ⅡⅩ

 「……違う」


 胸の火は、消せない。


「違うわ。こんなの、間違ってる」


 あの日、大聖堂で見た光景。気高い乙女の姿が、網膜に焼き付いている。

 憧れたなら、私も立ち上がろう。


「何が違うと?」


 ハイランド公爵の恐ろしく鋭い眼。

 でも、もう負けない。


「何もかもよ。貴方達は、護るべきものをはき違えている」


 いつの間にか、椅子を蹴り、立ち上がっていた。

 さあ、顔を上げよう。背筋を伸ばそう。


(あの人のように)


 ロザリア・オルベインのように。


「……まだ、お分かりにならないか。一人の侍女の運命などに、カンザリーとの同盟は替えられぬ」


 否。断じて否。


 大きく深呼吸。そして少女は叫ぶ。

 正しき言葉を。王の言葉を。


「正義の人を護らずして、何の為の帝国か! 悪を許すような国なら、滅びてしまいなさい!!」


「な、何を……!?」


 絶句する貴族達。


 でも、迷わない。

 正しきを信じるなら、叫べ。


「帝国の歴史は、歴代の陛下や、大勢の人達が積み重ねてきた歩みは、何の為なの? 戦争も、平和も、何の為だったの? はびこる悪に目を背け、よこしまな人間にこうべを垂れる、そんな世界を、目指してだったというの!?」


 否。断じて否だ。

 流された血は、涙は。人類の歴史は。


 ……こんなものの、為ではなくて。


「私達の先達が望んだのは。苦難に立ち向かい夢見てきたのは、もっと正しい、もっと輝く世界だったはずよ!」


 遥かな人の歩みに想いを寄せて。


「……私は、ミアリス・ラ・アルフェリス。帝国の娘、アレストリアの皇女。その誇りに誓って」


 ロザリア、私に勇気を。


「帝国の精神を。正しき人々を守護する騎士の誓いを、護ってみせる。その為にも、こんな不当な処分は、認めないわ!」


 私に、世界を変える力は有りますか?

 私が世界を変えると言ったら、あなたは信じてくれますか?

 今はまだ自信も無いけど。叫べ。この胸の熱を、光を信じるなら。


「まだお分かりにならぬのか! そんな理想論などで!!」


 ハイランド公爵も、席を蹴る。


「夢見がちな、甘い戯言。そんなもので、誰を護れる? 何を救える? 政治とは、利害の調整だ。全てを救うことは出来ぬ。犠牲を出さずして、手を汚さずして、護れるものなど無い!」


「貴方達、大臣の政治はそうでしょう。でも、皇帝の、王者の政治は違うわ」


「ならばお聞かせ願おうか。殿下、貴女の考える王の政治とは何か!」


 オトラント伯爵の問いに。

 鋭く、稲妻のように答えてみせる。


「理想を掲げること。全ての人に、征くべき道を示すこと!」


 王とは、理念。

 万人を魅了する、輝く未来を示すこそ、王の責務。


 ああ、後にして思えば14歳のミアリスに、なぜこうも偉大なる理想が語れただろう?

 ただ彼女は、必死だった。

 自分に勇気をくれた少女、ロザリア・オルベインのように、誇り高く、気高くなりたくて。

 精一杯、背筋を伸ばしていただけ。


 その姿を、帝国の支配者達は。

 三巨頭はそれぞれの表情で仰ぐのだった。


 オトラント伯は、恐ろしいものを、自らの影を焼く無慈悲な太陽を見るような眼で。

 ベネヴェント公は、この少女の価値を値踏みする眼で。

 そしてハイランド公爵は。己の歩みを否定するような、正し過ぎる者への怒りの眼で。


「乙女ミアリス・ラ・アルフェリスが、第三皇女として命じます。ロザリア・オルベイン及び伯爵家への処分は不要、即刻釈放なさい! そしてカンザリー政府の不当な要求は断固拒否します。これこそが帝国の、私達のアレストリアの、あるべき姿よ!!」


 おお、高潔なる少女よ。希望の姫君よ!

 この日、この時より、世界に立ち向かうその運命は始まるだろう。

 この世全ての悲惨を、理不尽を絶ちきるまで駆け続ける、大いなる戦いの運命は。


「さあ、つべこべ言わず、私の侍女を返しなさい!!」


 それこそは少女の、「純潔皇帝イノセント・エンプレス」の最初の勅命。


「こ、この頑固娘が……!」


 礼節もかなぐり捨て、ハイランド公が吠える。


「貴女は、何をしたいのだ。我々に抗い、フィオリナ妃殿下を怒らせて、それで、何を護りたいというのだ!?」


「……決まってるわ」


 それは、ロザリアの中に、そして今、自分自身の中に見た光。


「帝国の、魂よ」


 正義、勇気、理想……人の善なる全て。その輝きに、憧れたから。

 胸を張って。勇気を出して告げた言葉は。天上を満たす神の光のように、聖なる雷となって、男達を打ちのめした。


 数歩よろめいて後退あとずさってから、ハイランド公は我知らずひざまずき、本来皇帝その人に捧げるべき、最大の敬礼を行なっていた。


「……殿下の御心のままに」


 そして、18人の貴族達も。


 こうしてミアリス=ラ=アルフェリスは、その「初陣」を勝利で飾ったのだった。


 ※ ※ ※


 ……そして。


 皇帝の裁可を得て発表された、大聖堂の事件への公式見解は、ロザリア・オルベインの行動を讃え、カンザリー連合王国の要求を突っぱねる物となった。


 時のカンザリー王は、これを受け入れる。

 わがまま放題に育った娘フィオリナには、良い薬になると考えたらしい。


 勿論、この結末の影には。

 ミアリスの異母姉でカンザリーの王太子妃となっていたクラリス第一皇女や、才媛ロザリア嬢とオルベイン伯爵家に友愛を抱く知識人達など、様々な人の助けが有ったことは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る