第9話 なんか変な子いた
休日のショッピングモール。私服に着替えた自分の姿が大きな窓に映る。
黒いパーカーに、紺のジーンズ。終わり。
あ、靴は結構高かったんだ。ホームセンターで3千円で買ったの。
「・・・・・・」
ダサ、いのか?
それすらも自分では分からなかった。
私のなかでは、これがお出かけ用の究極の服装なんだけど、咲良はこれを見てどう思うかな。
愛想を尽かされる?
それはそれで、悲しい。なるべく避けたい事態だった。
用事があるから少し遅れるという趣旨のメッセージをもう一度確認して、スマホをポケットに入れる。
さて、咲良が来るまでどう時間を潰そうか。
ゲーセンでも行く? そういえばやってみたいゲームがあったなぁなんて思い出す。
けど、あまりに熱中しすぎて咲良の連絡に気付かない場合を危惧して首を振った。
咲良は怒りはしないだろうけど、悲しむというか、落ち込みそうではある。う、想像すると心が痛い。
じゃあどうしようか。買い物なんて普段通販で済ませるし、外に出るときはコンビニのお菓子が食べたいときだけだ。
他店のパンを研究するほど仕事熱心なわけでもないし行きつけの喫茶店があるわけでもない。
早く咲良来ないかなぁと独りごちて、今のは恋人っぽい発言なのではと自負を持つ。
やっぱり今夜あたりに告白でもしてみようか。
こう思うってことはやっぱり咲良のことが好きなんだと思うから。
そう思案しつつも、まったく鼓動のしない自分の心臓に手を当ててため息をつく。
死んでるわけではない。でも、死んでるようなものだった。
恋心を抱くようにドキドキしてくれない心臓。だけど咲良にギュってされた時はドキドキしたし手を繋いでいる時は幸せな温かさを覚えた。
私って、もしかして体を求めてるのかなぁ。
そうなのだとしたら、えぇ? なんか変態っぽい。女の子の体を求めるって。
どこでそんな性癖を拾ってきたのだろう。
ううむと眉を寄せる。
混線した思考をなぞるようにデタラメに歩いた私は気付くと美味しそうな香りが漂うお肉屋さんの前まで来ていた。
コロッケがたくさん並んでいて、中身はなんだろうと覗き込んでみる。
牛肉? カレー? かぼちゃやカニもあった。
スンスン鼻を利かせて、ウチのコロッケパンを思い出して食欲が失せた。
「ねぇお姉さん、ボクかぼちゃがいいな」
鈴が鳴ったような気がして、いつのまにか隣にいた人影を見る。
背丈は私よりも小さくて、被ったフードから猫のように鋭い眼光が覗いていた。
「え! だ、誰ですか!」
街中で話しかけられることなんて滅多に、というか一度もない経験なので思わず両手をあげてびっくりしてしまう。一昔前の漫画のリアクションみたいだった。
「ボクの正体によってコロッケの購入意欲が増すのならお答えしますよ。そうですね、お姉さんのために事細かに説明しますとタンパク質の塊です」
ハイ、と小さな手が差し出される。黒いフードに隠れて飴色の瞳が私を見た。
「コロッケ欲しいんですか?」
「あははっ、お姉さん。なんで敬語なの? ボクの方がどうみても年下でしょ」
「そ、それもそっか。えっと、もしかして迷子かな? お母さんはどこ?」
「ボクのお母さんの行方を聞いて、コロッケの購入意欲が増すのならお答えしますよ。そうですね、数年前に死にました。トレーラーに巻き込まれて、それこそそこのミンチみたいにぐちゃぐちゃに」
うわ、なんだこの子きもちわる!
近づいてはいけないオーラがプンプン出ている。
私は三日月のように歪んだ口元を一瞥して後ずさろうとする。いやするでしょ。
「ひどいですよお姉さん。こんなにボクの情報を差し出したのに」
「タンパク質の塊の母親が肉になったなんて聞きたくなかったんだけど。よくそれでコロッケなんて食べる気になれるね?」
「ああ、タンパク質の塊っていうのはジョークですよ。きちんと水分だって含まれていますしコンマ以下の割合で他の成分も混在しています」
お母さんの話はガチなのか・・・・・・。
声変わりがまだなのか声は中性的で、細身のその体と端正な顔立ちに頭が混乱してしまう。
お姉さんと少年という魅力的なカップリングも頭に浮かんだがすぐに少女の可能性に潰された。そもそも私に年下を介抱してあげられる甲斐性はない。悲しい!
「ねぇお姉さん、お願い。買って欲しいな」
少年? が私の太ももにしがみついてくる。
わひゃあと変な声を出した私は、気付くとかぼちゃのコロッケをみっつ買っていた。
ほくほくの袋を渡すと少女? は嬉しそうに両手で頬張った。忙しそうに頬を膨らませて、そこは年相応にかわいらしさがある。
黒いフードが今の私とお揃いだななんて考えた。
「じゃあ私行くね。お母さん・・・・・・はミンチになったのか。あ、ごめん。そ、それじゃ、お元気で」
我ながらもにょもにょとハッキリしない物言いだ。年上らしくもっと優雅に去ってみたかった。
「待ってよお姉さん。ボクにだってお礼をするくらいの常識はあるんだよ?」
「お礼?」
「うん。お礼。お姉さんがいま知りたいこと、ひとつだけ何でも教えてあげるよ」
「なんでも・・・・・・」
なんでも、なんて言葉は週間天気予報くらい信用ならない。信用ならないのだけど、どうしてかこの子の宇宙のように広がる純一無雑な瞳は本当にこの世のすべてを知っていそうで、占いの館へ迷い込む廃れたサラリーマンのように私はすがりついた。
「今日の私のファッションって、その・・・・・・どうかな」
「はい?」
「あ、いや。だから、私の今日の格好。どう? オシャレ? かわいい?」
くるりと回って、ポケットの財布がぽろっと落ちてしまう。それを空中でキャッチして、ハエを叩き潰したようなポーズのまま固まった私を、男の子? がじっと見る。
「あは、あははは! お姉さんほんと面白いね。このボクがなんでも教えてあげるって言ってるのに、あははっ!」
「え、そんなに笑うところ?」
「だってお姉さん、なんでも願いを叶えてくれるという神様に、食パンの枚数を増やしてくれってお願いするようなものですよ? それ」
「食パン! それは、たしかに。うわぁ、もったいない」
神様のたとえは行き過ぎかもしれないけれど、食パンは出てくる分だけで充分だなぁと食卓に並ぶ大量のトーストを想像してお腹をさする。
「まぁいいや。じゃあ教えてあげますよ、お姉さん」
体をかがめて、覗き込むように私を見ると女の子? が満面の笑みを浮かべて言った。
「その服、かなりダサいですよ」
「う、うそだ!」
「ほんとですよ。だってそのパーカー、小学生のときに買ったものですよね。しかもそのジーパン、何度も洗濯しているせいで縮んでいるじゃないですか。あははっ、ほらくるぶし見えてますよ」
お腹を押さえてけらけら笑う変な子。自分の姿をもう一度確認して、ほんまや! とひょこっと顔をだしたくるぶしにノリツッコミする変な私。
「って、なんでこれが小学校のときに買ったやつだってわかるの!?」
「言ったじゃないですか、なんでも教えてあげるって」
「お、おー! なんかすごい。予言者みたい! じゃあじゃあ、好きって分かる? 好、き」
年下と喋ることに若干の適応をみせた私は目線を合わせるよう手を膝について、優しい声色で聞いてみた。
前髪が遮る黒い視界で、それは光った。
ニィ、と歪んだ。三日月のように妖しい口元と強い光を放つ鋭い瞳。
覗いた瞬間、そちらの世界に引きずられそうな感覚におそわれ、思わず腰をついてしまう。足がしっかりあることに安堵の息をついて、見上げる。
「あはは、ルール違反ですよ。お姉さん。今回は1つだけです」
さっきまでの異様な形相は露を払うように消え失せて、今は年相応の無邪気で、ちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
満足そうにコロッケで頬を膨らませて、軽い足取りでその子は去っていく。
しばらく呆然とお尻を地面につけたまま固まった私は、人通りの視線に気付いてもそもそと立ち上がる。
「綺麗、だったなぁ」
あの子が男の子なのか女の子なのか分からないから、カッコイイと可愛いどちらが正しいのか迷ったけど。
澄み渡る夜空を見上げた時のような情緒が、変な子に会ったなぁという素朴な感想と共に私の心に広がったのだった。
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