ⅩⅣ

 神の御座みざへ手を伸ばすように高く、いと高く造られた大聖堂の天井は、音響効果も抜群で。

 炸裂した平手の音は、聖堂中の空気を震わせ、大きく響いた。


 その鋭さに、満座の人が驚き、沈黙する。


「な、何という事を……」


 誰ともなく、掠れた声を洩らす。


「じ、侍女風情が、私の顔を……」


 赤く腫れた頬を抑え、わなわなと震えるフィオリナ妃。


「高貴なる千年王家、カンザリー王家の娘である私を、叩きましたわね!?」


 誰にも、親にさえもぶたれたことの無いであろう彼女は、涙目で。

 動揺のせいか聞き取り難いほど早口に。


「いいこと、我がカンザリー王家は、あなた方の帝国が山奥の田舎だった頃から大陸の支配者だったのよ。由緒正しい家柄なのよ。その、その私に。貴女みたいな低級貴族が、手を上げて許されると、お、思ってますの!?」


「血筋を誇りとお思いなら、なおさらのこと。それに相応しい振舞いをなさいませ」


 ロザリアは、一歩も退くつもりなど無かった。


「な、なんて生意気。田舎貴族の分際で、私の王家を。カンザリー王国を敵に回すつもりなの!?」


「妃殿下、貴女が一国を背負いこの場に立つのでしたら、そんな卑怯な発言は慎みなさい。品格を損ないますわ」


 ああ、たとえ一国を動かす権力者だろうと、こんな小者は怖くも何ともない。

 帝国貴族の誇りに賭けて、誰に頭を下げるとも、邪悪に対して媚びることだけは、けしてしない!


「だ、大体ね、何でミアリスなどかばうのよ!」


 驚きに硬直するばかりのミアリスを指差して。


「その娘は、半分は平民なのよ。私達と違う、卑しい血が流れているのよ!?」


 フィオリナ妃の言葉に、ロザリアはミアリスへ微笑み掛ける。

 そして毅然きぜんと、


「アレストリア皇帝は、教会の剣、民衆の盾たる事を誓う!」


 雷鳴のように、歌声のように。初代、騎士皇帝の宣言をなぞる。


「帝国に仕える貴族として、私もその精神を胸に刻みます。殿下に平民の血が流れている、それが何の負い目だというのですか。その血こそは、民衆の血こそは、アレストリア皇家が、帝国が護るべき、最も高貴なる血ではありませんか!」


「……あ」


 雷に打たれたように。

 ミアリスの身体が震える。そんな風に考えたこと、なかったのだろう。


 民衆こそ高貴。この言葉こそ。

 ああ、この言葉こそ、1789年の革命をひらく神託。人類に灯された新たな光。


 ……でも今は、小さな、とても小さな波紋。

 この想いが、いずれ世界に偉大なる革命を呼ぶなど、知るよしも無く。


 今はただ、姫君を勇気付けるため、その小さな掌を、ぎゅっと握るのだった。


「良いですか、殿下のお生まれを理由に見下すなど、二度とは許しませんよ」


 神聖なるアルフェン大聖堂へ響く声。

 射し込む天上の光は、この勇気有る乙女を、誰人も侵しがたい、祝福された存在であるかのように演出した。


 強き者に挑んだ時、人は自らの気高さを知る。

 魂の格の違いに、囚人のように怯える哀れな皇妃に向かって。

 今、ロザリアは世界の女王たる気概をもって叫ぶ。


「さがりなさい、愚か者!!」



 そして。見苦しく泣き喚きながらフィオリナ妃が、供の者達に引き摺られていった後。

 死刑にしてやるだの、カンザリー王に言い付けてやるだの、不穏な言葉を残されてなお、ロザリアの笑顔は消えなかった。


(……心配しないで、殿下)


 私は、正しいことを言ったのだから。

 何か眩しいものを見上げるようなミアリスの表情へ、


「やり過ぎちゃいました♪」


 精一杯おどけて、舌を出してみせるのだった。

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