ⅩⅤ

 事件は、波紋を呼んだ。


 カンザリー連合王国は、当時のアレストリアにとって最重要の同盟国である。

 その王家より嫁いできた先帝の妃に対し、一介の侍女が侮辱を加えた。


 この事態を受けカンザリー政府は、帝国政府……元老院からの正式な釈明の他、フィオリナ妃と、その子であり「帝国の未来の皇帝」であるはずのユーシス皇子を護るため、カンザリーの武官を大幅に増派させるよう求めた。


 勿論、皇妃の満足の為だけではない。この機会に、帝国へのカンザリーの影響力を強めようという目論見である。


 対して帝国元老院は、フィオリナ妃の自尊心をのみ満たさせ、事態を沈静化させる方針で協議を重ねていた。


 そして彼らの出した結論は、不敬罪によるオルベイン伯爵家の爵位剥奪。

 ロザリア嬢の国外追放。


 この幕引きを、当事者たる二人の乙女は、まだ聞かされていない。


 四月も終わりに近付いた夜。開け放たれたテラスから、薔薇園の風が吹き込む中。月光に照らされたベッドの上で、ミアリスは悶々としていた。


「……寂しくなんて、ないんだから」


 大聖堂での事件から一週間が過ぎても、ロザリアは謹慎中のまま。

 ベッドへ潜り込んでくる闖入者のいない、平和な夜のはずなのに。

 眠れないのは、なぜ。


「ばか。どうして私なんかを、かばったのよ」


 義姉フィオリナが自分を軽蔑するのは、仕方無いこと。


(だって、見られてしまったのだもの。あんな場面を……)


 ロザリアにも言えない、恥ずかしい秘密を。


「い、言えない。知られたら破滅よ!」


 散々、じゃれついて来るロザリアを、不潔と罵っておいて。

 自分がもっと変態だなんて。


 ……それは置いておくとして。


「でも、格好良かったな……」


 あの日のロザリアの凛とした横顔を思い出し、誰に聞かれた訳でも無いのに、顔を真っ赤にする。

 あれ以来、今までと比べものにならないくらい、胸のどきどきが止まらない。

 声を、瞳を、唇を想うだけで、身体が熱くなる。


「ふぁ、んっ……ロザ、リアぁ……っ」


 気付けば彼女の残り香を求めるように、毛布を抱き締めている。

 カラダが、昂ぶっていく。


 ……私、いつからこんな、悪い子になったのだろう。

 甘い陶酔に脳を蕩けさせながら、ミアリスは考える。


 ミアリスは、母が嫌いだった。正確に言えば、ずっと溺愛し、溺愛されてもいたが、母の出自を知り、娼婦という言葉の意味を知って、嫌いになった。


 これでもミアリスは、読者家で、学問も優秀だ。

 それは全て、周囲の蔑視を、自分の負い目を、無くしたかったから。

 自分は母とは違うと、証明したかったから。


(……でも、私はやっぱり、あの人の娘なんだ)


「不潔、変態。最低よ、私……」


 でも。あの人はどうなんだろう。

 私のベッドへ潜り込む顔と、皇妃へ堂々と立ち向かう顔。それが同じ人物なのが不思議で。


「……私も、あんな風になりたい」


 そんな風に、思った。


「私も、変な子かもしれないけど。でも、私だって……!」


 憧れた。大聖堂でのロザリアの勇姿に、憧れた自分を自覚した。


 人とは違う、大嫌いな私でも。心の奥底に高潔な光が宿るなら。


 ……きっと、世界だって変えられる。


 そう、世界を革命できるのは、革命を心に望んだ者だけ。

 人との違いなど些細なこと。

 王の資格、自らの手で世界を切り拓く意志に、いかな影を落とせるというのか!


「べ、別にあの子を好きとかじゃないわ。ただ、皇女として忠誠にはむくいなくちゃって、それだけなんだから!」


 恥ずかしさを誤魔化すように、自分自身へ妙な言い訳をしながら。

 ミアリスの心は決まっていた。


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