第37話 人類史上最高のハッピーエンドへ
「こんなもんかな」
ひとまずと言っていいのか、戦いが終わった私たちは服や体に付いた埃を払っていた。私はトイレで、咲良は付き添いということになっているのでボロボロの状態で戻ったら連行間違いなしだろう。
宇宙人には立ち向かえても、大人や社会に正面切って戦うのは難しい。ノンケ星人の言っていたことは間違いじゃない。
けど、別に世界の命運がかかってるわけじゃないから、逃げたり受け流したり、うやむやにしたりもいい。解決だけが目指す場所じゃないのだ。
互いにチェックして、焼けた袖以外は大丈夫と親指を立てる。袖はまくって誤魔化そう。寒い。炎が消えると、普段の冬が帰ってきたようだった。
「あ、雪だ」
咲良が窓を見て、その視線を追うとたしかに白い粒が空から降っていた。灰とは違って、落ちていくのが遅い。ふわふわ。だからきっと幻想的に見えるのだろう。
数々のファンタジーに直面した今でも、冬の花は衰えを感じさせない。
「ゆーきはこんこん、あられやこんこん」
「奈々香、それこんこんじゃなくて、ホントはこんこらしいよ?」
「私の中ではこんこんだから」
「ウケるね」
間違いとか真実を追究するのも悪くはないけれど、自分の意思をしっかりと持つこともきっと大事なのだ。そういうのは時と共に離れていってしまうものだけど、何度も手を伸ばして見失わないようにするのが、大事な存在をそばに置き続けられる秘訣なのかもしれない。
できる人は少ないだろうし、私もずっとは無理だ。そしたら、どうしよう。新しいものを買いに行こうか。コンビニみたいに、そこらじゅうに溢れてくれていると嬉しい。
窓が割れ、壁もひびの入った廊下。教室はぐちゃぐちゃになっちゃってるけど、誰も使ってない空き部屋なのが幸いか。失ったものは、私たちにとってはない。学校にとっては、多少の損害かもしれない。
本当はもっと何事もなく、穏便に済ませられたらよかった。
砂が舞い、それが空に消えていくと、言い様のない寂寥に包まれる。
「みんなが幸せなハッピーエンドには、できなかったな・・・・・・」
私は幸せだ。咲良も幸せでいてくれるとありがたい。しらちゃんは、そういう感情の有無が定かではないけど、まぁ。うん。それとして、ノンケ星人は消えてしまった。
私たちばかりが望む場所に着地して、ノンケ星人だけは意思に関わらず朽ちていった。存在が途切れるとはそういうものなのかもしれないけど、私の胸はスッキリした清涼感とはほど遠い所にある。
自分の目的のために、邪魔者を排除する。これではまるで、シンデレラに出てきた白い鳥だ。
「白い、鳥・・・・・・?」
はて、なんだろう白い鳥って。突然出てきたその単語の意味がわからない。わからないのに、思い出すように頭に浮かんできた。
「ノンちゃんと和解できなかったのはたしかに悲しいけどさ、全部が全部うまくいくわけじゃないし。それに言ったじゃん? 奈々香は主人公になんてならなくていいって。悩むのはいいけど、それで自分を下げるような考えを持っちゃダメだと思う」
「そういうもんかな。そういうもんか」
「自己完結はや! まぁ、うん。そういうこと。それにあたしは、ノンちゃんが不幸だったとは思わないよ」
廊下にも、空にも。ノンケ星人の痕跡は残っていない。すべて砂となって消えてしまった。
「最期、なんか笑ってた気がするから」
「それは、私も思った。もしかしたら・・・・・・」
「もしかしたら?」
「なにかに気付けたのかも」
身が物と成り果てるその瞬間、今まで見えなかったものが見えるようになる。その経験は私にもあった。
過去は嘆かないし、未来に絶望もしない。ただ、行き着いた今に満足する。そのような気持ちだった気がする。決して悪いものじゃなかったのは確かだ。
・・・・・・達観してるなぁ、と自分の歳を数える。あれ? 今何歳になるんだろう。
「そうだと、いいね」
咲良も、自分の中で納得したようで深く頷いた。
「そうだね。私は主人公じゃなくていいや。怖いの嫌いだし、なんか責任追うのも向いてないし。そんな強いわけでもないし覚醒するわけでもなかったし」
「ここにきてダメ発言。奈々香はそんなこと――」
「ううん。やっぱ、よかったのかも。これで」
咲良は私の後ろ向きな発言に対して言いたいことがあるのかもしれない。自己評価とは客観性を持たない。良くも悪くも。それでもきっと。
「主人公は、ほかにいるんだよ」
私は何も背負っていない。自分と、まぁよくて咲良。けど咲良にそばに居てほしいというのは、やっぱり私の欲だ。
私は、私の思いしか背負っていない。
主人公ってたぶん、いろんなものを背負っている人のことだ。自分と、誰かと、世界を背負って、身を削りながらも奮闘した人に与えられる名誉だ。
「しらちゃんはこのあとどうする? 先に家に帰ってる?」
窓を開けて、しらちゃんは触手をバッサバッサと振っていた。洗濯物を干しているようだ。触手に付いた汚れが心地悪いのかもしれない。
「そうだナ。帰るコとにしよう」
「そう? じゃあ裏口からお願いね。この時間はお母さんが店番してるはずだから見つからないように」
「そうデはない」
綺麗になったのか、窓を閉めてこちらを向く。
「我が星ニ帰るのダ」
「えっ、しらちゃん帰っちゃうの?」
「あア、当初の予定通り。100億年分のキマシニウムを摂取することガできた。この星ニもう用はナい」
「えー? じゃあ次はいつこっちに来るの? また夜?」
「いヤ、もう永遠に会うコとはないダろう」
その言葉を聞いて、楽観視していた私と咲良が背筋を伸ばす。
「なんでなんで!? なんで帰っちゃうの!? せっかく仲良くなったのに!」
「そうだよしらちゃん! これからが楽しいんじゃん! あたしは奈々香と、しらちゃんとも一緒に居たいんだって!」
必死に抗議をするけど、声は届いていないようだった。その目に、感情はない。というよりも、捨てているようにも見える。
「運命に抗ったノだ。これ以上、理に背けバ因果律は狂い、全てガ無駄になルだろう」
「そんなこと誰が決めたの!?」
「神ダ」
神ってなんだろうと髪を撫でる。咲良も同じことをしていた。私のはゴワゴワ。咲良はサラサラ。いやいや、首を振って否定する。
しらちゃんはもう未練などないという様子で淀みなく廊下を進んでいく。引き止めるべき言葉を必死に探した。
「中庭にUFOヲ停めテいるのだ。時間をかけテ人間達に見つかっても面倒ダ」
「ね、ねぇ待って待って! 絵本もまた買ってあげるからさ! 食べ物も、ほら、お茶も! しらちゃん好きでしょ?」
物でしか釣れないのが悔しかった。関係って、こんなに簡素で軽薄にできあがるものなのだろうか。私がいるじゃん! と言ったら、しらちゃんは足を止めてくれるのだろうか。自信はない。
私としらちゃんとの熱量には隔たりがある気がした。
それは人間と、宇宙人だから? それとも神とやらが言うから?
「しらちゃん! あたし、しらちゃんと過ごせてマジで楽しかったんだからね!? 夜みんなで集まってお喋りしてさ、そのたびにしらちゃんがウネウネ踊って、そんな時間をこれからも送りたいって思ってる!」
「そうだよ! 私たち、友達じゃん!」
「・・・・・・・・・・・・」
その足が止まる。けどそれは、道に迷うものではなかった。
「神に逆らうコとは許されなイ」
「な、なんなのその神って!」
もうお腹いっぱいだ。宇宙人も神様も。結局みんな同じ生き物じゃないか。
「神とかそういうの抜きにして、しらちゃんの気持ちを聞かせてくんない?」
咲良が言うと、しらちゃんは言い淀むことなく口にした。
「貴様らニ感情ヲ抱くことはナい」
「そんなの・・・・・・」
嘘だ。私は知ってる。
言葉じゃないと伝わらないことはあるけど、言葉だけじゃ伝わらないこともある。しらちゃんが私たちを案じてくれる気持ちは、この長い間肌に感じてきた。
屋上で過ごした時間、部屋でゲームをした時間。そしてこうやって一緒に戦った時間。それが全て無感情でいられたなんて考えられない。虫や、微生物ならそうなのかもしれない。けど、しらちゃんには心がある。
「しらちゃん・・・・・・!」
けど、私はそれを証明できる術を知らない。
みんなが幸せになれる最高のハッピーエンド。それってすごく、難しいことなんだな・・・・・・。
私も咲良も、きっと諦めの色を宿していた。
そんな時だった。
「あ~! 田中さんと咲良こんなところにいた~!」
階段のほうからのんびりとした声がしたかと思うと、優雅な足取りでこちらへ向かってくる。
「って、もかっち! どうしてここに!?」
「トイレに行ったきり戻ってこないから心配になって来ちゃったぁ~。二人でなにしてるの?」
「あ、えっとこれは・・・・・・」
ここでまさかの部外者登場!? まったく予期していなかったので咲良と顔を合わせてあわあわしてしまう。
背後で窓が割れたりしているのを、もかっちは不思議そうに眺めていた。快活な瞳ではないけど、見透かすような霊妙さがあった。
「もしかして、そこにいるのって宇宙人さん?」
そして当然、その視線はしらちゃんに向く。最近のおでんって歩くんですよ。特に白滝は。口に出すと、「へぇ~」とよくわからない相槌を打たれた。
「も、もかっち! あたしらすぐ戻るからさ! 先生にもそう伝えといてくれない?」
「そうなの? う~ん」
もかっちが考える。あんまりそういう素振りを見せない人だから、ぎくりとする。
「じゃあこれだけ渡しておく~」
「え? なにこれ」
もかっちが手に持っていたのはなんだかような機械の部品のようなものだった。ぐにゃぐにゃに曲がっていて、元々そういうものだったのか、変形してしまったものなのかはわからない。
覗き込む私と咲良の横に、ひょこりと白いものが割り込んできた。
触手に付いた目が、まんまるに見開かれていた。
「なんかね~、ここに来る途中ちっちゃい男の子? に会って。いいものを見せてくれるっていうから着いていったの。そしたら中庭にUFOが停まってて、わ~! 運転したい~! って思って乗ったら、取れちゃった」
ぼろ、と手の中でそれが崩れた。
「そ、そレはウチュウチズ」
「ナビみたいなもの?」
私の質問には答えなかったけど、しらちゃんは身を硬直させてしまっている。
「あ、これやっぱりそこの宇宙人さんのなんだ。ごめんなさい~」
「い、いヤ。大丈夫ダ。それガなくても手動操縦に切り替えれバ」
「あとこれ、ハンドルかなぁ? これも壊れちゃった~」
バタン!
しらちゃんが倒れてしまった。
「あとね~、これはなんだろ? 男の子? が渡してくれたんだけど、すごく重くて~」
うんしょと、片手にぶら下げていた一番大きな部品。それを見てしらちゃんがついに大声をあげた。
「め、メインエンジン!」
「重くて中庭の池に一回落としちゃった~、お詫びに弁償するね。いくら~? おじいさまに言っておくから教えて~?」
「し、しらちゃ~ん。答えてあげないと」
倒れたしらちゃんの体を咲良が抱き起こす。その顔は真っ青だった。
「はは~ん。さてはしらちゃん、帰れなくなったね?」
私の言葉に、しらちゃんが晴天を仰ぐ。
「はっはっは! しらちゃん、うんめーには抗えないのだよ! うわっはっはっは!」
人の不幸を笑う私は、今すっごく悪い人だ。
「そうなん? あっははは! しらちゃん、そしたら直るまでどこかに泊めてもらわないとねぇ?」
咲良もすっごく、悪い人だ。
「ぐぬぬぬヌ、こんなはずデは・・・・・・」
「ん~? あはっ、なんだかこの宇宙人さん愛嬌あってちょっと可愛いかも~」
「あらまぁ! よかったねしらちゃん、もかっちに気に入られたみたい」
ここには悪い人ばかりだ。みんなで笑い合って、しらちゃんは困ったように目を細めて項垂れる。
けれどその姿に、どこかホッとしたようなものが含まれていたのは。私たちわる~い人たちの思い込みなのだろうか。
「うちならいつでも泊まっていいけど、どうする?」
にやにやしながら聞くと、降参とでも言うように触手がプラプラ揺れる。
そうだよね。
折り合いなんて付けられない。妥協なんて考えられないし、取捨選択なんてできやしない。
みんながみんな、望んだ場所でいつまでも一緒に。
それこそがハッピーエンドなのだ。
しらちゃんの言うとおり、もし神様なんてのがいるのだとしたら。
きっと神様も、そういう終わりかたを望んでいるのかもしれない。
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