ⅩⅨ

「……帝国領内から追放、ですって?」


 元老院の決定、ロザリアとオルベイン伯爵家へ下される処分の通知を読まされ、ミアリスは声を絞り出す。


「悪いのはフィオリナ義姉ねえ様でしょう。なぜ、正しい事をした側が、罰を受けるというの?」


「正しい、正しくないではない。これは国家同士の駆け引きです」


 ハイランド公に続き、警察大臣オトラント伯が言葉を重ねる。


「それに爵位剥奪とは言うものの、オルベイン家へは帝国政府として年金を支払う予定でございます。ご令嬢に関しても、永久追放というつもりはありませんよ。そうですな、ほとぼりが冷めるまで一、二年大人しくしてくれれば、フィオリナ妃殿下のお気も済みましょう」


 ミアリスはむぐ、と言葉に詰まる。

 でも、ここで引き下がれはしない。


「それでも、これでは義姉様の、カンザリー王国の言いなりだわ。貴方達はそれで良いの? 帝国貴族として、誇りは無いの?」


「ならば殿下、問わせて頂こう」


 眼光鋭く、ハイランド公。


「西の国境で、賊徒共との戦が長引いておる事、よもや知らぬではありませんな?」


 当時の帝国は、西の共和国連邦を正式な国家と認めていない。

 友邦の王族をしいして、不当に権力を得た反逆者と、捉えているため、このような表現を用いた。


「賊めらの力は侮れぬ。2年前は、先帝陛下までもが討たれてしまわれた。倒れた兵士の数、費やされた戦費、どれほど莫大か、殿下にお分かりになるか?」


 息を切って。


「今、この危機に当たって、王国との同盟にひびを入れることは出来ぬ。帝国の領土、臣民を護る、その重みを考えるなら、多少の理不尽は呑み込まねばなるまい」


「要は、小娘一人の犠牲で済むなら安いものだというのですよ」


 皮肉屋のオトラント伯爵が、陰気に言う。


「それも、命まで奪おうというのではない。実に軽い犠牲だ。ただそれだけでフィオリナ妃殿下はご機嫌に。我が帝国とカンザリーの友誼ゆうぎは安泰。実に素晴らしい。殿下におかれましては、そこの所を是非ご理解頂きたいですな」


 不遜ですらある言い回しに、ハイランド公は咎め立てする表情を見せるが、本音は同じなのだろう。

 伯爵の発言を否定することはしなかった。


「……納得出来ない。おかしいわ、こんなの。彼女は、私を護ってくれたのよ」


「だから助けたいと? それは私情というものですぞ、殿下」


 ハイランド公は、いわおのごとく動ぜず。


「いかに親しい者であろうと、国家の安寧を思えば切り捨てられる。それが為政者というもの。殿下も皇族の一員であるからには、その覚悟を持たれよ。殿下にとってオルベインの娘が、たとえ大切でも……」


 大切という言葉に、ミアリスは。

 毎晩胸を熱くするロザリアの残り香を思い出して。


「ち、違うわ。別に大切とかじゃなくて、私達の関係は」


「どんな関係だろうと、どうでもよろしい」


 オトラント伯爵がさえぎる。


「要は、殿下の侍女など代わりがきくのです。その程度の者と、帝国の平和とを、天秤に掛ける等、愚かだと思われませんか」


 ミアリスは、きっ、とオトラント伯爵を睨み付けるが、14歳の少女の眼光なぞに怯む彼ではない。

 薄ら笑いさえ浮かべ、肩をすくめるのだった。


「私は、認めない。アレストリア皇家は何より正義を重んじると。私は、そう教えられてきた!」


「……殿下のお言葉にも、一理有るのではございませんかな?」


 ここで再び、外務大臣ベネヴェント公爵が助け船を出す。


「我がアレストリアは、揺るぎない大国です。こうも、あの贅沢女、おっと、これは失礼。ちと浪費の過ぎる、先帝妃殿下の顔色を伺ってばかりでは、沽券に関わりましょう」


「……妃殿下にも、ご自制頂かねばとは、思うてはおる」


 苦々しげに、ハイランド公。


「だが、それでも、あの方はカンザリーとの同盟の要。いずれ帝国の玉座を継ぐ、ユーシス皇子の母君にあらせられるのだ」


 自らへ言い聞かせる表情は、ハイランド公も、オトラント伯も、元老院貴族18人の皆が同じ。

 誰一人、「赤字夫人」フィオリナ妃をよく思ってはいない。


 それでも、


「妃殿下の名誉は、護らねばならぬ」


「なら、私の名誉は? 私の名誉だって、傷つけられた!」


 ミアリスは、なおも噛み付く。

 だって、悔しいのだ。あの女が、フィオリナ妃が何をしても許されて。

 自分達は泣き寝入りしろなんて。


 ……存在価値が違うとでも? そんなの認めたくない。

 だが。


「……申し訳なくは思う。だが、やはりフィオリナ妃殿下と、貴女では、重みが違うのだ」


 ハイランド公のその言葉は。死刑宣告のようにミアリスの胸を貫いた。


「…………っ!」


 涙が散った。けれど、残酷な言葉は続く。


「殿下はまだ幼くていらっしゃる。だが、アレストリアの皇女として人々の上に立つからには、知って頂かねばならぬ。誰もが正しさを追うのでは、世の中は回らぬのだ。理不尽を、汚濁を、耐えて呑み込む者がいなければ」


 大国の支配者として、数々の不条理を呑み込んできた者として。ハイランド公はさとす。


「それが大人になるということだ。大人になりなさい、殿下。出来ないなら、人を導く資格など無い」


 ミアリスは、うなだれるしかなかった。


 彼ら元老院、帝国を背負う大人達とは、背負った物も、言葉の重みも違い過ぎて。

 自分の想いでは青過ぎて。


 とても届かないと思い知らされた。


「…………」


 最早、言葉も無し。頬を伝う涙を隠すしか、出来る抵抗も無く。

 ここに勝敗は決したのであろうか?


 ……否。

 断じて否。


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