ⅩⅦ

 帝国元老院。

 大貴族達から構成されるこの組織は、法的には皇帝の諮問しもん機関であるが、1789年当時内閣のほぼ全員がここに所属しており、実質上、帝国の行政を掌握する形になっていた。


 国政の中心メンバーで元老院に所属していないのは、アルフォンス皇帝自ら任命した財務大臣、平民出身の銀行家スタール氏くらいであり、この元老院こそは、皇帝と並び立つ、アレストリアのもう一方の支配者と呼んでも過言でなかった。


 中でも存在感を示していたのが、俗に「三巨頭」と呼ばれる男達である。


 陸軍大臣ハイランド公爵。

 皇室所縁の大貴族で、時に72歳。

 先帝レオンハルトの戦死後、当時の陸軍大臣を含む、皇帝を助けなかった貴族達を粛正。

 自らが実権を握った。


 老齢でありながら、かつて同盟諸国の代表が一堂に会した際、ただの一睨みで大物政治家達を恐怖させ、主導権を帝国に握らせたというその眼光は、今なお健在。

「影の皇帝」とまで噂されるその貫禄、まさに魔王である。


 外務大臣ベネヴェント公、44歳。

 眉目秀麗な伊達男ながら、鋭い知性を瞳に宿す人物。

 彼の公爵家は遠く大帝の時代、帝国に敗れ軍門に降った王族の末裔であり、血筋の古さは皇族以上という名門中の名門である。

 片足に障害を持ち、貴族の義務である軍役に就けなかった彼は、聖職者の道を歩んでいたが、先帝にその能力を買われ還俗げんぞく

 家督を継ぎ、その辣腕らつわんを振るう事となる。


 警察大臣オトラント伯爵。

 36歳と元老院の構成メンバーでは年若いが、ある意味最も恐れられている男。

 当時の帝国では、現代における警察の役目は軍の憲兵隊が果たしており、警察組織は未整備。

 その状況に大幅に手を加えたのが彼であり、帝国の「警察の父」と歴史に名を刻むが、必ずしも正義の人物ではない。

 冷徹、陰険、あらゆる悪の言葉で呼ばれる彼のやり口は、一にも二にも「密偵」である。とくに女スパイを多く抱え、色仕掛けで帝国の大半の有力者に取り入らせた彼は、「時の貴族達の情事の回数まで、全て把握していた」等とも伝えられ、握った弱味の数は、まさに想像も及ばなかった。


 彼ら帝国元老院、この時代のアレストリアにおいて、最も強大な権力を握る支配者達。


 彼らの、この日の議題こそが、大聖堂の事件への最終決定、ロザリア・オルベインの処遇と、カンザリー政府へ送る帝国公式見解の文言の検討であった。


「……では、各々方。以上の内容でよろしいな?」


 白薔薇宮の会議の間、円卓に居並ぶ大臣達へ、ハイランド公が重々しく問う。

 既に議論は尽くせり。皆が首肯するその時。


 ……扉が開かれた。

 議場の扉が。

 そして、輝ける女帝の運命の、第一歩となる扉が。


「……貴方達に、お願いがあります」


 大人達の視線に緊張しながら、震える唇を開く少女。

 14歳のミアリス・ラ・アルフェリス、初めての「戦い」。

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