第12話 なんだかちょっといい感じ?
放課後になると、人はそれぞれ目的地を目指す。部活だったり家だったり、ゲーセンだったり本屋だったり。人一人の生活が多種多様にあるのだなと実感するその時間。私はいつも通り、教科書を机の中に突っ込んで軽くなった鞄を担いでいた。
「あ、田中さん」
びくぅ! と背筋を伸ばして固まる。
名前も知らない、顔と声だけ知ってる認知の外で生きるクラスメイトがあろうことか私に声をかけてきた。
「え、な、なに」
「今日の体育見てたよ~。すごい悲鳴あげてたよね、体硬すぎでしょー」
そう言って笑うクラスメイトを見てポカンと私は呆けて口を開ける。
ええと、こういうときってどう返せばいいの?
「う、生まれつき硬いんだよね」
「えー? なにそれ~、病気~?」
「病気!? あ、うん。あー、や、ごめんなさい・・・・・・生まれつきじゃないです嘘つきました」
「だよね。なんか田中さんって面白い」
「そ、そう?」
「うんうん! なんかいっつも挙動不審で見てて飽きないなーって前から思ってたんだ。今日も体育始まる前一人でなんかしてたよね」
見られてた!
途端に恥ずかしくなって、顔が熱くなる。ということは私には常識的な羞恥心があるというわけで、なんの言い訳だ。
「あれは、忘れて・・・・・・」
「あんな面白いの忘れられないよ~」
くすくすと口元に手を当てて上品に笑うその子を見て、なんだなんだと私は訝しむ。
教室の中にいるのは帰り支度をする人と教室を出ていく人。それから暇を持て余して教室内で談笑をする人。
私はその、談笑する人というものに該当していた。蚊帳の外であったはずの私が輪の中にいる。天文学者も腰を抜かすほどの現象だった。
「じゃあまたね田中さん。明日も期待してるよ~」
「う、うん」
ひらひらと手を降って、やはり上品に去っていく彼女。けど笑った顔はどこか意地悪く、年相応の親しみやすさを持っていた。
去っていく背中を見て、一人呟く。
「しゃ、喋っちゃった」
この私が、放課後。教室内で。他愛もない話だったけど、他愛もないからこそどこかくすぐったくって、充実の熱を胸中に覚える。
思わぬ出来事に呆然としていると、しばらくして咲良が後ろから声をかけてきた。
「あれ? 奈々香ってもかっちと仲良かったっけ?」
「もかっち?」
「今喋ってたじゃん」
「あ、ああ! あの子もかっちって言うんだ」
「
「う、うん」
「え~? ま、あたしが言えたことじゃないか」
はじめて会ったときに佐藤さんと呼ばれたことを思い出す。咲良も覚えていたのかあははと誤魔化すように笑っていた。
「ふ~ん、でもよかったじゃん!」
「え、なにが」
「だってこれで友達増えるかもだよ? もかっちもあれでケッコーふわふわしてるっていうか、独特の雰囲気がある子だけど悪い子じゃないし」
独特の雰囲気、というのは私も同感だった。ギャルみたいに明るい子でもないし、かといって私みたいに暗くもない。上品な振る舞いがどこかのお嬢様を連想させるけど、からかうように笑う顔は等身大の高校生のようでもあった。
「さ、咲良はそれでいいの?」
「それでいいのって、なにが?」
「し、嫉妬とか! しないの!」
バカほど大きな声がでた。
「私が他の女の子と話して、そういうのないのかなって! ほらよくあるじゃん、漫画とかでもそういう展開! 咲良もそうなのかな!」
「え、ええ? うーん・・・・・・ないかな。それよりも私は奈々香が他の子とも喋るようになって、嬉しいって思うよ?」
「なぜに!?」
「だって、そういうもんじゃない? 好きな人には幸せでいて欲しいじゃん」
どこかに台本でもあるのだろうか。勘ぐってしまうほどの青臭いセリフ。けど咲良は真剣で、真面目な顔ではなく笑って言うところが尚更そう感じさせた。
「このままさ、クラスの子とも仲良くなっちゃえばもっと学校が楽しくなると思うんだよね。奈々香はそういうの好きじゃない? 孤高のオオカミ~! って感じ?」
「そういうわけじゃないけど」
卑屈に生きたつもりはなかった。孤独を選んだわけでもない。
「じゃあいいじゃん! きっとそうしたらさ、奈々香も」
「私も?」
続きが気になって、首を傾げて聞いてみる。
「なんでもない! 帰ろ、奈々香」
ちょっと照れたように顔を綻ばせて咲良が私の手を取る。教室を出て、廊下を歩く。
雑多した人にぶつかりそうになるたびに、咲良が手を引いてくれた。すれ違いそうになれば、ばいばいと挨拶をする。逃げるための片手は塞がっていて、必然私も挨拶をするほかなかった。
「ばいばい」
顔も知らない人だけど、なんだか繋がったような感覚があった。今まで興味も向かなかった人を自然と目で追う。
私のぎこちない挨拶に元気よく返事をしてくれた人。私が言う前に手を降ってくれた人。
それは初めて見た光景? 多分、そうだと思う。
けど、見えていなかっただけで。もしかしたら私の近くでは毎日起きていたことなのかもしれない。
顔をあげるだけで、こんなにも景色が違うのか。
玄関で靴を履いて、吸い寄せられるように校門へ向かう人たちの一部となる。
相変わらずやる気を出さない空を見上げて咲良が言う。
「もうすぐクリスマスじゃん。奈々香ってなんか予定あったりするん?」
「あるわけないじゃん」
「でた謎の上から目線」
けらけらと咲良が笑う。
「まさか、デートのお誘い!?」
「お、正解。しようよクリスマスデート、奈々香の都合がよければ」
「お、おおおお」
クリスマスデート! なんだか大人な雰囲気漂う単語につま先が浮ついてしまう。
コンクリートを蹴って、小石がコロコロと転がった。
「それまでに雪積もるといいなぁ」
「咲良は好きなの? 雪」
「ちょー好き! だってなんかテンションあがるじゃん! それに歩くとぎゅっぎゅっって音が鳴って気持ちいいし!」
「まぁ、分かるけど。一長一短だよね。歩きづらいし、歩くの時間かかるし」
「うん。だから奈々香のこと誘ったんじゃん」
「その心は」
「歩くの時間かかっても奈々香と一緒ならむしろ楽しいし、奈々香となら雪のデメリット帳消しにできるからもっと好きになれるかなって」
好きになれる。それは雪に言っているのかそれとも・・・・・・。
恥ずかしいので聞くことはしなかった。
「めっちゃ楽しみだね、クリスマス」
「うん」
サンタさんももう来ないしケーキも日に日に質素になっていく。特別というのはきっと時間の経過と共に廃れていくもので、高校生になった私にとってクリスマスなど他の休日と変わらない日だった。
けど咲良のおかげで、なんだか例年とは違う日になりそう。日々が彩られていくのを自覚して、それがきっと咲良のおかげなのだということに気付いて歩幅が狭くなった。たどたどしく歩く私の足元を咲良がじっと見る。
咲良の意識に自分がいることに顔を熱くし、混ざり合う視線にくすぐったさを覚える。その明瞭でないふわふわとした充実感に幸せというものを見て、求める答えに近づけた気がした。
もしかしたらもう掴めているのかもしれない。手の中で遊ばせているだけで、その不完全な状態を楽しんでいるだけで、私はすでに咲良を好きなのかもしれなかった。
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