第13話 きれいに焼けた
今日も今日とて面接日。
玄関を開けると頭に雪を乗せた咲良がいた。
決められた時間は20時なのだけど、咲良はいつも30分前には家に来る。毎日繰り返していれば段々と分かってくるもので、メールを見なくても咲良の来訪は簡単に予期できた。
「今回のマフィンはココア味にしてみたんだけど・・・・・・」
「うわー! めっちゃ美味しそうじゃん! ありがとー奈々香! うちの子もみんな喜ぶよー!」
「こ、このくらい大したことないよ」
本当は何度も失敗して、材料を勝手に使ってお小遣いから天引きされたりもしたけど。それを言ったら咲良のことだ。かえって心配をかけそうなので黙っておく。
私もだいぶ咲良のことを理解できてきたなぁと自分の成長に感心する。これも好きだから、なのだろうか。恋する気持ちは無限大! なにかのキャッチコピーのようだった。
「ね、ねぇ咲良」
「うん? なになに?」
袋に入ったココアマフィンを掲げて、下から覗き込む咲良。上を向いていても整った顔。重力に引かれる髪が八重桜のように美しく、私なら絶対こうはならないだろうなぁと瞼を突く前髪を見て思う。
「・・・・・・ええと、やっぱりあとでいいや」
「えー? 気になるんだけどー」
「あとで言うから、あとで」
告白は、また今度でもいいか。ヘタれる私がいた。
けど、明日はいよいよクリスマス。どうせならその日にしたほうがロマンチックだ。と浪漫のカケラも分からない私が判断する。
「それにしても、以外と大丈夫だったよね」
「え、なにが?」
「ち、きゅ、う」
フランクな咲良の口調が壮大な単語を放つ。
「百合のフリをしなくちゃ地球が滅ぶなんて言われたときはビックリしたけどさ、案外大丈夫だったじゃん?」
そうだねぇ、と気の抜けた返事をして、いつぞやの夜を思い出す。
私が顔を合わせている数が一番多いのは多分咲良で、その次が家族。で、その次にくるのがあの宇宙人だ。毎晩交流を深めていると、あんな異形でも不思議と愛着がわくもので、私の中に恐怖心はなくなっていた。
この前は友達になろうと誘ってはみたけれど断られてしまった。それがちょっとショックで、落ち込んでいると私を気にしたように白滝宇宙人は触手を寄り添わせてきた。
私と咲良の関係を眺めて幸せそうに頷くあの宇宙人に害は今のところ感じられなく、地球を滅ぼすというのは冗談なんじゃないかと思えてくる。ただただ本当に百合というものが好きなだけで、私たちと変わらない心の持ち主なんじゃないだろうか。
屋上へあがる足取りも軽いもので、後ろを付いてくる小さな足音も、きっと私と同じ感情を宿している気がした。
また今日もあの白滝の前で咲良とイチャイチャする時間がはじまる。けどそれはもうフリなんかじゃなくって、心から温もりを感じるそんな一時になっていた。
天井を押すと板が外れて夜空が見える。よく透き通っていて今夜は星が鮮明だ。
屋上に出ると冷たい風が吹いて、暖房の効いた室内とのギャップに肩をすくめる。今度からこの密会は私の部屋で行いたい。今日にでも相談してみようか。お母さんに紹介する日も近いかもしれない。
「・・・・・・えっ!?」
外の景色を半分意識の外で見ながら辺りを見渡すと、予想にもしない光景が目に入り思わず声をあげてしまう。それは咲良も同じようで私の後ろで固まっていた。
私たちを待っていたであろう百合星人が、緑色の液体を流しながら大きな腕の中で力なくもたれている。横に佇む大きな巨体。ゴツゴツと岩のようで、その外見に芸術性など微塵もない。生命を蝕むことに特化したようなおどろおどろしい瞳が私たちを睨む。
「逃、げロ・・・・・・」
掠れた声を出して、百合星人が微かに動く。
「こいツは危険、だ。誰モ、我々でスら、手も足モでなイ」
手も足もあるのか問いたいところだけど、そんな軽口が叩けないほどの緊張感がこの屋上に漂っていた。くり抜かれたように広がる別世界に足がすくんでしまう。
「・・・・・・俺はこの銀河を統べるノンケ星人だ」
「の、ノンケ星人!?」
百合星人よりもだいぶ流暢に話すそのノンケ星人とやらにはどこか知性を感じる。白滝のように不確かな胴体ではなく、人の面影を持ったシルエットも力の強大さ、そして不気味さを助長していた。
「・・・・・・どうにもこの星に百合などという非生産的な生物がいると聞いて遠い場所からやってきた」
私たちの怪訝な視線を感じ取ったのか、硬直した空気を壊すようにノンケ星人が口火を切る。
「・・・・・・生体反応を追ってやってきたが、どうやらこの下等生物のものだったようだ。そうだろうな。生物とは種を残してこそ、その命を全うできる。それは神から授かりし使命であり、生まれ落ちた者として当然の行為だ」
腐った果実のようにしわのよった眼球には、どこか憤りのようなものを感じた。重い声色が空気を揺らして、振動が体に伝わってくる。
「・・・・・・それなのに、百合だと? 種を残すことのできない同性の交わりに何の意味がある。それは命に対する冒涜であり、繁栄への妨げにしかならない。そんなもの」
「お前ラ、早く逃ゲ――」
グシャ!
鈍い音と同時、百合星人の体が弾け飛んだ。緑色の粘液がポタポタと垂れ、無機質に流れていく。
最近になって愛着が沸いたものだから、その変わり果てた姿に若干の嫌悪を覚える。
「・・・・・・とりあえず宇宙を害するこいつは排除したが、おいお前ら」
いきなり声をかけられ、背筋がピーン! 伸びる。
「・・・・・・百合は非生産的な種の反逆者だ。もし他にもそのような奴らがいるようなら、私がこの星を滅ぼさなければならない」
ギロ、と力強い視線で射貫かれる。
咲良と目を合わせると、また厄介なのが出てきたと二人して肩を落とした。
「・・・・・・お前らも随分仲がよさそうに見えるが、まさか百合に手を染めているわけじゃないだろうな?」
「え? 仲良さそう? そう見えます?」
「・・・・・・ああ、とても。とても強い絆で結ばれているように見える」
なんだかそう言われたことが嬉しい。咲良も照れくさそうに頬をかいていた。
満更でもないけど、ここではいそうですなんて言って地球がパッカリ割れてもらっても困る。すでに百合星人との邂逅を果たしていた私たちはこの状況に対応できるほどの柔軟性と経験は持っていた。
地球はどうにもなんちゃら星人とやら、特に性癖をこじらせためんどくさそ~な輩に大人気のようだった。けどそのおかげで、なんとか危機を脱する手段を導き出す。
「や、やだな~! そんなじゃないですって私たち! ただの友達、友達ですから!」
「・・・・・・本当か?」
「はい! だから心配しないで元の星にお帰りください、地球は大丈夫ですんで!」
「・・・・・・ならば、言え。その娘を嫌いだと」
「え?」
ノンケ星人の言葉に、まくしたてた声が止まる。
「・・・・・・全然好きなんかじゃありません、なんの感情も持ち合わせていませんと、言え。百合という関係でないのなら、そのくらい言えるだろう?」
百合星人とは、真逆だった。
あのときは好きですと言えと命令され、今度は好きなんかじゃないですと言え、ときたもんだ。
咲良と目を合わせて、アイコンタクトをとる。
私の心はひどく落ち着いていた。
一時はどうなることかと思ったけど、蓋を開けてみればなんだこんなこと。たった一言声にするだけで地球を救えるのだから、百合星人なんかよりも話が早い。
それに、嘘をつくのは一番楽だ。答えを探すのは時間がかかるけど、虚空に意志を示すのに考える暇はいらない。
「別に好きなんかじゃないです。なんの感情もありません。咲良とは、ぜんぜん、なにも。ありません」
「・・・・・・ふむ、了解した」
私の言葉を聞き届けると、ノンケ星人はにっこりと笑った。ように見えた。細められた眼球からそう感じ取った。宇宙人の感情を読むのに慣れてしまった。このスキル、今後使うときはくるのだろうか。できればこないでほしい。
「・・・・・・そこの娘も同じ気持ちか?」
上機嫌に声を跳ねさせたまま、咲良にも問いかけるノンケ星人。
私も振りかえって、咲良を見た。
頭に乗っていた雪はもう溶けて、空に舞う白は気付けば息を潜めていた。これじゃクリスマスまでに雪は積もらなそうだ。
「えっと」
咲良が喉を潤わせて、地球を救う合い言葉を口にする。
もう私たちの勝利は決まったようなものなので、あの穴の開いた屋根はどうしようとか、今度はバナナ味のマフィンにしてみようとか散漫な思考で未来のことを考える。
咲良も同じことを考えているのだろうか。薄桃色に彩られた毛先が静かに風に揺られていた。
「あたし、奈々香のことなんて、嫌い・・・・・・」
これで地球は助かり、私たちはみんなを救ったヒーロー! 誰も信じてくれないだろうけど、二人だけの思い出話にさえなればそれでいいかと顔を綻ばせる。
「嫌い・・・・・・」
見上げると、空は黒く濁っていた。透き通った夜空はどこにもなく、まるで世界の終わりのように渦巻いている。
「なんかじゃない・・・・・・」
光る星は見えない。膜に閉ざされて、どこか遠くで命を燃やす。死んだ光か、生きた光か、それはわからないけど。見えるものだけが真実とは限らない。
「ウソでも、奈々香のこと嫌いなんて言いたくない! あたしは奈々香のことが好き! なんて言われようと、奈々香はあたしの大好きな人だから!」
「えっ?」
涙ぐむ咲良の瞳に幾億もの葛藤が見えた。色々なものを天秤にかけて、結果導き出したのが、私への想い。最初から最後まで、変わることのない好意に吸い寄せられるように咲良を見た。
唇を噛んで、異形の生物を睨みつける奈々香。怒りにも似た奈々香の表情は私の見たことのないもので。
「待っ――」
それが私の、最後の思い出。
光に焼かれ、燃えさかる大地の中。
私を大好きな人が空気に溶けていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
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