態度
先生ぇ、私もそれやりたいですぅ」
その女は猫なで声で偉い先生に話しかけていた。
その時はなんとも思わなかった。
勉強に集中しよう、そう思って。
勉強にのめり込んだ。
ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。
深く、深く、潜るように。
海の中に潜っていくように。
暗い、光の届かない、深淵に。
集中の底に。
回りの音が間延びになって、だんだんとなんの音なのか認識できない低い長い空気の振動が聞こえるだけになって。
全くの無音になった。
ブクブクと自分の口から漏れる泡の音がする。
自分さえいなくなるような。
存在が消えて、ただ、思考だけが動いていた。
いや、もやは動いていなかった。
もうただ、そのことだけだった。
集中だけしか残らなかった。
目が動いたり、手が動いたり、しているようでしていない。
そんなことはどうでもよくなって。
情報が頭の中に消化されて、僕の一部となってゆく。
肉と成り、血と化していく。
僕と融合していく。
境目が溶け合って、もうなにがなんだか。
はっと気づいた時、教室の机に座っていた。
息が乱れていた。
呼吸をしていなかったのだろうか。
授業が終わっていた。
いい集中だった。
まわりを見ると、皆は教室から出て行く途中で、
さっき、先生と話していた女が本を読んでいた。
その読んでいる本がふと気になった。
僕は近づいて、訊ねた。
「その本、なんてやつ?」
「あ?」
女は、ゴミを見るような目で僕に一瞥をくれ、さっきの猫なで声はどこへやら、野太い声が応えてきた。
ああ、そういう人か。
「あ、ごめんね」
といってリュックを背負って席を立った。
僕は、一生彼女に話しかけることはないだろう。
話しかけたら、嫌な気持ちになるだろうことがわかった。
相手から話しかけれられてもきっとまともに相手をしないだろう。
人は鏡だ。
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