ⅩⅥ

 この時期、事件の当事者であるロザリア嬢が何を考えていたか。


 筆まめとして知られ、後世へ貴重な資料を数多く残す彼女だが、残念ながらこの時期、外部へ宛てた手紙は残っていない。彼女の追放を考えていた元老院に、握り潰されたとする説もある。


 だから代わりに、現存する資料として、彼女の父オルベイン伯爵が娘へ送った手紙を紹介しよう。


 偉大な革命の底流となった、当時の帝国人の精神、なかんずく東部貴族の矜持きょうじを今に伝えるものである。


「我が娘へ。お前が妃殿下に手を上げたという報せは、ここホークネスト市にも届いている。

 上京して二ヶ月も経たぬのに、まったく、私達を心配させてくれる娘ではある。

 私達家族は今、お前の先生方と共に、おとがめが軽くなるよう、各所へ働き掛けている。


 だが、私がお前に伝えたいのは、そのような事ではない。

 お前は、自らの行いを悔いるべきではないという事をこそ、伝えたいのだ。


 我がオルベイン伯爵家の紋章が「緋色の軍馬」である事は、お前も知る通り。

 この紋章には、最も正しい騎士、つまりは皇帝陛下と共に戦場を駆け続けると誓った、私達の祖先の想いが込められている。

 この紋章を胸に思い浮かべなさい。正しきを為したお前を、はたして先達せんだつは責めるだろうか?


 先哲の言葉にもある、『この身は王の地に生まれたゆえに、服従を強いられるとも、魂までは縛られない』と。

 我ら貴族は、皇帝陛下の奴隷でなく、善き軍馬、善き戦友である。

 地上に正義を遂行する為にこそ、忠誠を誓うのである。

 なればこそ、おそれ多くも皇族の方々が過ちを犯すなら、身命を賭して忠諫ちゅうかんする義務がある。


 お前が行なったのは、まさにそれであり、誰に恥じることでもない。

 胸を張りなさい、父母はそんなお前を誇りと思おう。


 神は正しき者を助けるだろう。

 それは帝国がこうして大陸に君臨する事実からも、明らかで疑う余地の無いことだ。

 だから私達のことは、心配しなくてよい。お前は、お前自身と、仕えるべき皇女殿下のことだけを考えなさい。身体に気をつけるように。また手紙を送る。


 父より」


 現在もこの手紙は、アルフェンの帝国博物館に収蔵され、誰もが読むことが出来る。

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