華やぐ宮廷の喧騒も去り、夜の闇が白薔薇宮を包む頃。

 テラスより差し込む月光に照らされて、今日もミアリスは眠れぬ夜を過ごしていた。


「……なんで私、どきどきしてるの?」


 まぶたを閉じればその裏に、あの侍女ロザリア・オルベインの顔が浮かんでくる。

 なぜだか顔が熱くなる。


「なによ、あんな無闇にべたべたしてきて。不潔だわ」


 ……だのに。そのはずなのに。


「どうして私、嫌じゃない、なんて」


「なんのお話ですの?」


 背中からの返事。


「だから、あのメイドの話よ。私まで変になってしまうじゃない」


「ふふ、殿下が可憐過ぎるのが罪なのですわ。私だって、もう女の子に触ったりしないつもりでしたもの」


 ……はて、私は誰と会話してるのだろう?

 気付けば触れている背中の温もり、一人分の暖かさ。


 嫌な汗が……。


「にゃあぁぁっ!?」


 思わずベッドから転げ落ちた。


「な、ななななんで」


 震える指で、


「なんで、貴女がそこにいるのよ!?」


 ベッドへ潜り込んでいたロザリアを、指差した。


「ふふ、今夜は肌寒いですし、暖めて差し上げたいなって♪」


 いつの間に、とか、いつから、とか。

 頭の中をぐるぐる回る疑問の代わりにミアリスは。

 抱いていた枕を、ロザリアの顔面へぶつけてやった。


 結局二人、寄り添いながら寝ることとなって。


「殿下、寒くないですか?」


「ばか、暑苦しいくらいよ」


 憎まれ口を叩きながらも、


(どうしよう……)


 ロザリアの顔を正視出来ないで、ミアリスは困るのだった。


 だって、同じベッドで間近に見るその顔は、ちょっぴり嫉妬してしまうほど綺麗で。

 ミアリスがこうなりたいと夢見るような、気品溢れる令嬢そのものなのだ。


 ……こんなのずるい、と思った。


 勝手に女の子のベッドに入り込んでくるような変態なのに。

 それがこんな綺麗な女の子では、大胆さに憧れさえしてしまう。


 と、


「殿下、少し真面目な話を良いですか?」


 どうせ、恥ずかしい戯言でしょ。そう思っていたのに、ロザリアの真剣な瞳に驚かされる。


「な、何よ」


「あの、私は殿下にもっと触れたい。近付きたいです。でも……」


 珍しく彼女の方が赤くなりながら。


「でも、べたべたし過ぎなのは分かってます。普通の方は、嫌がるだろうことも。だから殿下も、もしお嫌なら、おっしゃって下さいね?」


 貴女を、傷付けたくはないから。そう告げるロザリアの唇が震えているのに気付き、ミアリスは知った。


(そっか、貴女も)


 本当は拒絶されるのが怖いのだ、と。


 それでも、そんな弱さだって素直にさらけ出せる彼女を、うらやましいと、思った。


「ばか、別に、嫌だなんて言ってないわ」


 指を絡ませながら、答える。


「……貴女みたいな人に慣れてないから、驚いてるだけよ。別に、し、したいこと、すれば良いじゃない」


「殿下、それでは……」


 ええ、我ながら恥ずかしい。

 でも、ちょっとだけ、ほんのちょっぴりなら、おかしなことをされても許してあげるわ、と思った。


「では、キスなども許して下さいますの?」


「だ、誰がそんなこと言ったのよ!?」


 瞳を潤わせ、頬擦りしてくるロザリアを。


「やっぱり出てけ、この、変態っ!」


 ベッドだけでなく寝室から、叩き出すのだった。


 ※ ※ ※


「……まったくもう!」


 散々騒いだ後。ベッドへぼふん、と倒れ込む。


(やだ……。残り香が)


 薔薇のように甘い汗の薫り。ロザリアの薫りに、胸がとくとくと騒ぎ出す。


「なんで、私なんかに構うの?」


 答えは分かってるつもり。

 ミアリスが、仕えるべき第三皇女だから。


 でも、それだけではない何かを、期待してしまいそうで。


「い、嫌、不潔よ。こんなのは、いけないん、だからぁ……」


 胸が苦しい。初めての火照りが辛くて。

 たどたどしく、自らを鎮めた。

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