第6話 なんか好きになられた

 ずっと使ってなかったメッセージアプリに表示された『さくさく』という名前を見つめ、1人でにやにやしていた。


 ピコン、と軽快な電子音がして『着いたよー』というメッセージとクマのスタンプが送られてくる。


 下まで降りると、扉の向こうで咲良が手を振っていた。


「おー、まだパンのにおいが残ってる」

「余ってるのあるけど、いる?」

「この時間に炭水化物は自殺行為っしょ」

「・・・・・・だよねー」


 奥歯に挟まった食べかすを舌でなぞって、咲良を部屋に招待する。


 昨日とは違い、お風呂はまだ入っていないようで化粧がのっていた。それでもやっぱり、いい匂いがする。なんでだろう。もうそういう生き物なのだろうか。


 タイトなトップスとドット柄のスカートを見事に着こなした咲良とジャージ姿の自分を見比べて階段から転げ落ちそうになる。


 案内して、屋上へ出る。


 夜空の星に混ざって白いウニョウニョが混じって動く。


 げんなりと見つめる先で百合星人が踊るように体? をくねらせていた。


「待っていタぞ」

「どうも」


 会いたくなかったけど、会わなければ地球が煮卵みたいにパックリ割れかねないので仕方がない。


 そんな私とは対照的に百合星人は楽しみにしていたと言わんばかりに目を細める。声のトーンも若干高めで、なんとなく感情が読めるようになってしまっていた。


「えーっと、それで今日はなにをすれば?」

「なにヲ? 別に特別ナことをすル必要はないゾ。いつも通リの貴様ラを見せてくレればそれでイイ」


 思っていたよりも簡単な要求で安堵の息を吐く。


 のも束の間。


「なにせ、恋人同士なノだからナ。そウだろウ?」

「・・・・・・そっすね」


 簡単じゃなかった。


 むしろ具体的な案を出してくれた方がありがたかったくらいだ。


「じゃ、じゃあ」


 でも、私は昨日よりも咲良と仲良くなった。それなりの絡みなら最低限できるだろう。


 咲良に目を配らせると「ほい」と手を差し出してくれた。


 なるべくおどおどしないように、その手を握る。


 昨日は途中で離してしまった手。しかし今日はずっと握っていることができた。


 恥ずかしいことには変わりないけどね!


 自然と恋人繋ぎに変わって、咲良の肩がぶつかる。心なしか昨日よりも距離が近い。咲良の顔も、ほんの少し赤い気がした。素晴らしい演技力である。


「イイねぇ」


 なんだか鼻を伸ばしているような声色だった。鼻ないけど。


 百合星人は機嫌良さそうに地面を這っていた。


「ハグはしナいのか?」


 期待を込めた目で、私たちを見てくる。


 こいつ・・・・・・次から次へと要求してきやがって! 


 一応今日のミーティングでハグやらキ、キスやらもしなければいけないかもとは話したけど。だからといってハイじゃあやりますと言えるほど私の肝は据わっていない。


「・・・・・・しなイのか?」

「しますよ、しますします」


 はぁ、とため息をついて咲良を見上げる。


「ごめん、そういうことみたい」

「ん」


 私のことなんてハグしたくないとは思うけど、これも地球を救うため。咲良には我慢してもらうほかない。


 咲良が一歩踏み寄って、その細い腕を私の腰に回す。ふわ、とまるで羽毛に包まれたような感覚だった。ほんの少し、私より背丈の高い咲良の顔と胸が眼前に迫ってくる。


 直前、私は日和ってしまい体の向きを変えてしまう。そのせいで正面からではなく横から包み込まれる形となる。


 肩に咲良の顎が乗り、二の腕に鼓動を感じる。


「イイねぇ」


 やってしまったけと思ったけど、満足気な百合星人の声が聞こえ、安堵する。


 それにしても、誰かに抱きしめられるのってこんなにもドキドキするものなんだ。


 横を向いてよかった。もし正面から咲良のハグを受け止めていたら今頃私は砂となって霧散していた。 


 体が熱く、どちらの体温が高いのかも分からない。


 恥ずかしいとも違う不思議な感覚に戸惑いながらも時間が過ぎていく。咲良は、何も言わない。


 視線は足下。やりどころが分からず宙ぶらりんとなった手は首に回された腕に添えることにした。うん、なんだかそれっぽい。


「素晴らシい・・・・・・おかゲで5兆年分のキマシニウムを摂取できタ。感謝するゾ」


 キマシニウムとは。


「じゃあこれで地球は――」

「明日も来るコとにシよう」

「・・・・・・」

「ム? なんダ? なにカ文句でもアるのか?」


 ギョロ、と深海魚のように眼球が突起する。


「いえいえ! なんでも! どうぞいつでも! 私たち付き合ってるんでね! 恋人同士なんで! 別に全然! 全然!?」

「そうカ。そうデあろうナ。貴様ラは恋人同士なのだかラ。その様子を見に来ル程度大した負担でモなかロう? まさカ、恋人のフリをしてイる、といウ訳でモなケればな」

「そりゃもう! あは、あはは」


 冷や汗がドッと溢れ出てくる。


 今一瞬、地球が終わりかけた。あぶな・・・・・・。


「でハ、今日のとこロは帰るコとにしヨう。さらばダ」


 ウニョウニョと気持ち悪い挙動でUFOに乗り込んで・・・・・・あ! また屋根に穴空いてる!


 そうして一度こちらを振り返り。


「百合はイイぞ」


 言い残して、無数の星に混ざって消えていった。決まり文句なのだろうか。


 ともかく、昨日に引き続きなんとか百合星人を追い払うことができた。まったく、厄介な生命体である。


「ふぃ~。よかったぁ」


 体の力を抜いて、息を吐く。


「咲良もありがとう。これでなんとか――」

「・・・・・・」

「さ、咲良?」


 どうしたことか、百合星人はとうに帰ったというのに私を抱きしめる腕がいつまで経っても解けない。


 それどころか、咲良は私を抱き寄せて力を込めた。まるで大事な骨董品を抱くように、絶対に離さないというように。力と、想いを込めるように。


「あ、あれ? えっと、さ、さくっ――」

「奈々香」


 耳元で囁かれ、背筋がピーン! と伸びる。


 咲良の様子がどうもおかしい。そういえば百合星人と対峙している時もほとんど喋らなかった気がする。


「ど、どうしたの?」

 私の問いに、咲良の喉が鳴る。唾を飲み込む音が聞こえて、跳ねるような鼓動も感じる。


 優しく、だけど情熱的に触れる咲良の指がキュッと私の服を掴んだ。


 おそるおそる顔を上げて咲良の顔色を窺うように覗き込む。


 そこにはまるで茹だったタコみたいに赤くなった咲良の顔があって。


「ヤバイ、奈々香」


 消え入りそうな声が、今年はじめての雪と共に私の耳に降り注いだ。


「あたし、マジで好きになっちゃったかもしんない」

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