第24話 食べきれないほどたくさんの
咲良が頷くのを合図に、未来のことを話す。とはいっても私にとっては過去のことだからどこから説明すればいいか迷ってしまう。
「ええと、宇宙人が来るんだけど」
「もう来てんじゃん」
「あ、いやっ、あんなウニョウニョしたのじゃなくて、もっとゴツゴツして強そうなの」
まっする、と腕をムキムキする。お肉がぷるぷる震えた。
「咲良がその宇宙人に殺されるんだけど」
「待って、急すぎない?」
「で、でも・・・・・・ほんとに急だったし・・・・・・」
「うーん、そういうもん?」
「もん」
隣を人が通ったので、流れに乗るように私も歩く。てくてく、一定の間隔で来る電柱を踏んだらゲームオーバーというルールを勝手に作ってぴょんと跳ねた。
「というか、みんな死んじゃうんだ。何人かは生き残るから全滅ではないんだけど、ほとんどいなくなっちゃう」
「奈々香は、大丈夫だったん?」
「私は、うん。なんか大丈夫だった」
「そっか」
咲良の声色は水の溜まった長靴を脱いだように軽かった。ともすれば私も、ビーチサンダルのように軽い。今があるからだろうか。
昔から悩みや不安があっても一晩寝て起きると消えている特性が私にはあったので、ここで役に立ったのかもしれないし、むしろ枷となったのかもしれない。
「あ、入って話そうよ」
制服の袖から指がにょきっと伸びて赤い看板を指す。おぉ、と財布の中身も確認しないままに右手を掲げた。冒険に行くようなノリだったが、心持ち的には間違いなかった。
咲良と来る二度目のマッグ。ハンバーグとシェイクを頼んでからしまった、と思った。体重のことを考えると、この時間帯にあまり食べるのはよくないんだったと思い出す。
咲良を見ると、トレーにはハンバーガーとポテトとナゲットとフルーリーが乗っていて、目が合うと咲良がしまったと口にする。
いっぱい食べるんだなぁあれでも前はデザートだけだったけどと頭の中をぐるぐるさせて席に着く。
「あれ-? 奈々香もっと頼んでなかったっけ?」
「え、どうだろ。こんなんだったと思うけど」
「しまった」
三度目のしまったを聞いて、シェイクをかき混ぜる。
「食べきれるか微妙になってきた」
「てっきりお腹空いてるのかと思ったんだけど、違うの?」
お腹をさすって、困ったように咲良が笑った。
「前にあたしだけデザートしか頼まなくて空気読めてなかったじゃん? 奈々香もそれだと食べづらいかなって思ったんだけど」
失敗したわとおどけてハンバーガーにかぶりつく。そのまま噛むと、口の端にケチャップが滲んで、咲良が目を丸くする。上を向いてむぐぐと押し込んで、頬をぱんぱんに膨らませた咲良が私を見る。
「あ、あはははっ!」
冬眠だからと張り切ったリスが、巣に戻る道中で口に入れすぎたドングリを落としていく動画を思い出した。
私の笑いに咲良も釣られて目を細める。顔がひくひくして、口元を手で覆った。リスみたいにはならないでよ、ともごもご動く口を見て思う。
しかし面白い顔だ。男子に見られてカワイイと呼ばれるにはいささかギャグ路線に走りすぎている。端正な顔立ちが力士のようにたくましいものに変わるのはモテ度的にはどうなんだろうと思ったけど、私は好きだった。
咲良もこんな顔するんだなぁと眺めていると、口の動きに合わせて頬の膨らみが減ってきた。喉がごくんと鳴ると、咲良が深く息を吐く。
「し、死ぬかと思った!」
「あんなに一気に食べたらそうなるよ」
「あ、奈々香がさっき言ってたみんな死んじゃうって、もしかしてこれのことなん?」
「だとしたらもっと悩んでたかな。咲良ってもしかしてハンバーガー食べたことないの?」
「まー、うん。弟たちが羨ましがるからさ」
「なるほど」
どこまでも、自分本位では生きていないようだった。羨ましくもあり、尊敬もする。こんな風に優しくなれたらと憧れもした。
前に咲良に付き纏っていた他校の男子を思い出す。これだけかわいくて、性格もいいとなれば、依存したくなる気持ちも分かる。ちょう分かるよ! ともう振られた男子に共感する。
「こうやって握って、こう食べるんだよ」
「友達が食べてんの見たことあるからそれくらいわかるって」
むくれる咲良もこれまたレアで、ほほぅと鑑定士のような面持ちになってしまう。虫眼鏡で散々なめ回したあと、ズルいなぁと人並みの感想がでる。
色々な顔を知ることができるのは、尊いことなのだと今になって理解する。
人は死ぬと未来を失い、過去を彷徨うばかりだ。先に進めるからこそ、新たな発見がある。振り返ってもいくつか見つかるかもしれないけど、前向きなものばかりではないと思う。
悩みとか不安はきっと漠然としているからこそ尾を引くもので、いったい自分が何をしたいのか、そして何をするべきなのかを模索することが解消の一歩となる。
私は多分、この時を失いたくないのだ。
「咲良、私ね。本当に、未来を見てきたんだ。みんながいなくなって、化け物と砂だけになった地球の上を歩いてきた」
だから私のするべきことは、未来を変えること。うんめーとやらに抗うことだった。
「そこで色々知ったし、いっぱい見てきた」
このトマトケチャップが違うものに見えるくらい、切断されたハンバーグすら別の肉塊に見えるくらい。たくさんの終わり方を見た。
「仲間もいっぱいいっぱいやられちゃって、周りにだーれもいなくなっちゃって、それでも生きるために歩き続けて、多分6周くらいした。地球」
ファストフード店でこんな話、他の人が聞いたら今日見た夢の話か今度やる映画の話かなにかだと思うだろう。けど咲良は茶化すこともせず、私の話に耳を傾けてくれた。
その真っ直ぐな瞳に、疑いの色は窺えない
「奈々香、それ。すごい、さびしい」
私の境遇を想像したのか、唇を噛んで感情を吐露する。潤んだ瞳に、何故かカタコト外国人のような喋り方のギャップに硬い空気がほぐれていくようだった。
「一人でずっと誰もいない星で生きてたんでしょ? それはやばいくらいに、さびしいって」
「まあ私ってもともとぼっちだったし、一人でも平気・・・・・・あ、うん。平気ではないか、平気ではないんだけど。でも、なんでかさびしいとは思わなかったかな」
「そうなん?」
「うん。なんか、一人だったんだけど、一人じゃなかった気がして。というか私一人でなんて絶対途中で疲れたって言うし、生きてくなんて無理だし。うまく思い出せないんだけど、生きれた。・・・・・・誰かが、助けてくれたのかも」
「じゃあ、感謝しないとだ」
「そ、そうだね! あ、ありがとうございます~」
見えない記憶の片隅に、二人して頭を下げた。なんで咲良までありがとうを言うのかと考えるけど、咲良はそういう人だからと納得した。
「そのあとはどうなったん?」
「あ、うん。えっと、たしか。あ、私ね! めっちゃ最強だったんだ! 相手に見つからないステルス能力持ちで!」
「マラカス?」
「全然違うよ・・・・・・」
横文字には弱い咲良だった。
「けど、なんでか分からないけどそれが急に効かなくなっちゃって、ええっと。なんやかんやで、ほにゃららんふふで、背中を切られた」
こうして思い返すと、あれこれくどくど。鮮明でないものばかりだった。
「それで、血がびしゃって出て。あーこれ死ぬなって思って。腕もないからどうしようって」
「え、奈々香が?」
「うん。で、意識が遠くなって、耳鳴りみたいなのがぐわぁー!ってなって。そこで多分、私は、死――」
「あー、うん。もういいや」
記憶を辿って話している途中で咲良に遮られる。
「もう、やめて」
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
強い声色で制されて、私も身を縮こまらせる。
咲良も咲良で顔色が悪く、目は少し潤んでいた。
「わかった、奈々香。そうならないように、あたしたちでなんとかしよ」
「あ、うん! 私もそれが言いたかった!」
言いたかったけど、咲良を巻き込んでいいのか悩んでいた。けど人に向ける悩みとは、当人と話すと意外にも簡単に解決するものらしい。
狂った私の羅針盤はいつのまにかきちんと方角を刺していた。
「で、でも、どうすればいいんだろ」
「それなんだよね」
じゅぞぞとシェイクを力強く吸って頬をすぼめる。私のほうがコップの中に吸い込まれてしまいそうだった。
結局悩みのない人間なんていないのだ。悩みが解決すれば新たな悩みが生まれる。悩みがないことが悩みだなんて言う人もいるくらいだし、特別なものだとは思わないで人は悩む生き物だと割り切るのが大事な気がした。割り切れたら、簡単だなぁ。
「まぁでも、今のあたしたちには強力な仲間がいんじゃん?」
「仲間? ああ、あー」
「相談しみてるしかないっしょ。どうせ今夜も会うんだし」
「そうだね。うん。いいかも」
「・・・・・・その前にこれどうにかしなきゃいけないカンジだけどね」
トレーに乗せられたナゲットとポテトとフルーリーと、食べかけのハンバーガー。見て、私も背もたれに寄りかかった。
「絶対太るわこれ」
「ご、ごめん咲良。私のせい・・・・・・?」
「や、マッグ行こって言ったのあたしだし、頼んだのもあたしなんだから。奈々香のせいじゃないっしょ」
「そっか! じゃあ咲良のせいだ!」
「あははっ、いつもの調子取り戻してきたじゃん」
なんて快活に笑いながらも、私の口にポテトが放り投げられる。時間が経ったからかなんだかむにむにしていて、これもこれで美味しいなと思った。新鮮ばかりが味わい深いわけではないようだ。
「けど、これくらいの試練を乗り越えなきゃ地球を救うなんてゼッタイムリだし。おーし」
腕をまくって、まくる必要あるの? と白い肌を見て、まぁあるかと目を保養する。
上着を脱いでキャラメル色のカーディガン姿になった咲良が頑張って食べ慣れない物を必死に頬張る。咀嚼するたび、目が合うたびに私の中に新たなものが宿っていく。
私と咲良の立場がもしも逆だったとしたら、もっと楽なのかもしれない。咲良は私にはないものを持っていて、それさえあればきっとなにかを救うなんて簡単なことだ。
けど、そうなると咲良は一度誰かを失って、何も無い星を歩いて、四肢を切り刻まれて死ぬということで。想像すると、胃液が喉で波を打つ。
さっきの咲良の表情が、理解できたように思えた。理解できたということは、ようやく私も近づけて、人間らしくなったのかもしれない。この言い方じゃ私はこれまで人間じゃなかったのかという話になるけど、そうなのだろう。
エクノンにシカトされ続けた理由が一瞬、目の前を通り過ぎていったような気がした。捕まえようとするけど、目指すべきは奴らのいない世界なわけで、私は手を引っ込める。
「わ、私も手伝うよ」
いそいそと食べる咲良のナゲットとポテトを掴んで、自分の口に放る。
塩辛く、舌を覆う油が喉を転がっていく。
虫には警告色なんてものがあるらしいけど、これはいわば警告味のようなものな気がする。私は体に悪い食べ物だぞ-! と主張しているようだ。
「ありがとね奈々香。話してくれて」
けれど、悪いのは体にだけで。
他のことに関しては、いいなぁと思うのだった。
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