Ⅱ
市街の喧騒も、宮廷のざわめきも届かない、
美しく咲き、それでいて拒絶するようにトゲを立てる
「……あ」
たった一目でロザリアは。魂が震えた。
神聖アレストリア帝国第三皇女、ミアリス・ラ・アルフェリス。
地上に咲いた奇跡の花。
亜麻色の長い髪は、妖精の紡いだ糸のようにさらさらと、春風に柔らかく揺れる。
雪の彫像めいて白く
まるで繊細な
後に数多の芸術家達が題材とした、神が気まぐれに天界の薔薇を地上へ咲かせたのだと、そう讃えられることになる美貌は、今はまだ十四歳のあどけなさに包み隠されている。
されど至上の宝石は、原石のままでなお。
すでにして魔性すら帯びた輝きで、見る者の魂を縛った。
「……殿下、か、可愛い♪」
たった一瞬で、
(もう二度と、女の子に恋なんてしないと)
……そう決めた、はずなのに。こんなのずるい。
世の理さえ越えた領域の愛くるしさに、抗う術など無くて。
このきらきら輝くお姫様へ、今日から毎日毎夜仕えるなんて、神様からの罰か、あるいは悪魔の誘惑か。
気付けばロザリアは、皇女の傍へ跪き、寝息を立てるその貌を覗き込んでいた。
静かな花園で、とくん、と、鼓動が熱く耳を打つ。
無防備に眠る姫君。星の零れるような長い
まだいかなる汚れも知らない、眠れる天使へ。
……知らず、唇が引き寄せられる。苺色の、柔らかそうな唇へ。
(わ、私、何をしようとしているの!?)
大切な、女の子の初めてを。こんな風に奪って良いはずない。
でも、薔薇と少女の薫りに、理性の鎖はとっくに壊れ。
「もう、どんな天罰が下ってもいいの。キス、したい……」
止められない唇。
互いの甘い吐息が、鼻先に掛かるほど近く。
触れたか、触れないか分からないほど近く。
重なろうとした、その時。
リィィン、ゴーン、リィィン、ゴーン……と。
運命の愛を祝福する結婚式のように。
遠く教会の鐘が、そよ風に運ばれてきた。
その音に、姫君の
森の中の泉のように静寂を
皇女ミアリス・ラ・アルフェリス殿下の顔はみるみる赤くなって。
「きゃぁぁっ!? 衛兵、衛兵はどこ!?」
ロザリアは、不審者扱いされてしまった。
これが、やがて世界を革命する、二人の乙女の出会い……。
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