第34話 爆死のあとは二枚抜き!


 弱点のない生き物なんているのだろうか。生物の理に背くなと言ったのはノンケ星人なのに、本人が常軌を逸した体の作りをしていては元も子もない。


 プライドも高そうだし、ウソをつくようにも見えない。


 オレンジ色に発光する弱点を、あの強固な外殻で覆っているだけだとしたら、届くのは守るもののない口の中。


「口の中に手を突っ込んで、奥をガツンとやっちゃえばいけるんじゃないかな」

「可能性はアる。だが、それは危険ナ賭けだ」

「賭け、かぁ」


 頭を悩ます。信憑性は確かにないけれど、今の私たちが頼れるのは運だけだ。


「ねぇ咲良、最近ガシャの結果どんな感じ?」

「ええ? うーんと、ドブ」

「私と一緒だ」


 思い出す限り、大当たりをした記憶がない。ほとんど最低保証やすり抜けだった気がする。


「運って、収束するんだよね」

「えっと、奈々香?」

「いままで私たち、宇宙人襲来やら地球滅亡やら、変なことばっかに巻き込まれてたから。そろそろ良いことあってもいいんじゃないかなぁ~って思うんだけど」


 いつまでも不幸だなんて絶対にあり得ない。運っていうのは時に残酷だけど、時に平等なのだ。


 咲良はなるほど、と手を打つ。しらちゃんは考え込むように俯いた。


「長話は奴ニ気付かれる。ひとマずその作戦に乗ろウ。奴の口ハ我々がなんとカして開ける。あとは誰ガ実行するカだが」

「私がやる」

「奈々香!? 危険だって! それならあたしが――」

「咲良だって危ないじゃん。大丈夫だって! 私、パン焼くオーブンで多少の熱には慣れてるし」

「けど」


 心配そうに目を細める咲良を説得する方法はないものか。・・・・・・ないな。大切な人が危険を冒すのを納得できる人などいるはずもない。


 だから私は、拳を突き出して笑う。


「私が失敗しないように、咲良はサポートお願い」

「――わかった」


 突き出した拳を、咲良が握る。ちょっとズレていたけど、体育会系のノリは私たちには似合わないのかもしれない。


「・・・・・・最後の別れは済んだか?」

「え? 待っててくれたの?」

「・・・・・・言っただろ。殺戮を目的とした種ではないのだ」

「いつでもいいのに」


 煽るようなセリフと共に私は前に出る。


「・・・・・・そうか、なら――む?」


 ノンケ星人が眼球を四方に動かし気配を探る。異変に気付いたのか、巨体を揺らし鋭い爪を立てた。


 けどしらちゃんは、すでに背後に回っている。


「・・・・・・往生際の悪い奴らだ」


 振り向きざまの一振りだったけど、しらちゃんはなんなく躱す。けど、躱した先に業火が待ち受けていて、今度は触手が素早く唸る。そこまでは見えたけど、そのあとは速すぎてなにが起きているのかわからなかった。


 刹那の駆け引きに汗を滲ませながら、私はただひたすらにその時を待つ。


「・・・・・・どういうことだ。お前のような下等生物が俺の動きについてくるなど」

「肉を喰らうダけの貴様ラには分かるマい」

「・・・・・・なんだと?」


 しらちゃんの触手が光って、光線のようなもので業火を焼き払う。うおー、かっこいいー。


 などと感動していると時折こちらにも火花が飛んでくるので咲良の手を引いて一緒に避ける。


 手を繋げるときは繋いでいよう。離したときは、賭けにでるときだ。それまで、この温かさを感じていたい。私がこんな状況でも焦ることなく戦況を見渡せるのはきっと咲良のおかげだから。


 咲良も、同じだろうか。そうだといいな。そうでありたい。


 握る力は、強くなる。


「形在るものを喰らウよりも、形無いものを信じルほうが、よっぽド強くなれル」

「・・・・・・お前まで、人間のようなことを言うのだな。そんなのは幻想だ。精神論で力の差は覆せない」

「別ニ、精神論なんかジャない」


 しらちゃんが戦いながら一度だけ、こちらに視線を向けた。


「此処ニは力が溢れてイる。無限にも近イ、宇宙よりモ大きナ力が」

「・・・・・・戯れ言を」


 問答の最中でも、しらちゃんは確実に距離を縮めていく。周囲を覆う業火を振り払い、空を裂くような爪の一振りも受け流すように躱す。何本か触手が切れているけれど、それでもしらちゃんは優勢だった。


「咲良、シャーペン貸して」

「え? うん、いいけど」


 受け取ったのは、黄色の可愛らしいシャーペン。ノック部分にキーホルダーがついていて咲良らしい。


「あ、あのさ! 奈々香」

「うん?」

「あ、あの。あ~」


 珍しく言い淀むような仕草を見せる咲良に私も首を傾げる。


 どうしたんだろう。なにか言いたいことがあるのかな。


「えっと、や。なんでもないや」


 手を離して、表情を綻ばせる。しかしその動きはぎこちない。生焼けのお餅みたいだ。


「がんばって! 奈々香!」

「まかせろうぉい!」


 ロックバンドのような口調になってしまった。けど、咲良を笑わせられたからまぁよしとする。


 シャーペンをしっかりと握りしめる。手汗が滲むけど、これはしょうがない。ゲームをするときだって緊張するのだから。


「・・・・・・肉を喰らって何が悪い。命とは連鎖する為に在るのだ。血肉が血肉となり、体を巡って新たな命を生む。それこそが生物の理だ。お前のように存在しないものを喰らう脆弱な生物ではないのだ」

「だが我々ハ、今確かに貴様を圧倒してイる。これハ此処で生まれる力がアるからだ」

「・・・・・・力だと?」

「そうダ。無限の、力ダ」

「・・・・・・グッ!」


 すさまじい数の触手がノンケ星人の体を縛る。ミシミシと軋む音がして、それが牙城の崩れる音だとわかると私は床を蹴る。


 走る私に気付いたノンケ星人だけど、体を動かすことができずに、発現した業火も即座に触手で振り払われる。


「どぅおおうおうあ」


 変なかけ声になったけど気にしない。走りながら声が震えるのを自覚して前へ進む。


 後ろから飛びかかると、ノンケ星人の首がまるごと回転してこちらを向く。きもちわる。


「・・・・・・そんなに喰われたいか、佐藤ゆか!」


 大きな口が、何倍にも広がって私の体を覆う。そうして宙を噛むように顎を閉めた。もしかしたらそこに私の魂やらなんやらと在ったのかもしれない。


喰ったと確信したノンケ星人は、目の前にいまだ健在する私を見て目を丸くした。


「だから、それ違うんだってう゛ぁ!」

 

 私の腕は口の中。


 けどまだ繋がっている。きっと肉を喰らうことを目的としないものだったからかもしれない。大きな牙の隙間を通るように腕を滑り込まられたのは奇跡だった。


 指先のシャーペンをしっかり握る。感触を確かめて、その先端を口の奥にあてがう。


「やレ!」

「やっちゃえ奈々香!」


 みんなの声が後押ししてくれる。いつ腕が吹き飛んでもおかしくない状況で、私はさらに奥へと進む。


「ぶおりゃ!」


 頬がノンケ星人の口に当たるくらいまでねじ込んで、私は勝利を確信した。


 賭けは、私たちの勝ちだ。


「・・・・・・運命とは不思議なものだ。過去と未来が交わり、様々な感情と環境が干渉しようとも必ず同じ場所へ辿り着く。けどそれはこの世に定められた規則のようなものだ。理であるのと同時に、俺達もまたそれに従わなければならない。そうだろう?」


 運は収束するのだ。最低保証が続いたら次は二枚抜き! それは間違いない。


「・・・・・・未来を知る者にとっては滑稽よな。課程を下手に改変してもねじ曲がった悲惨な結果が待っている。だからその時が来るまで、演じ続けなければならない。中々に辛いものだ、なぁ?」


 なんのことかわからないけど、その言葉は私ではなく、別の誰かに向けられている気がした。


「・・・・・・ああ、知っているさ。それが真名でないことも。ここでお前がそうくることも。そして、この後のことも」


 ねぇ。


 ちょっと、ちょっと待って?


 本当に私は賭けに勝ったの?


 本当に最低保証ばっかりだった?


 これまでが不幸なことばっかりだった? 


 ――ううん、違うよ。


 私、これまでのことを後悔なんてしたことない。


 それどころか、すごく幸せな日々だった。


 いろんなことがあって、大変だったけど。辛いこともあったけど。


 二枚抜きなんかじゃ到底勝ってこない奇跡を起こしたばかりじゃないか。


 私は、浅倉咲良という素敵な女の子に出会うことができた。


 その時点ですでに、私は持ち得る大半の運を使い果たしている。


 なら、収束するはずの運はどこへいくのだろう。


 一世一代の賭けは、幸福な私にまで手を差し伸べてくれるだろうか。


 そんなはずはない。


 運は平等で残酷だ。


 だから私はきっと、この賭けに勝つことはできない――。


「ッ!」


 間に合え、間に合え。


 歯が砕けるほどの力で、私は無理やり腕を引っこ抜いた。


「・・・・・・なッ!?」


 廊下を転がる中で、ノンケ星人の声を聞いた。今まで発せられることのなかった、驚愕の声色。


 どこか切ったのか、腕から血が飛び散り、痛みに顔を歪ませると咲良が私を抱き留めてくれる。


 柔らかい感触の中、しらちゃんの確かな声を聞いた。


「――未来ガ、変わった」 

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