Ⅷ
華やぐ宮廷の喧騒も去り、夜の闇が白薔薇宮を包む頃。
テラスより差し込む月光に照らされて、今日もミアリスは眠れぬ夜を過ごしていた。
「……なんで私、どきどきしてるの?」
なぜだか顔が熱くなる。
「なによ、あんな無闇にべたべたしてきて。不潔だわ」
……だのに。そのはずなのに。
「どうして私、嫌じゃない、なんて」
「なんのお話ですの?」
背中からの返事。
「だから、あのメイドの話よ。私まで変になってしまうじゃない」
「ふふ、殿下が可憐過ぎるのが罪なのですわ。私だって、もう女の子に触ったりしないつもりでしたもの」
……はて、私は誰と会話してるのだろう?
気付けば触れている背中の温もり、一人分の暖かさ。
嫌な汗が……。
「にゃあぁぁっ!?」
思わずベッドから転げ落ちた。
「な、ななななんで」
震える指で、
「なんで、貴女がそこにいるのよ!?」
ベッドへ潜り込んでいたロザリアを、指差した。
「ふふ、今夜は肌寒いですし、暖めて差し上げたいなって♪」
いつの間に、とか、いつから、とか。
頭の中をぐるぐる回る疑問の代わりにミアリスは。
抱いていた枕を、ロザリアの顔面へぶつけてやった。
結局二人、寄り添いながら寝ることとなって。
「殿下、寒くないですか?」
「ばか、暑苦しいくらいよ」
憎まれ口を叩きながらも、
(どうしよう……)
ロザリアの顔を正視出来ないで、ミアリスは困るのだった。
だって、同じベッドで間近に見るその顔は、ちょっぴり嫉妬してしまうほど綺麗で。
ミアリスがこうなりたいと夢見るような、気品溢れる令嬢そのものなのだ。
……こんなのずるい、と思った。
勝手に女の子のベッドに入り込んでくるような変態なのに。
それがこんな綺麗な女の子では、大胆さに憧れさえしてしまう。
と、
「殿下、少し真面目な話を良いですか?」
どうせ、恥ずかしい戯言でしょ。そう思っていたのに、ロザリアの真剣な瞳に驚かされる。
「な、何よ」
「あの、私は殿下にもっと触れたい。近付きたいです。でも……」
珍しく彼女の方が赤くなりながら。
「でも、べたべたし過ぎなのは分かってます。普通の方は、嫌がるだろうことも。だから殿下も、もしお嫌なら、おっしゃって下さいね?」
貴女を、傷付けたくはないから。そう告げるロザリアの唇が震えているのに気付き、ミアリスは知った。
(そっか、貴女も)
本当は拒絶されるのが怖いのだ、と。
それでも、そんな弱さだって素直にさらけ出せる彼女を、
「ばか、別に、嫌だなんて言ってないわ」
指を絡ませながら、答える。
「……貴女みたいな人に慣れてないから、驚いてるだけよ。別に、し、したいこと、すれば良いじゃない」
「殿下、それでは……」
ええ、我ながら恥ずかしい。
でも、ちょっとだけ、ほんのちょっぴりなら、おかしなことをされても許してあげるわ、と思った。
「では、キスなども許して下さいますの?」
「だ、誰がそんなこと言ったのよ!?」
瞳を潤わせ、頬擦りしてくるロザリアを。
「やっぱり出てけ、この、変態っ!」
ベッドだけでなく寝室から、叩き出すのだった。
※ ※ ※
「……まったくもう!」
散々騒いだ後。ベッドへぼふん、と倒れ込む。
(やだ……。残り香が)
薔薇のように甘い汗の薫り。ロザリアの薫りに、胸がとくとくと騒ぎ出す。
「なんで、私なんかに構うの?」
答えは分かってるつもり。
ミアリスが、仕えるべき第三皇女だから。
でも、それだけではない何かを、期待してしまいそうで。
「い、嫌、不潔よ。こんなのは、いけないん、だからぁ……」
胸が苦しい。初めての火照りが辛くて。
たどたどしく、自らを鎮めた。
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