幕間 帝国近世史

 後の「純潔皇帝イノセント・エンプレス」ミアリス・ラ・アルフェリスが歴史の表舞台へ躍り出る前夜、聖暦1789年当時は、神聖アレストリア帝国にとって危機の時代であった。


 帝政アレストリアの最盛期を築いた「美女皇帝」ベルモニカの跡を継いだのは、甥に当たる「鉄人皇帝」マクシミリアンである。

 華麗で浪費家でもあった叔母とは対照的に、質実剛健をよしとする帝国人らしい帝国人。

 歴代皇帝最長となる72年の治世で、ただの一度しか人前で笑顔を見せなかったという、極め付きに厳格な君主。

 ベルモニカ帝の遺した白薔薇宮の華美さを嫌い、一時は取り壊しまで検討したというほど前任者とは似ない彼だったが、しかし皇帝としては同じ路線を継承した。


 即ち、権力を大貴族達にゆだねず、皇帝の一手に集中させること。

 また南洋の植民地開拓にあたっては出遅れた分、略奪、暴虐を当然とする他の列強に対し、現地の制度、人民に寛容な解放者として振舞い、支持を拡げること等々。


 眉間に刻まれたしわが生涯消えなかったという堅物の皇帝は、先帝の天才の替わりに、「帝国一の仕事中毒ワーカホリック」と称された勤勉さをもって、アレストリアを更なる繁栄へと導く。


 しかし、最盛期の後には斜陽が訪れるのが歴史の必然。


 続く十四代、ウェルナー皇帝の代になると、先代、先々代の世には抑え付けられていた貴族達の反動、激化する諸国との植民地争奪など、あらゆる内憂外患に見舞われることとなる。


 時はまさに革命の世紀。

 1762年に、世界史に燦然さんぜんと輝く「人権憲章」の元、西方にトレント共和国連邦が建国されると、これを正式な国家と承認しない国々-アレストリアも含む-は、武力での対抗を決定。

 大陸は長きに渡る戦火に包まれた。


 この激動の時代にあって、ウェルナー帝の方針は一貫して、徹頭徹尾「中庸」である。

 後に娘であるミアリス帝からも「綱渡り」と評されたその政治は、一見場当たり的で、信念に裏打ちされた物を感じさせない。

 「美女皇帝」に「鉄人皇帝」、そして「純潔皇帝」に挟まれた彼は、長らく華の無い、凡庸な君主と見られていた。


 しかし、混沌の時代を抜群のバランス感覚で泳ぎ切ったその統治は、近年再評価いちじるしい。

 事実彼の崩御後、帝国は崩壊の危機にまで追い込まれるのである。


 ウェルナー帝の長男、ミアリスの異母兄にあたるレオンハルトⅡ世は、理想に燃える青年皇帝として立った。

 父の政治を「風見鶏」と非難した彼は、西で広がる革命にも理解を示し、貴族や聖職者と徹底的に対立。民衆からは絶大な支持を得る。


 しかし時代はまだ、彼に微笑まなかった。


 折しも、国境を帝国と接するまでに拡大していた連邦が、ついに帝国領内へ侵攻を開始。


 やむ無く自ら親征し、これに対抗するレオンハルト帝だったが、貴族達のサボタージュ等に悩まされたまま、戦場にたおれた。


 帝位を継ぐべきレオンハルト帝の子は、皇帝の死後ようやく出産されたばかり。

 難局を乗り切るべく、国政を担う元老院は、赤子でなくレオンハルト帝の弟、アルフォンス皇子を後継者に指名する。


 だが。新たに立ったアルフォンス帝は生来病弱。それでいて激しい気性を秘めており、永くない命を燃やし尽くそうとするかのように、兄以上の革新路線をひた走る。


 西方から亡命し帝国に保護されていた、旧王侯の排除、貴族、聖職者の免税特権廃止。

 これらを実現し、帝国に溜まった膿を出し切ろうとする19歳の皇帝と、対立する旧勢力。

 そして、西の革命に触発され、目覚め始める民衆。


 三つ巴の争いは、最早誰にも止められないほどに深刻さを増していく。


 こうして、アレストリアの革命は準備されたのだった。

 後はただ、歴史の主役たりえる人物、王の資格を持つ者の登場を、待つのみである。

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