第30話 私と、私のトモダチとの話

 夜になると、咲良よりも先にしらちゃんが私の部屋に来ていた。


 外はやっぱり寒いからという理由と、あとは前の一件のせいでもある。


 私がお茶とゲーム、それから物置から発掘した古い絵本を持ってくるとしらちゃんはそれを嬉々として受け取った。どうやら日本語は話せても字は読めないらしく、前にお父さんの持ってる小説を見せたら不機嫌そうにそれを返却されたのだ。


 お茶を飲みながらゲームをして、絵本を読む。触手って便利だなぁと思いつつも私も喉を潤す。


「あ、しらちゃん。もう一回言うけど、もう覗きなんてしちゃダメだからね」

「むゥ・・・・・・」

「キマシニウム? だっけ? それを摂取しなきゃいけないのはわかるけど、節度を守らないと。人間だって家畜を飼うけど、肉が食べたいからって全部食べちゃったりしないでしょ?」


 前にも一度言ったことをそのまま復唱する。ほとんど咲良の言葉だけど。


「すっごいビックリしたんだから」

「それハ、すまナい。邪魔をシてしまったヨうだ」


 邪魔という言い方をされると、なんだか恥ずかしいけど。まぁ、そういうことだった。そういうことなのか?


「そうダな。百合トは空気感が重要ダ。我々ガ介入するのハ、野暮だったナ。改めテ謝罪をすル。すまなカった」

「あ、いや。別に怒ってるわけじゃなんだけど」


 百合に対しての理解度が異常に高いのは相変わらずのようだった。しょぼんと落ち込むように項垂れる触手が哀愁を帯びていた。


「そのお茶、おいしい?」

「あア、自分で金を払わないのデあれば悪くナい」

「物価が高いもんね」


 ぷるると触手が動いた。笑っているのかどうかはわからない。


「そンなことより、シミュレーションは済んダのか? ノンケ星人が襲来するノは今日なのダろう?」

「うん、大丈夫! きちんと作戦も覚えてるし、咲良とも何度も練習したからあとはやるだけ」

「想定外の事態も有り得ル。アドリブが効くよウになるマでが練習ダぞ」

「だ、大丈夫」


 自信のない声で返事をすると、睨まれた。威圧的なものではないけど、背筋を張ってしまうようなものだった。


「なにかアったら逃げルことを最優先ニ考えロ。所詮人間の戦闘力でハ太刀打ちできナい。我々なら多少の時間稼ぎはデきる故、その間に体勢を立て直スのダ」

「なるほど、それってしらちゃんが囮になってくれるってこと?」

「違う、人海戦術ダ」

「しらちゃん人じゃなくない?」

「宇宙人だかラ、人だロう」

「それもそうか」

  

軽口を叩けるほどに、仲良くなったのだろうか。前に友達になろうとしらちゃんに言ったことがある。そのときは断られたけど、今はどうなんだろう。


「大丈夫だよ、しらちゃんも守るから。大事な友達だもん」

「勝手ニ友達にすルな」


 まだ了解は得られないようだった。けど、いっか。


 肩書きよりも、大事なものがある気がしたから。

 

「そうだしらちゃん。あのね、ずっと聞きたかったことがあったんだけど。いい?」

「答えるニ値するもノならナ」

「私としらちゃんって、前に会ったことある?」


 しらちゃんの視線は、相変わらずゲームと絵本に注がれていた。


 口なのかただの穴なのかわからない場所にお茶を流し込んで、待ってみたけどしらちゃんは何も話さなかった。


「最初は地球を滅ぼすなんて言ってたけど、なんだかんだで私たちのこと気に掛けてくれるし。もしかしてなにか理由あるのかなって思ったんだけど」

「・・・・・・・・・・・・」

「黙ってるってことは、答える価値がないってことですか」

「物価が高イからナ」


 その理屈なら私の質問にも価値が付いてもいいと思うのだけど。


「我々は百合を食しテ生きてイる。自らノ食糧を保守して何ガおかしいノだ?」

「えー」


 じー、と見つめるも、あちらの目力に負けて私がたじろいでしまう。


 つまり、理由は特にないけど助けてくれる。しらちゃんは優しい宇宙人だということだと一人納得することにした。


 しらちゃんはゲームが上手だ。利き腕のようなものが触手にもあるのかはわからないけど、決まって右端のうねうねでコントローラーを握っていた。


 私のオススメしたゲームもすぐにクリアしたようで、画面ではエンディングムービーが流れている。大量に沸いたゾンビを全滅させるために核爆弾を使うんだけど、その起爆スイッチが街の中にしかないから誰かが残って押さなきゃいけない。結局、主人公が最後まで残り、自分の命を犠牲にして世界を救う。そんな終わり方だ。


 自分が今生きているのは自分の知らない誰かのおかげなのかもしれない。そういうメッセージの込められた作品で、はたして私もそうなのかなと考える。


 しらちゃんも何か思うようなところがあるようで、画面を真剣に見つめていた。


「ありがとうが言えないのは辛いよねぇ」

「だガ、生きて欲シいというのガ彼の望みダ。それだケで、充分なのダろう」


 ムービーを終えてタイトル画面に戻ると、未練はないようでバッサリとゲームの電源を落とす。プレイを終えたあとはしっかりとコードを結んで整理する様子は少し面白い。宇宙人にも性格というものがあるらしい。


 しらちゃんは几帳面で、しっかり者だ。


「そもソも、早急に対応をしなカった人間モ悪いのダ。ゾンビという存在ガ発覚した時に対応シていれば犠牲も少なかっタだろうに。・・・・・・追い込まれテ、ようやく本気をダす。不思議な生き物ダ人間というものハ」

「それはでも、わかるなぁ。私もしらちゃんに地球を滅ぼすって言われなければきっと、あの頃のままだっただろうから」


 何も見ず、何もせず。背中を向けて走ることはせずに、後退りしながらずる賢く逃げ続けた私が変わり始めたのはあの日の夜からだ。


 普通通りに過ごしていたら、あのウミウシのような家に訪問することなんて一生なかった。地球に危険が及んでから、ようやく私は自分の行動にかけていたリミッターのようなものを外すことができたのだ。


 そして、今はそのしらちゃんとも仲良くできている。地球を滅ぼすのはやめてもらって、代わりに協力して本当の敵と戦う手立ても考えてくれた。


「ねえ、しらちゃんってやっぱり」


 そこまで言ったところで、咲良が遅れて私の部屋に入ってくる。なぜか体操着を着ていて、動きやすくて汚してもいい服がこれしかなかったということらしい。例に漏れず片手にはコンビニ袋。中からお茶を取りだしてしらちゃんに放り投げる。


 受け取ったしらちゃんは私のあげたお茶と咲良のあげたお茶を交互に飲み出した。なんて贅沢な。


「おはよ、あ、こんばんわか。とりあえず座って座って」

「おんばんわ。それじゃ遠慮なく」


 私のおもてなしも、随分慣れてきたように思う。咲良に抱かれたソフトクリームのクッションも馴染んだように腕の痕がついていた。


「あれ、奈々香まだお風呂入ってなかったん?」

「あ、うん。汗かくかなって思って」

「そっかぁ、あたしもそうすればよかった」


 ドライヤーをかけた後だからか、ふわりと膨らんだ髪を撫でて咲良が言う。


「そしたら私の家のお風呂入っていけばいいよ。そのまま泊まってもいいし」

「マジ? いいの? じゃあそうしよっかなぁ~。あははっ、また泊まりだ」

「泊まりだー」


 友達を家に泊める楽しさに気付いた私は、あれから何度も咲良を誘うようになった。咲良のほうも毎回楽しみに来てくれるので、それが嬉しかった。一緒にゲームをするのも楽しいし、映画や動画を見るのもすごく楽しい。なんなら何もせずに二人してぼーっと天井を見上げる時間も好きだ。一人じゃ無駄な時間でも、咲良となら有意義なものとなる。


 人はよく愛の力だとか、絆の力だとかそんなことを言う。あるのかなぁとも思うし、やっぱり無いかもなぁとも思う。

 

 咲良と過ごす時間は楽しいというしっかりとした理由があるのだから、そういう不明瞭な言葉に頼る必要はないのだ。


「ん、そうだ。そしたらしらちゃんも泊まる?」


 ゲームを終えたしらちゃんは退屈そうに窓の外を見ていた。気を利かせて、というよりはもっと仲良くなりたいという意味で誘ってみる。共に夜を過ごすというのは、それほどに濃密な時間だから。


「お~! いいじゃんいいじゃん! しらちゃんも一緒に遊ぼうよ! おいしいお菓子も持ってくるからさ!」


 ペンギンのグミとかね、と言って二人で肩を揺らす。しらちゃんは空を見たまま、触手を一本だけこちらへ向けた。


「いや、遠慮してオく」

「えー? なんでー?」

「我々は人デはないカだらだ」


 しらちゃんの返答は短いものだった。ただ、それだけでも伝わってしまえるほどに、私たちには常識というものが根強く染みついていた。


 人と人ではないものが仲良くなるのはおかしいと、しらちゃんはそう言っている。


「貴様らは貴様らデ幸せニなればいイ。我々ハ、所詮宇宙を行き来するダけの集合生命体に過ぎなイのだ」

「うん? でも心があんじゃん」


 咲良も咲良で、とても簡潔で、真っ直ぐな言葉だった。予想外だったのか、しらちゃんは目を丸くして咲良を見ている。


「むずかしいことはよくわからんけどさ。楽しいって思えて、誰かを思いやれる心があるんだったらそれだけで充分じゃね? わたしはそう思うけどね」

「う、うん! しらちゃん、最初は怖いなって思ってたけど私たちのことすごく大事に考えてくれるし、今は優しい人だなって思う!」

「ね、あたしらはしらちゃんとも仲良くしたいって思ってんだけど」


 私と顔を見合わせてそう言うけど、しらちゃんは変わらずに外を眺めた。月の光が、一つの影を捉える。星々がその存在を証明して、私たちの目に映る。


「そレは、デきない」


 しらちゃんが私たち人間と同じ形状だったら、表情から読み取れたのかもしれない。


「我々ハそんなコとのために、この星ニ来たワけではナいのだ」


 立ち上がり、立ち上がったのか? 曲がっていた触手が真っ直ぐに伸びてぺたぺたと部屋を徘徊する。扉の前に立って、突起した眼球が私たちを見据える。


「時間ダ。行くゾ」


 器用にドアノブを捻って廊下をのそのそ進んでいくしらちゃん。


「じゃあ、なんのために? なんのために地球に来たの?」

「・・・・・・百合を摂取すルためダ」


 最初、出会ったときと同じだった。つまり、生きるために、餌を探してこの星に降りた。


 私は変わった。咲良も変わった。いろんな体験や思いを経て、人は変わっていく。誰かと関わることで影響を受け、適応するように価値観というものは変化し人格を形成していく。それがきっと、人間でいうところの成長なんだと思う。


 でもしらちゃんは、何も変わっていなかった。


 仲良くなったと思っていたのは私たちだけで、しらちゃんの思想は一貫して曲がらない。こうして一緒の部屋にいるのも、キマシニウムとやらを補給したいからなのかもしれない。


 目的のある行動や思いはすごく納得がいくし自然なものだ。


 けど。


 それはすごく、すごく寂しい気がした。


 咲良は「また誘ってみよ」と笑っていたけど、私と同じ気持ちなのかもしれなかった。ここでくじけない咲良はやっぱり強くて、うじうじ悩んでしまうような私は・・・・・・。


「ううん! 気合い入れよう!」


 弱いのかもしれないけど、咲良となら強くいれるのだ。ふはは。


 咲良の真似をして私も体操着に着替える。お父さんのベンチコートを羽織ると、咲良が「それあったかそうだよね」と言う。「ダサいけどね」と言い返して、外に出る。


 しらちゃんが先に待っていて、屋根に開いた穴をじっと見ていた。私たちに気付くとすぐに視線を外して、テントの中に入る。


 三人で毛布にくるまって、時々望遠鏡を覗く。真ん中に座らせられたしらちゃんは少し窮屈そうにしていた。触れる触手はひんやり冷たくて、温かければいいものでもないなと思い、咲良の手を握ってみる。うん、温かいのもいい。結局、体温というものはあればそれだけで安心できるのだった。


 いないものは、触れることすらできないのだから。


「・・・・・・今何時?」

「11時」

「遅いねぇ、敵さん」


 気付けば周りの家の電気も消えて、夜風もコートの上からでも感じるようになっていた。


 肩を寄せて、顔を見合わせる。


 ・・・・・・その日、結局ノンケ星人は来なかった。


 私たちの起こした行動で過去だとか未来だとか、運命だとか。そういうものが変わってしまったのかもしれない。


 咲良は「来ないのが一番じゃね?」なんて言ってたけど、私にはこれがいいことなのか、それとも悪いことなのか、判断できなかった。


「この地球外知的生命体防衛本部とイう看板モ、もはや不要だナ」


 そう言ってしらちゃんは薄汚れた木の板を拾い上げて月の光に反射させた。


「よくその漢字読めたね?」


 字が読めないって言ってたのに、絵本を読ませているうちに学んだのかもしれない。宇宙人の学習力ってすげー。


私が褒めると、しらちゃんは照れたように目を逸らした。咲良は「あたしぜんぜん読めんかったわ」と言い、笑う。


今夜は勉強会かななんて冗談を言いながら、三人して空を見上げた。


 たしかに、来ないのが一番なのかもしれない。


 そんなように思い、その夜は部屋に戻り、咲良と一緒に次の日を迎えた。

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