第十幕

「へいらっしゃ〜い」


あと15分で閉店するというのに、今頃客が現れた。内心、ちっと思いながら店に入って来た客に視線を送る。


「おおっ!珍しい客じゃねえか。どうした三枝木、お前まだモザンビークじゃなかったのか?」


「山本さん。ご無沙汰してました。それがもう、世界中がウイルスのせいで大混乱ですよ。はじめは、もう数年は帰国できないかもって言われてたのに、急に、とにかく急いで帰れって言われて、慌てて戻って来ましたよ」


「そうか。大変だったな。でも元気そうで何よりだ」


「そうですね。とりあえず元気です」


「ん?お前帰国したばっかなのか?渡航者はしばらく軟禁されるんじゃなかったのか?」


「軟禁ってことはないんですけど、外出自粛してるところですよ」


「おいおい、なんで自粛してる奴がここにいるんだよ」


「ここならいっかな〜って。夜だし、どうせ客もいないだろうしって」


「とんでもねーな。お前」

山本は呆れたように言う。


「ははは。山本さんは元気でやってましたか?」


「ああ、元気は元気だが、元気過ぎちまってよ。この前大ハッスルの末に腰を強打して、しばらく動けなくなっちまってよ」


「なんすかそれ?大ハッスル?」


「そうよ。深夜のカラオケで飛び跳ねてズデーンよ。年は取りたくないねえ」


「はあ…、大丈夫だったんですか?」


「大丈夫じゃねえよ。息子と娘に迎えに来てもらって、病院まで連れてってもらってよ。痛みが消えるまで1ヶ月近くかかっちまったよ」


「ま、治ってよかったです。あ、お子さん二人でしたっけ?」


「そう。お前と一緒に向こうで働いてた時にはもう高校生と中学生だったからな。もう一人前に働いてくれてるよ」


「ああ、良いですね。うちはまだ小学生がひとり」


「かわいい盛りじゃねえか。あちこちほっつき回ってねえで、面倒みてやらねえと、すぐ大人になっちまうぞ?」


「山本さんには言われたくないですけどね」

二人で声を上げて笑う。


「そういや、そのうちの大人になった息子。警察官やってるんだけどな、このあいだ懐かしいものを見せてくれたよ。ほれ」


厨房の棚からコインを取り出し三枝木に見せた。


「おお、1クワチャ!懐かしいですねえ!」


「だろ?こんなもん持ってる日本人、俺くらいしかいないんじゃないか?」


「ざんね〜ん、実は僕も持ってるんですよ。1クワチャコイン」


と言って、三枝木は財布からコインを取り出し山本に見せた。


「なんだよ、お前。なんでそんなもん持ち歩いてんだよ」


「山本さんこそ、なんで持ってるんすか?」


「ん?俺?ああ、さっき言ったけど、警察の息子が拾得物を勝手に持ちだしたんだとよ」


「そんなことしていいんですか?」


「うーん。ダメだろうな。ただ本人が言うには、拾得物として記録し忘れちゃったから大丈夫とかなんとか」


「まじっすか。親の顔が見たいですね」


「…まあとにかく、俺に持ってろって息子がよこしたんだよ」


「なんで、山本さんに渡したんですかね」


「ああ、そうだ。すっかり忘れてたよ。このコインな、ただでさえ珍しいマラウイのコインなのに、なんだか人がつけた傷があるって言うんだよ」


「ほんとですか?見せてください」

急に真面目なトーンになった三枝木にコインを渡す。

コインを裏表を何度かひっくり返して見て言った。


「これ、俺のっす」


「は?」


「これ、俺のコインです。っていうか、俺がMawaに渡したコインです」


「マワ?チェワ語か?『明日』だっけ?」


「そうです。明日って名前の女の子がいたんですよ。あのコミュニティに。その子に渡したコインです」


「なんの証拠があるんだよ?」

別に疑っているわけではないが、なぜそこまで確信が持てるのか腑に落ちないので、聞いてみた。


「これです」

三枝木は自分のコインを裏返して見せた。


「ほら、僕のコインにも文字が書いてあるでしょ?『M』って。これ、MawaのMなんです。見てください」

三枝木がコインを差し出す。


「最近老眼でよ。どれどれ…。ああ、ほんとだ、Mって引っ掻き傷みたいのがあるなあ。そんで、こっちのには『Y』か。確かに同じ感じだな」


「でしょ?」


「ところでYってなんだ?」


「洋介のYです。僕の下の名前洋介なんですよ」


「そういえばそうだったか。随分前のことで忘れちまってたけど、向こうでヨースケって呼ばれてたか」


「そうです」


「ふ〜ん。すげえな。なんの奇跡だ?これ。そして、なんの意味があるんだ?」


「う〜ん、僕もわからないです。ただ、このコインは、9年前にマラウイで僕とMawaが分かち合ったものです。間違い無いと思います。いつか日本に来なよって渡したんです」


「お前、ロリコンだったのか?」


「そういうんじゃないですけど…。まあ、とても印象的な子だったんで、少し興味はありました。どんな大人になるんだろうなって」


「そっか、それで唾つけといたと言うわけか」


「やめてくださいよ。まあ、とにかく、そのコインがここにあるってことは…」


「そのMawaちゃんが日本に来たってことか?」

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