第六幕
真面目で正義感は強いけど、思ったことをうまく言えず、たびたびクラスメイトとトラブルを起こしている。
掃除の時間の出来事もきっと三枝木さんは悪くないのだと予想している。おそらく予想は正しいのだけど、現行犯逮捕でない限り、誰かを直接叱ることはできない。これが今の教育現場のルールだ。
あえて三枝木さんに片付けさせたのは、二人きりなら何か話してくれないかと期待してのことだった。
彼女が勇気を出して私に訴えてくれることを願ってのことだった。
残念ながら、三枝木さんは一言も喋らずに、帰宅してしまった。
生徒に期待しすぎだろうか?嫌われてしまうのは仕方ないと割り切っているが、不信感をもたれたり、大人のことを端から毛嫌いする子どもにはなって欲しくないと思っている。
なかなか難しい。
職員室に戻り来週の準備を済ませる。
18時に学校を後にする。不必要に残業することは許されない。
駅のそばのデパートで少し買い物をしてから自宅に戻る。母しかいなかった。父は今夜昔の友人と飲み会らしい。
高校時代の友人だというのだから、もう30年以上も付き合いがあることになる。
友人との関係ってそんなに続くのかしらと思うが、変わり者の父だからそんなこともあるのかもしれないと考える。
父は今のラーメン屋を始める前には医者をしていた。その前には医療が未発達な国を駆け回っていたため、中学生くらいまでほとんど父に会うことはなく、寂しい思いをしたことは結構あった。
そんな経験が教師になった理由の一つであることは間違い無いと思う。ネガティブな意味だけではなくて、親が仕事で忙しくて寂しくても、学校や友達との間に居場所を作ることも悪くないということを伝えられればと思っている。
翌日、ゆっくりめの朝食を食べていると、父から電話がかかってきた。飲み会ではしゃぎすぎて腰を痛めたらしく、病院に連れていって欲しいらしい。
母に伝えると呆れた顔をしていたが、すぐに兄に連絡を取りはじめた。
腰を痛めて動けない父を私一人で運ぶのは到底無理だ。兄は警察官で最近は交番勤務なので、非番なら手伝ってくれるはずだ。
車で兄の勤める交番へ向かうと、私服に着替えて待っていた。兄を車に乗せラーメン屋に向かう。
「相変わらず、アホやってるよな。おやじ」
「ほんと、相も変わらずにね」
「今日は非番?」
「そう。さっきちょうど交代したとこ」
「交番って、何するの?何か事件とか起きるの?」
「事件?まあ、ないね。そうだなあ、昨日の1番の事件は、美少女が謎のコインを届けにきたことだな」
「なにそれ。謎の美少女?」
「ちがうって、美少女が、謎のコイン、だよ。ほれ、これが謎のコイン」
ポケットからコインを取り出し見せてきたが、運転中なのでよく見えない。
「なんなの?そのコイン」
「それがわかったら謎じゃないだろ?」
「確かに。それより、それって持って帰ったりしても良いわけ?」
「ああ〜…。まあ、本来はダメだよねぇ」
「本来はダメなのに、今回は良いわけ!?」
「う〜ん…、本当は拾得物は、記録つけて保管しておくんだけど、記録つけ忘れちゃったんだよね〜」
「マジで!?そんなんで良いの?警察って」
「良くはないわなあ」
「アホなのはお父さんだけじゃなかったのね…」
「まあアホなのは認めるけどさ。時々小学生が10円玉とか持って来るけど、拾いに来る人なんていないのよ。こんなマラウイ?って国の硬貨を拾いに来る人なんていないって。お、親父の店着いたぞ」
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