Ⅵ
うららかな春の日の午後。
ミアリスは退屈なダンスのレッスンを脱け出し、秘密の隠れ場所で本を読んでいた。
ここはロベーヌ白薔薇宮殿に700近く有る庭園の一つ。
背の高い薔薇の植え込みの中、ぽっかりと空いた小さな空間。
小柄なミアリスでもやっと膝を伸ばせる程度の狭さで、大人は薔薇の
ここにいると、
先日、森の薔薇園では、油断して寝ていた所を、唇を狙われたけど。
「……まさか、ここは見付けないわよね、あのメイド」
ミアリスが読んでいるのは、歴代皇帝の伝記。
彼女にとって曾祖母に当たる「美女皇帝」ベルモニカの伝記だ。
帝国絶対王政時代の最盛期を築いた、偉大な啓蒙専制君主、華麗なる暴君と呼ばれた女帝。
このロベーヌ宮殿を、世界一優美で大規模な宮殿として築いた事例に代表されるように、文化、芸術の力をもって、帝国を世界に君臨させようとした女性。
かつて「白薔薇姫」とも呼ばれた華やかな美貌に、帝王の魂を宿した彼女は、皇帝としても、帝国の事実上の始祖と呼ぶべき「大帝」ワグナーと並び称される偉人であり、今なおミアリスを含め、帝国の子女達の憧れだった。
(でも私は、こんな風にはなれない)
二十五歳で即位するまで、敵対する他の皇帝候補や、大貴族によって幽閉され、処刑台へ送られる恐怖に、鋼の精神で耐え続けた、ベルモニカ帝の事跡を読みながら。
……数年を待たず、自らがより過酷な運命を背負うなど、知る
今のミアリスは溜め息をつくのだった。
私には、嵐の空を飛ぶ翼など無いから。
女帝のように気高く生きる勇気など無いから。
……こうして、薔薇の鳥籠に閉じ込められている方が。
孤独でいる方が、落ち着く。
(だから、私なんかに触れないで。誰も近寄らないで)
この魂は、棘ばかり伸びて
半分は平民の血で、皇女としても中途半端。
何の取り柄も無い私に、生きる価値も、生まれた意味も……。
「……やっと、見付けましたわ、殿下」
「貴女、どうしてここが」
分かったの?
そう問おうとして、指で唇を塞がれる。
「ふふ、愛の力ですわ。可愛い殿下のいる場所なら、どこだろうと駆け付けちゃいます」
ロザリアは冗談めかして微笑んでいるけれど。
薔薇の棘で裂いたのだろう、
ずいぶん、皇女を探したのだろう事は。
「……なんの用? 私、見ての通り読書中なのだけど」
だから、独りにして。
精一杯冷たく言ってやったのに、この侍女は気にもしないで。
「あら、ベルモニカ様の伝記ですね。やっぱり憧れますよね。私も大好きですわ」
「こら、狭いんだから近寄らないでよ!」
(顔が、顔が近いんだってば!)
甘い薫りに心臓が飛び跳ねる。
薔薇の植え込みの隙間、狭い隠れ場所でのこと。
わざとじゃないだろうけど、まるで押し倒すような体勢で近寄るロザリアに、ミアリスは逃げ場も無い。
「それよりですね、殿下」
赤面するミアリスの動悸なんて知りもしないで、ロザリアはにこり。
姫君の手を取る。
「私、ケーキを焼いてみましたの。召し上がって、頂けませんか?」
そして手を引かれ。
……強引なまでに、鳥籠から連れ出されていく。
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