第35話 世界を救う会心の一撃
意識が一瞬途切れそうになるけど、なんとか持ち直す。視界はぼやけて四肢は痺れてるけど、まだ動ける。
「・・・・・・まさか、あり得ない。運命に抗うなど、所詮人の身であるお前達が神の作りたもうた地で自由を手にするなど、そんなことはあり得ない」
今起きたことを必死に否定しようとしているけど、その語尾は弱い。
動揺。その二文字が異形の表情に浮かぶ。
「奈々香、大丈夫!? 血、血が・・・・・・」
「あ、うん。だいじょ――ぇっくし!」
私を抱きかかえた咲良の髪が鼻にかすってくしゃみが出る。指で丸を作りながら鼻水をすすると咲良も安堵の息を漏らす。
「咲良が受け止めてくれたから、平気」
「そっか、よかった。・・・・・・よかった」
背中をさすってくれる手が心地良い。荒れた息も一定間隔に落ち着いていく。眠れそうだった。・・・・・・目覚めはこない気がするのでなんとか飛び起きる。
ノンケ星人はいまだに大きな腕を宙に垂らしたまま呆然としていた。
「ここかラは、我々も貴様も知らない未来ダ。戦況は我々ハ優勢。貴様は喰えるはずダった獲物を逃し呆気にとられてイる。さて、どうスる?」
「・・・・・・皆殺し」
奈落の底から届くような低い声。
「・・・・・・決められた未来に抗うなど、それはもはやこの世の造物ではない。星から乖離したその所業、捻じ曲がったその意志。生かしておくわけにはいかない」
今までとは比べものにならない、すごい殺気だった。
殺す。駆逐する。私たちの滅亡を願う一筋の眼光が心臓を貫くようだ。
咲良はノンケ星人を見据えたまま、手だけを私に伸ばしてくれる。
恐れるな。焦るな。心配するな。ここにいる。
たしかな思いを手のひらに乗せ、熱を交換する。熱い。私たちはまだ、生きている。
一度世界を滅ぼした強大な敵を前に、まだ立っている。
「・・・・・・やめろ。歪んだものを俺に見せるな。有害な毒同士で混じり合うな。異端者と異端者で、さも平然な顔でこの地に立つな。偏った愛で正しさを語るな。お前達のそれは異常だ」
繋がれた手を、ノンケ星人が睨みつける。
「・・・・・・生まれたからには種を残せ。命を繋ぐことのできないお前達は宇宙の収縮に加担している。お前達の自分勝手な欲のせいで様々な生態系が壊れるのだ。いい加減に気付け、お前達は生き物として、宿してはならぬものを宿している」
きっと正論なのだ。宇宙を俯瞰して見てみれば、私たちはノンケ星人の言うとおりの存在なのかもしれない。
けど、私はそこまで頭がよくない。子供の頃から今日まで、自分が生物としての役割を果たしているかどうかなんて考えたことがない。私だけじゃない、きっとみんなそうだ。
楽しいことを求めて、辛いことから逃げて、けど頑張った日には嬉しくて、笑って、泣いて。そんなことをしていると気付けば体は大きくなっている。
死ぬのは怖い。というか、よくわからない。よくわからないから恐ろしい。幽霊のようなものだろうか。けど、幽霊とは違って立ち向かうことはできる。
誰かが優しくしてくれて、自分も誰かのために何かしてあげたいって思って。善意の連鎖は次第に特定の人を軸に回り出す。貰って、渡して。その繰り返しで幸せは積み重なっていく。
死への恐怖なんて忘れるくらい、充実を上塗りしていく。
好きになるってきっとそういうことだ。生きることも、全部全部。
「多分、死んだことがないからそんなことを言えるんだね」
「・・・・・・なんだと?」
「私、前に。ううん、後に? あれ、よくわかんないや。でも、体もズタズタに引き裂かれて、死んだ時のことはまだ覚えてる。私、出会えてよかったって思った。咲良のおかげで怖くなかったから、寒かったけど。寂しくなかった」
私は不器用だし、人と接するのも苦手だから、こうまでしないと大切なものに気づけないのだ。遠回りで、宇宙の果てを往復するような道のりだけど、ようやくわかったのだ。
誰かが、教えてくれたのだ。
「あなたは、悲しい生き物だね」
「・・・・・・俺が、悲しいだと?」
「こんなに温かいのに、そんな炎を撒き散らして。誰かの手を、握ったこともないんだね」
「・・・・・・人間の分際で分かったような口を聞くな! 俺達がこの世に生まれ落ちる理由なんて、この宇宙を繁栄させるためにすぎん! 消耗品のような命を設けられて、それでのうのうと生きていられるか!? 自分の命が無価値に感じないか!? 使命を果たせ! そうでなければ俺達は、生物というのは、生まれた意味すらないのだ!」
拳を握るように、その大きな爪が震えている。あれほど屈強に見えた腕も、今は赤子のように不安定だ。
「・・・・・・広い宇宙に漂う極小の命だったとしても、俺達は何かを成したいのだ。それなのに、お前達はそうやって存在証明を放棄している。無様な命よ、滑稽な形よ! ならば望み通り塵となれ! お前達は何も成せない、何も残せない! 生まれた意味も分からず、生きる必要性すら肯定されずに朽ちていけ!」
瞬間的に燃え上がる炎は真っ赤に燃える。血潮のようなそれが風を焦がし、憎悪に反応するように禍々しく揺れた。
触れたら形も残らないほどの灼熱からしらちゃんの触手が防いでくれる。
「あっ!」
けど全部は防げなくて、飛び散った火花が指先をかする。ドロ、と溶けた液体が床に落ちて、それが自分の指であったことに気付いた頃には激痛が全身を襲う。
「奈々香! ああ、指が!」
「あだだだ。あ、ちょっとした火傷みたなものだから。平気」
「なんテ出力だ、これデは・・・・・・!」
もうすでに窓枠は溶け、教室も歪んだ鉄のように形を変えていた。赤く染まった視界は、まるで地獄だ。
防いでくれているしらちゃんの触手も、次から次へと溶解されていく。その度に射す、強烈な光。
私はそれを、知っている。世界を滅ぼした、あの光だ。
「な、奈々香?」
けど、痛くない。
「・・・・・・全て消えるがいい。やはり人間は失敗作だ。危険因子は速やかに排除するべきだった」
「ぐううウっ!」
しらちゃんが、苦痛に悶えている。私は指先がなくなるくらいの痛みには慣れているけど、咲良は悲痛に顔を歪める。憎悪に従うノンケ星人の声色も、痛々しい。
誰かを傷付け合うことしかできないこの戦場が、ひどく虚しく感じた。これこそ、無意味なんじゃないだろうか。
「だメだ、これ以上は耐えられなイ。貴様ら、ここは一旦引ケ・・・・・・ッ!」
はじめて聞く、しらちゃんの大きな声だった。それほどに切羽詰まっている。状況は絶望的だった。
私と咲良も、何か手はないかと考えるけど、頭に浮かんだ瞬間焼かれて消える。逃げる以外の最善手が思いつかない。
「あと10分時間を稼グ! 心配するナ! 我々も一度避難シ、体勢を整えル!」
「ほんと!? ほんとだね!?」
「あア!」
それなら、しらちゃんを信じよう。今のしらちゃんには、諦めたような哀愁は感じられない。前に進んだからだろうか。
「わかった! 私たち先に学校のみんなを避難させるね! いこ! 咲良!」
「お、おっけ! しらちゃん、がんばって!」
手を引いて、私と咲良は廊下を駆ける。一歩進むたびに肌と、肺が焼き焦がされるように熱い。流れる汗も蒸発を繰り返して口の中が異様に渇く。
けど、我慢しなきゃ。しらちゃんがせっかく耐えてくれてるんだから、今のうちにみんなを安全なところへ連れて行かなきゃ!
「・・・・・・互いに好意を伝えたか?」
だからなるべく速く、速く!
「・・・・・・その想いは、勘違いではないか?」
走ろうと足を動かすけど、握っていたはずの手がないのに気付いて後ろを振り向く。
「咲良?」
視線の先で、咲良が佇んでいた。無言で、床を見つめている。
「どうしたの? 咲良、早くしないと!」
「・・・・・・」
咲良は何も答えない。
「・・・・・・そもそも、おかしくはないか? 知り合って数ヶ月もしないうちにそれほど好きになれるのか? 俺達に立ち向かえる程の大きな感情を宿すことができるのか? たとえお前がそうだとしても、相手はどうだ?」
「咲良、わ! ここ熱いよ! とりあえず出よ?」
「・・・・・・好きと言われたことがあるか? 好意を伝えてたのはお前だけではないか? もしかしたら、ただ同調していただけに過ぎないのではないか?」
「さく・・・・・・ら・・・・・・?」
手を伸ばしても、咲良はそれを掴まない。
顔を上げた咲良は、私を見て、瞳を揺らす。不安そうに、ひどく怯えた様子だった。
「・・・・・・奈々香」
「え、えっと? え、咲良? どうしたの?」
「奈々香はあたしのこと、どう思ってる?」
「な、なになに突然! そんなの――」
そんなの。
「・・・・・・・・・・・・」
あ、れ?
私、咲良に好きだってちゃんと言ったっけ?
大切だとは伝えた気がする。ありがとうとも伝えた。けど。
好きってことをまだ言葉にしてない。
「あ!」
私が口を開いた瞬間、火災報知器が作動する。
ジリリリリ! と大きな音がなってスプリンクラーが髪を濡らす。額に張り付いた咲良の髪は、雨に濡れた捨て犬のようだった。
「ち、違うの咲良! これは」
声に出すけど、瓦礫の崩れる音と警報音で届かない。咲良のこぼすような声も聞き取ることはできなかった。
「あ、待って!」
待たない。
時間は待ってくれない。
待たないから、早く気持ちを伝えなければならないんじゃないか。私はそれを、砂丘のような渇いた星で学んだんじゃないのか。
違う。違う。
何度も何度も言い訳をするけど、違わない。
人は追い詰められなければ本気を出さない。そんなようなことを前にしらちゃんが言った。その通りだと思う。人はすぐに腰をあげられるほど身軽な生き物じゃないのだ。
そんな人の中でも底辺に位置する私だ。追い詰められて、窮地に陥って、ああ、今度からはこうしようと固めた意思は、三日ほど寝れば微睡みの中に消えてしまう。
一貫した姿勢というのはどうしてこうも難しいのか。気持ちを言葉にするのは大切だ。明日もその人に会えるとは限らないのだから。そう思ったのは私のはずなのに。
「さく、ら・・・・・・」
それ見たことか。私の声はもう、咲良に届かない。
雨と、炎に撒かれた長い廊下で、唇を噛みしめる咲良。さっきも何か言い淀んでいたようだけど、もしかしたら咲良はずっと気にしていたのかもしれない。
私から、好きという言葉を聞いていないと。
言うチャンスなんてたくさんあったのに。いつもそばにいたのに。
「・・・・・・くく、くははははは! ようやく気付いたか! そうだ! お前達の関係は偽りだ! 片方の一方的な想いで構成された歪な演劇にすぎん! なんと滑稽なことか、くはははははは!」
また一つ、騒音が増えた。
もう、炎がすぐそこまで来ている。早く咲良の手を引いて逃げなきゃいけないのに、それも叶わない。
ここで無理やりにでも引っ張ったら、なにか大事なものが崩れてしまうような気がしたのだ。
「・・・・・・くははははははははははははは!!」
「ああもう」
私は誰に苛立ちを覚えているのだろうか。自分にだったら、いいな。
自分の過ちを悔やめるほどの強さを持てているのなら、きっとそれがいい。今の私は、昔の私とは違う。
逃げない。
逃げないぞ。
逆巻く炎に、歩みを進める。
近づく私を、咲良が困惑の表情で見つめる。
「な、奈々香。ううん、いいよ。あたしわかってるから! だから、大丈夫だよ。あたし、それでもぜんぜんいいし! ってか一緒にいられたらそれで充分だし!」
なにか言ってるようだったけど、聞こえない。
「奈々香もさ、ムリしないで。ってか、あ、その前に逃げなきゃか。あははっ、ごめんごめん。立ち止まっちゃった」
咲良もこちらへ歩み寄って、そのまま私の横を通りすぎていく。
「大丈夫、大丈夫だから。あたし」
その肩を掴んで、こちらに振り向かせる。
汚れた制服に、炎に撒かれた地獄絵図。
その中で、桜は綺麗に咲いていた。
花びらを一つ摘まむように、私はつま先を立てる。
背伸びをして。
「って、あ、あれ? 奈々香、どうした――」
淡いピンク色に、唇を重ねた。
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