、その想いひとつひとつがこいつらの切なる願いならこの暗示を受け入れるハズだ!!!


オリーブ、シイナ、アシュリーのそれぞれの足もとの前に魔方陣が展開する。


『さあ、オリーブ、シイナ、アシュリー・・自分からその魔方陣に入るんだ!自分の意思で魔方陣に入ることによって、この契約は成立するっ!!』


アシュリーの足が少しずつ魔方陣に近づく、自我の崩壊が1番進んでいたアシュリーの精神力の強さを見せつけられる。

正直、アシュリーは少し頑固そうな感じだったから、暗示をかけるのは難しいだろうと思っていた。


『アシュリーさんが魔方陣に入りました!オリーブさんもっ・・・あとはシイナちゃんだけです!!・・・シイナちゃん、頑張って!!お兄ちゃんのところに帰るんでしょ!!また畑で野菜作って、お兄ちゃんと仲良く暮らすんでしょ!!!!』


シェイリーは必死にシイナに向かって訴えかけている。


やばい、はやくシイナを魔方陣に入れないとあとの二人の精神と肉体が持たない。

おそらく、幼いシイナには難しい言葉は理解出来なかったのだろう。


━━仕方ない。あまり好きではないがアレを使うか!!



俺は目をカッと開くと、シイナの目を見つめる。

そして、目が合った瞬間、


『ブレインコントロール!!(精神掌握)』




よし、成功した!!


『シイナ、魔方陣に入れ!!』


シイナの足が一歩ずつ魔方陣に近づく。


━━━そして。


『入った!!入りました、修也様!!』


『よし!!契約を成立させる!!我の名において血の盟約を結び新たなる紋章をもって我が忠実なる僕(しもべ)となれ!!エクスキューションアンリミデットサイン!!(永久契約のサイン)』


魔方陣から放たれる薄い緑色の光が三人の体を覆う。

包まれた光のなかで血走った瞳、浮き出た無数の血管、細胞分裂が始まって魔獣化しかけた肉体は沈静化していった。


そして、ジルクさんの魔力が完全に消えた瞬間、新しく"奴隷紋章"としての俺の紋章がそれぞれの肉体に刻印されたのだった。




『成功した・・・のか?』


俺は力なく地面に崩れ落ち、シェイリーに答えを求める。


悪いなシェイリー。

自分なりに考えた魔法のいきなりの試行で、かなりの魔力と体力を削られたみたいなんだ。


ヘヘッ、まぶたが開かねーや・・・



『成功しました!成功したんですよ!!修也様!!!お疲れ・・・様でした。』


崩れ落ちた俺の、頭が地面につこうかという時、シェイリーが俺を受け止めた。



『せい・・・こう?そうか、良かった・・・なぁ、シェイリー・・・もう普段の俺に戻っても・・・いいかな。』



『はいっっ!!』




━━俺は安心すると意識を失なったのだった。


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