ⅩⅧ

 聖暦1789年4月28日。

 外務大臣ベネヴェント公爵の手記により、我々はこの日付を知ることが出来る。


 かの「純潔皇帝イノセント・エンプレス」、人類の女王たるミアリス・ラ・アルフェリスが、帝王への階段を踏み出した日。

 闇深き時代を切り拓くべく、彼女の聖剣、「勇気」という名の王者の剣を初めて手に取った日を。


 後世の我々は想像する、少女がいかに勇敢に、時の権力者達へ立ち向かったかを。

 大いなる弁論と、輝ける魂をもって、人々を魅了したかを。


 しかし、現実には。


(……怖い。怖いから、あまり見ないでってば!)


 眼光万人を射殺すごとき老ハイランド公爵は言うに及ばず、18人の元老院貴族達の視線を受けて。

 ミアリスは椅子に座ったまま、完全に硬直していた。


(……あれ? 私、何しに来たのだっけ)


 勢い良く議場に乗り込んでみたものの、大人達の注目を浴びた途端、頭は混乱。思考はぐるぐる。


 席を与えられたは良いものの、考えていた言葉も全て吹き飛んで、ドレスの背中を冷や汗で濡らすばかりだった。


「……こほん」


「ひっ……!」


 いつまでも続く沈黙に、場を代表してハイランド公が咳払い。

 ただそれだけで、ミアリスは恐怖にか細い悲鳴を漏らす。


「殿下、我々に仰りたいことがあるのでは?」


「……あ、あの、その」


「あのそのでは、分かりませぬ」


 ……撃沈。

 ミアリスの戦意は、戦う前から折られていた。


(あの子を、助けなくちゃいけないのに)


 そう、ミアリスがここへ来たのは、彼女の侍女、勇気有るロザリア嬢の処遇について元老院に直談判する為。

 それが、何たる無様。


 けれど、誰が彼女を責められるだろう。

 つまるところ今のミアリス・ラ・アルフェリスは、14歳の小娘でしかなく。

 生まれながらの覇者でもなく、先天的な英雄でもない。

 鳥籠の外、風吹く空も知らない、臆病なひなに過ぎなかったのだから。


「まあまあ、皆さん。そのように怖い顔では、殿下とてお話しにくいでしょう?」


 助け船をよこしたのは、外務大臣ベネヴェント公だった。


「殿下、お話とは、貴女の侍女殿の件ではありませんかな?」

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