新しい朝。新しい日々が始まる。

 翌日、第三皇女の私室にて。


 朝には牢を出されたロザリアは、湯浴みを済ませ、清潔な侍女服に袖を通して、再びミアリス姫の前に立っていた。


「……あの、殿下? 何だか、すごく遠いですわ」


 名高い白薔薇宮の、まして皇族の部屋。

 ちょっとはしたない腕組み姿で椅子に座る姫とは、少し走らないと側に寄れない距離。


「……いいから、半径50リュー(帝国で使われる長さの単位の一つ。大人二人が両手を広げた程度)以内に入らないでよね、この変態」


 ……少し傷付く。

 それでも。今まで、秘めた嗜好を知られる度に周囲から向けられた、あの視線とは違って。


(多分、勝手にキスしようとしたのを怒ってらっしゃるだけ)


 そう安堵できた。


「あの、昨日の事は謝りますね。だけど……」


 指を組んで。あの甘美な出逢いを思い出し、陶酔しながら。


「殿下みたいな可愛い方、初めて会ったのです。そしたら、身体が止まらなくなって」


「ば、ばかっ。何を言ってるの? 私なんかが、その」


 可愛いはずない。そう本気で思っている様子に。


 ……む。少しだけ、かちんと来た。可愛いものは、可愛いのだ。つい、真顔で。


「いいえ、殿下は可愛いです。すごく、すっごく、見ててどきどきしますの」


 みるみる内に、茹でたように赤くなるミアリス姫。


「そ、そんなこと言わないでよ。不潔よ!」


 あ、この反応すごく好み。

 きゅんとなる胸に支配され、思わず皇女に歩み寄り、頭を撫で撫で。


「こら、近寄るなって言ったじゃない!?」


「貴女がどう思おうと、事実は変わりません。……殿下は、可愛いです」


 もし。もしもだけど。この天使のような女の子が、本気で、自分を可愛いと思ってないなら。

 ……自分を、好きでないなら。


 私が幾度でも伝えよう。貴女の、宝石のような輝きを。貴女自身へ。


(……どうしましょう。襲いたくなってきてしまいました)


 羞恥の余り、涙目になっている皇女殿下に触れていると。

 ああ、もっと触りたい。その柔らかそうな肢体のあちこちへ、キスしてしまいたい。

 そんな、いけない想いが……。


「……いつまで撫でてるのよ」


「ひゃわぁっ!?」


 子供扱いしないで、と言いたげな眼に、急に我に返って、自分の物と思えないような奇声を発してしまった。


「さ、さて。お仕事しないといけませんよね。お掃除、そう、お掃除から始めますわ!」


「ちゃんとやりなさいよね。だめな働きぶりだったら、故郷へ帰してやるんだから!」


 照れ隠しに言うその台詞は。童話の意地悪な継母ままははのようなのに、この子が口にすると不思議と愛らしくて。


 この姫君を、喜ばせてあげたいと思った。


「……ふふ」


 自分に出来る最高の笑顔で。ウインクして。


「もちろんですわ。私をお呼びしたこと、後悔なんて、させませんから♪」


 そして、伯爵家の才媛にして敏腕メイド、ロザリアの活躍が始まった。

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