マッチ

小さな箱を振って、中身が箱の中でぶつかり音を刻んでいた。


男は、腰を下ろして立てた膝に腕をのせていた。


煙を吐き出していた。


コンクリートの橋のした。目の前には川が流れていて、水の音が聞こえる。


その男の隣にも同じ年かさの男がいた。


たばこを吸おうとして、ライターを出したがガスが無くなったようだった。


「マッチくんね?」


男は隣の男にそういった。


マッチの箱を振っていた男は、胸のポケットからライターを出してぽいと左に放り投げた。


それを使って、男はたばこの先端を赤くした。


煙が口から勢いよくでていく。


「いっつもおもうんだけどよ、なんでそれ使わねえんだ」


男は、マッチのことを言っているのだろう。


手に持っているマッチを渡さずに、わざわざポケットからライターをだすのはなにか理由があるはずであった。


「御守りだから」


男はぽつりと応えた。


「なんだよ御守りって、いいことでもあんのかそれ持ってると」


「別に」


「なんだそりゃ」


男はまたマッチを振って音を刻みだした。


男の右手には子供の手が握られていた。


「帰るか謙三」


「うん、お父さん」


夕陽が、歩く二人の影を伸ばしてた。


父さんはいつもマッチの火でたばこを吸っていた。


そして、マッチの箱をよく振って遊んでいた。


父さんに僕にも貸してと言っても、だめだと言って貸してはくれなかった。


「これは父さんの御守りだから、謙三にはかさん」


「いじわる!」


そのうち、病気でとうさんはたばこを吸わなくなった。


ただ、マッチの箱は持ち歩いていた。


父さんが亡くなる前、何ヶ月か病院に入院していた。


白いベッドに寝ているとうさんが言った。


「謙三、これもっとけ」


父さんから渡された物は


マッチだった。


父さんを見る。


「御守りだろ、もっときなよ」


「もう、いらねえからやる」


父さんはその日に死んだ。


その日からマッチは俺の御守りになった。


箱がまた音を刻みだした。

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