第14話 トカゲの町トハーン

 広い道の両脇に布をかぶせただけの露天が並び、あちこちぶつかりながらトカゲの長たちが歩いていく。シュトシュノのように麻の布をまとっている者もいれば、ほとんどなにも身にまとわず、たくましい筋肉と鱗をさらしている者もいた。そして全員、シュトシュノと同じくらい背が高かった。


 トカゲの長といっても個性があるらしい。頭の横から首にかけてひれのようなものがかかっているもの。腕が長く関節が二つあるもの、目の間が異様に離れてかえるのように見える者、そしてなんと鳥のような羽毛に身を覆われている者もいた。鱗の色も様々だ。しかしこれはトカゲの長たちが自由に変えられるようで、時々波打つように色が変化する瞬間をラスラは見た。

 あまりきょろきょろしていては怪しまれると気付き、ラスラはがまんして前を行くシュトシュノの足だけ見ることにした。イオはソライモムシのコートに丸まってすっぽり見えなくなっている。


 石の柱の横を通った。扉はなく、鉄の枠だけが残っていて申し訳程度に布を上からさげている。よくみると枠の一部にガラスが残っていた。どうやらもともとはガラスの扉だったらしい。中からトカゲの長が何人も出入りしている。


「これ、だれかの家なの?」


 石の柱を一瞥し、ラスラはシュノにたずねた。


「あえて言うならみんなの家だな。中にたくさん部屋があって、みんなそこに住んでいるんだ」

「シュノもああいうところに住んでるのか?」

「とんでもない。おれはもうちょっと小さいところさ。ここは王に従っている議員やその家族が住んでいるんだ」

「ギイン?」


 聞きなれない言葉だった。聞き返すとシュトシュノは声をひそめて教えてくれた。


「王様のごきげんとりってことさ」


 歩いている内に、ラスラの頭の中はざわざわと騒がしい音でいっぱいになった。この町はきっといろんな人のヌイで満ちているのだろう。こめかみを押さえてうめくラスラに、シュトシュノは励ました。


「もう、すぐそこだぞ。目の前に塔が見えるだろ?」


 ラスラが目を上げると確かに目の前に、石の柱よりもはるかに高い三角形の塔が見えた。細長いやじりで、たまごを突き刺したような形をしている。


「あれがなにって?」


 頭の中の音に負けないように声を張る。


「〈天の大木〉だよ。診療所はあの塔に向かってここから通り二本先だ」

「鉄でできてるの?」

「さあな?あれは君のご先祖がつくったんだぞ」

「やぐらみたい。うちの村でも切り倒した木を組み合わせてああやって高い物見台をつくるんだ。三角形にするのは、その方が安定するからなんだって」


 言いながら、あんな高いやぐらを作ってどうするのだろうと思った。星の主でも探すつもりだったのかな?

 ラスラは必死でシュトシュノを追いかけた。なにせシュトシュノとラスラでは歩幅が違いすぎるのだ。

 もうすぐ診療所に辿り着くという時に、突然後ろから声がした。


「おうい、シュトシュノ!」


 ラスラはびくっと身をすくませた。シュトシュノは努めて何でもないように振り返る。


「ああ、やっぱりシュノだ。探してたんだよ!」


 どすどすと地響きでも起こしかねない様子で走って来るのは、ただでさえ大きなトカゲの長の中でも頭一つ分大きなトカゲ男だった。

 さりげなくラスラはシュトシュノの後ろに隠れた。じっと見られたら人間だとばれてしまう。

 巨大なトカゲの長はシュトシュノを見下ろして人懐っこそうにあいさつした。


「やあ、グドー。探してたって?」

「ほ、ほら、こないだ紫の染料が手に入らないかって言っていただろう?ちょうどいい色の花を見つけたんだよ。ぜひ君に試してもらいたくて!」


 グドーと呼ばれた大男は、モグラのように背中を丸めてしきりに指をいじくっていた。大きいのに、なんだか親の顔色をうかがっている子どものようだ。


「ありがとう。今日の集会の後に寄ってもいいかい?」

「もちろんさ!ところで、君の後ろに隠れている子は君の親戚かい?」


 ラスラはひっと声を上げて飛び上がった。グドーから目をそらし、シュトシュノの麻のコートに顔を押し付ける。森を歩いていたせいで少し泥臭い匂いがした。

 シュトシュノは動じなかった。やんわりと説明する。


「ああ、バスパおばさんのお孫さんでね。そこで会ったんで一緒に遊んでやっていたのさ。一人が寝ちまったんで送り届けるところでさ」

「そうだったのかぁ。君、名前はなんていうの?」


 体の大きさのわりに小さな目をこちらに向ける。口元が不自然にめくれ上がっているが、凶悪な牙が見え隠れしているので愛想笑いの意味をなしていなかった。


「ら、ラスラ……」


 ラスラははにかみ屋に見えるように精一杯努力して答える。いつばれるのかと背筋が凍る思いだ。


「ほら、グドー。あんまり覗き込んでると怖がられるぞ」


 もう観念して全てぶちまけてしまおうかとラスラが思った時、シュトシュノが助け舟を出してくれた。グドーは頭のてっぺんにだけ一房ある緑色の髪をなでて、残念そうにしていた。


「ぼくって本当、小さい子には嫌われるんだよな。ぼくは子どもが大好きなのに。こんなに大きな体をしているせいかなぁ」

「君が心優しい青年だってことはトハーンのみんなが知ってるさ。さ、悪いけど早く行かなくっちゃ。この子たちの親も心配する」

「じゃあ、また後で」


 グドーはまたもやどすどすと人ごみを蹴散らす勢いで駆け出していってしまった。

 ラスラはシュトシュノからぱっと離れ、深々とため息をつく。


「こ、怖かったぁ……」


 シュトシュノは肩を震わせた。


「根はいいヤツなんだよ。ただちょっと、成長がふつうじゃなかっただけでさ」

「いや、大きかったからビビったわけじゃないよ!」


 ばれそうで怖かっただけだから、と言いかけてラスラは口を押さえた。あわてて周りを見回す。


「あまり悠長にはしていられないぞ。君が口を滑らす前にブロキシュに会わなきゃ。それにさっきからこの子、また震え始めてるんだ」


 二人は大通りからはずれ、路地に入った。薄暗い路地は一列に並んで歩かねばならないほど狭かったが、シュトシュノが言うにはそちらの方が近道らしい。

 診療所は石の柱というより、四角い石の箱といった様子だった。部屋がたくさんあるらしく、規則的に窓の四角が並んでいる。数えてみると五階建のようだ。どうやってこんな高い建物を建てたのだろう。


「診療所ってどの窓?」


 部屋の一つ一つが家だと聞いていたので尋ねると、シュトシュノは肩をすくめた。


「ここは家じゃないんだ。もちろん、診療所っていうのはこの建物全部だよ」

「えぇっ。これ全部って人のなのか?」

「ブロキシュね。部屋がたくさんあるのは、病気やけがで動けない人を入れておくため。まあだいたいは空いているはずだから大丈夫だよ」


 目を白黒させるラスラに、シュトシュノは向き直る。


「さっきも言ったけど、ブロキシュは足が悪いんだ。だから、数少ない患者をみんな診察室がある一階から順に入れている。意味は分かるな?」

「ってことは、空いてる部屋は一番上の部屋……?」


 ラスラは途方に暮れて上を見上げた。さっきの矢じりに卵を刺した塔が建物の裏手からのぞく。


「正面から堂々と入るわけにはいかないからな。戒めの民を急患だなんて連れて行ったらパニックになっちまう。順番におれが壁を伝って空き部屋まで運ぶから、君はここでしばらく待っていてくれ」


 シュトシュノはイオを抱えたまま、壁にべたりと這うように上り始めた。よくみると手足の爪をしっかり壁に突き立てている。尻尾がコートからのぞき、シュトシュノが動くたびに左右に揺れる。あれでバランスをとっているのだろう。ラスラは下からはらはらと見守っていた。

 すると路地の方から話し声が聞こえてきた。

 こっちに向かってくる、と気が付いた時、ラスラはとっさに路地の両側の壁に手足をついた。踏ん張って上によじ登る。

 路地の影から数人のトカゲの長がぞろぞろと並んで歩いてきた。みんな若者なのだろう。シュトシュノのように肩や顔の鱗に模様をつけていたが、シュトシュノのものよりずっと派手だった。

 若者たちは首や手に巻きつけたアクセサリーをじゃらじゃら揺らし、だみ声とシュシュシュという息の抜ける音を繰り返し、ラスラの足元を通っていく。どうやらラスラには気が付いていないようだ。

 ラスラは歯を食いしばって手が汗でずれそうになるのを耐えた。視界の端で、シュトシュノの尻尾がするりと一番上の窓に消えていくのがかすかに見えた。

 若者たちがひときわ大きく笑った。まるでカエルの合唱でも聞いているみたいだ。

 彼らは笑い声を響かせながら、路地を抜けて大通りに向かって歩いていった。ラスラはほっと息をついて、慎重に壁をすべり降りていく。

 ちょうどラスラが地面に降り立った時、上から降りてきたシュトシュノがこっちに向かってくるところだった。


「手、すりむいちゃった」


 親指の付け根の皮がぺろりとはがれていた。じんわり血のにじむ手の平を見せると、シュトシュノはぎょっと大げさなほど身を引いた。


「その手で触らないでくれよ!おれはまだ死にたくないんだ」

「分かってるよ。ちょっと待って」


 ラスラは左手に巻いていた布をほどいて二つに引き千切り、両手に巻いた。口を使って縛ると傷口は隠れた。出血はひどくないので、とりあえずはこれでなんとかしのげるだろう。

 シュトシュノはラスラをおぶさり、再び診療所の壁に近付いた。


「しっかりつかまってろよ」


 そう言うなり、シュトシュノは腕に力を込めて壁をよじ登った。ぐんと身体が揺れ、ラスラは本能的にシュトシュノの首元にしがみつく。

 オレンジ色の髪が目の前にあった。頬にちくちくと刺さるので顔を背けると、目の前に広がった光景にラスラは息を飲んだ。

 さまざまな大きさの箱が積み木のように並んでいた。それ一つ一つが「家」なのだと、そこを出入りするトカゲの長たちを見て改めて思い知る。黒い道は町のあちこちを区切るようにまっすぐ伸びていた。まるでそういう形になることをあらかじめ決められていたかのようだった。


 これがトハーン。


 これが、かつて戒めの民が暮らしていた町。

 診療所よりさらに高い石の柱を見上げ、ラスラは言葉もなく感嘆するしかなかった。

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