第5話 放課後の寄り道はリア充の特権!

 放課後になると咲良はすぐ人の波に揉まれていた。


 他のクラスからも男女関わらず色んな人が集まってきて、このあとの予定を立てている。


 ちょっと困ったように笑いながら指でバッテンを作る咲良は私との約束のために誘いを断っているのかもしれない。私なんかのために、なんかごめんなさい。


 後ろめたさから、教室を出て廊下に立ち尽くしていた私に声がかかる。


「おまた」


 それがお待たせの意であることに気付かなかった私は陽キャさん特有の下ネタなのかと勘違いして、その。思い出したくもないくらいに変な返しをして、咲良に思いっきり笑われた。


 顔に熱を感じながら、私は咲良の後ろに隠れるように付いて歩いた。


 少し遠出しようということで電車に乗る。この辺は田んぼだらけのド田舎だから。駅前まで行かないとお店がないのだ。


 10分ほど電車に揺られながら、咲良っていい匂いするなぁなんて鼻を利かせていると「奈々香っていい匂いするよね」と同じようなことを言われたりした。


「そう!? いやぁ~! 特になにかつけてるってわけじゃないんだけどなぁ~! あ、ちょっといいシャンプー使ってるからそのせいかな~!」

「なんかね、メロンパンの匂いがする」


 パン屋の娘に産まれたことを後悔した。ちなみに使ってるシャンプーはメリットです。リンス? なにそれおいしいの? ・・・・・・意外においしいのかもしれない。今度舐めてみようか。


 そんな話をしながら、目的のマックへと辿り着く。


 1人で来るマッグとは違って周りの目が気にならない。ちゃんと友達と来てますが? ぼっちじゃありませんが、なにか? とドヤ顔で頼んだチーズバーガーとポテトが来るのを待つ。


 ちなみに咲良が頼んだのは・・・・・・美味しそうなフルーリー。


「げ、奈々香。よくこんな時間に重いの食べられるね、太らない?」

「・・・・・・太らない」

「えー! うらやま。そういう体質なん?」

「・・・・・・うん」


 つまんだ腹の肉を見ながら答える。


 美に対する追求心の齟齬に気付いて落ち込んだ。


 咲良のカンペキなまでのプロポーションはただ神様から貰いました、というわけではないらしい。


 それにしても、今のは結構リア充っぽい会話だったんじゃない? JK! って感じだった!


 少し経ってチーズバーガーとポテトが届いて、指先についた塩を舐めていると咲良が本題を切り出した。


「でさ、昨日あたしも家に帰って百合? ってやつ調べてみたんだけど、あれなん? とりあえずあたしたち付き合ってるフリとかすればいいん?」

「あー、うん。百合って別に恋人じゃなくて友情とかも当てはまるんだけど、それで誤魔化すのはやっぱり難しいと思う。だから付き合ってるフリをするのが1番安パイなのかなぁって。あっ! で、でもさ、さくっ、らが嫌だよね! ごめんなさいっ! 陰キャのくせに偉そうに喋ってごめんなさい!」

「えっ、いやいいけど。てかむしろそれで地球を救えるならかなりコスパよくね?」


 欠けたチーズバーガーに目をやる。マッグって安い割には美味しいしコスパ的には最強と言っても過言ではない。しかしデメリットがまったくないわけではなく、安い代わりにそれなりの代償が存在する。


 いくらコスパがよくても、この私が咲良のカロリーになってしまうのではないだろうか。


 不釣り合いな外見。咲良がコミュ力の化け物であるおかげでなんとか成立している会話。綻びの影はすぐそこまで迫っているような気がしてならなかった。


「パン好きなん?」


 もそもそと食べる私に咲良が話を振ってくれる。


「き、きらい」

「え、そうなん? パン屋の娘なのに」

「だからこそだよ。昔からパンに囲まれて生きてきたから、香りだけでも憂鬱になる」

「へー、でもいまハンバーガー食べてんじゃん? それはノーカンってこと?」

「うちは基本的に菓子パンしか作らないから、こういう惣菜パンの類いはお、おっけーかな」

「独特の境界線があるんね。ふーん」


 会話終わり。


 嫌いとか、何かを否定する返事は会話を殺す究極の武器だ。


 長年ほったらかしにしてガチガチに固まった私の棘が咲良を貫く。


「そういえば接客はあんまやらないって言ってたけど、なんで?」


 それでも咲良は会話を繋いでくれる。


「ひっ、人の相手するの下手だし」

「なにそれ」


 くす、と咲良が笑う。


「それにしては昨晩ずいぶん振り回された気がしたんですけど?」

「あ、あれは地球の危機だったしっ、そんなこと言ってられなかったというか・・・・・・」

「おー、つまり覚醒したわけだ。なんか主人公っぽくね? かっけー」


 小馬鹿にされてるのか賞賛されているのか分からず「おほほ」と濁した返事をしてしまう。ちなみにお嬢様のような上品なものではなくどちらかというと妖怪のような笑い方である。


「そっかー。奈々香が接客すればもっと人気でると思うんだけどなー。看板娘てきな? そういうカンジで」

「かっ、看板娘!」


 この私が!? それはなに、看板のように立っているだけの根暗女って意味ですか!? 言い得て妙だ。


「むり、むりむり」

「えー? 絶対イケるってー!」

「だって私、人前に立てるようなビジュアルじゃないし・・・・・・」


 カーテンのように視界を覆う前髪がまつげと絡まる。


 何もかもが陰るように暗く、これより地球のために戦う人間の見る景色ではなかった。


 すると、奥で光るものがあった。


「ちょいといい?」


 言うが早いか、咲良の指が私の前髪にそっと触れた。


「ぴぎゃ!」


 踏まれたゴキブリみたいな声をあげて後ろに吹っ飛ぶ私。ガタン! と椅子が鳴りポテトが袋からこぼれる。


「なっ、ななな」

「ビックリしすぎでしょ、ちょっと触っただけじゃん」


 そんなことを言われても! 誰かに髪を触られるなんて慣れてなさ過ぎてじっとなんてしてられないよ!


 ぐるぐると目を回していると、再び咲良の指が伸びてくる。


「ほら、動かない」

「ひぃぃぃ」


 私の知らない感覚。まるで神経が宙に浮くように、体から力が抜け、カーテンが開けられる。


「やっぱり奈々香さ、前髪あげたほうが可愛いよ」


 開けた視界で咲良が朝日のように眩しく笑った。


 わ、私が可愛い? 今日ってエイプリルフールだっけ? 違うに決まっている。


「よっ、パン屋の看板娘」

「ど、ども」


 我ながら、つまらない返し! 


 それでも咲良はやっぱり笑ってくれて、私の髪から手を離す。


 幕が下り、はらはらと視界を覆う。最後に咲良の指が私の額に触れて戻っていく。


 その指先をつい目で追ってしまい、自分の口が半開きになっているのに気付くのに時間がかかった。


「どう? 今のケッコー百合っぽくなかった? まさに恋人ー! ってカンジだったと思うんだけど」

「えっ? あ、うん! そうだね。今の感じで大丈夫だと思う!」

「マジ? なーるほどね、ちょっと理解できてきたかも。今日の百合星人との面接も大丈夫そうじゃね?」

「あはは」


 って、そっか。


 これはフリだった。


 可愛いって言われてちょっと浮かれてしまっていた。


「まーこんなカンジでちょっとずつ練習してけばいいっしょ。ヤバ、なんか騙し合いしてるみたいでカッコよくね? スパイみたい!」

「たしかに」


 でも、咲良のおかげで地球滅亡の危機から一歩遠のいた。そんな気がした。これならなんとかなりそうだ。


 スマホと毛先を弄りながらフリューリーを飲む咲良の姿がなんとも頼もしい。


 ツギハギだらけの会話もそこそこに、私も食べるのに集中しはじめた。


「お、咲良ちゃんじゃーん! おひさ!」

「うぃ~っす、元気~?」


 ポテトを口の中で転がしていると、金髪やら茶髪やらのチャラチャラした男たちがこっちに近づいてきた!


 うわっ! と出そうになった声をすんでの所で抑える。


「おひさ~、そっちも元気そうじゃ~ん」


 どうやら咲良の知り合いらしく、なんだか親しげに話している。


 ていうか唇にピアスしてる! こわ!


 顔はたしかにカッコイイかもしれないけどちょっと苦手な人種だった。


 幸い私なんかには目もくれず咲良とばかり話をして・・・・・・というか見えてる? ねぇ私のこと見えてる? 


「頼むよ咲良ちゃ~ん、今日こそイイっしょ?」


 ゴツゴツとした手が、咲良の太ももを撫でた。


 それでも咲良は顔色ひとつ変えない。


 うわぁ、なんかすごい。陽キャさん同士の絡みってこんな過激なんだ。


 さっきまでリア充の世界に片足突っ込んだとか思ってたけど、井の中の蛙だった。


「あー、ごめん。今日もさ、ほら。友達と来てるから」


 言って、3人の目が同時に私を見る。


「とっ、友達です」

「じゃあいつ一緒に遊んでくれるんだよ~」


 シカトされた。


「また今度。予定が空いたらあたしから連絡するからさ。今日のとこは勘弁、ね?」

「ちぇ~。しょうがねぇなぁ~。絶対だかんな。おい、行こうぜ」

「おう、またな~。咲良ちゃん」

「・・・・・・ん、ばいば~い」


 ねっとりとした男たちの視線を振り払うように、咲良は手を揺らした。


 な、なんだったんだろう。


 よくわからないけど、センシティブな香りを感じた! 


 1人で興奮する私。あ、興奮っていうのはそういう意味じゃなくて。こんな世界もあるんだなぁという新たな発見に興奮したということで、なんのいい訳だ。


「ね、ねぇ。さっきのって」

「ん? あぁ、セフレ」


 やっぱり! 


 うぁ、うわ。本当にあるんだ。そういうの。


 というか、咲良もそういうことするんだ・・・・・・。別に、私がどうこう言う問題ではない気もするけど。


「あははっ! なにその顔。冗談に決まってるっしょ? あれ、他校の連中だよ。ま、色々あって目付けられちゃったというか惚れられちゃったみたいなんだよね」

「じょ、冗談! なんだびっくりしたー!」


 ホッと胸を撫で下ろして息をつく。それにしても、やっぱり咲良ってモテるんだなぁ、そりゃこんだけおしゃれで可愛くて、いい子なんだもんなぁ。


「まー顔はいいけどさー。ああいうがっついてくる奴、あたし苦手なんだよね。一回断ってんだけどそれでも誘ってくるからさー。・・・・・・・・・・・・ほんと、やんなっちゃうよね」

「・・・・・・うん」


 なんだろう。咲良は笑っているけど、その表情の奥に憂いじみたものを感じてしまう。


「でも、しょうがないんだよね。ギャルってこういうもんだから。選んだのはあたしなんだし」

「えっと?」

「あたしね。高校デビューなんだ」

「そ、そうなんだ。意外」

「生まれた時からこんなんなわけじゃないよ」


 笑うところだったのかもしれないけど、淀んだ雰囲気に私の表情筋も固まってしまっていて動かない。


「外見を変えれば中身も変われるって思って髪も染めたし化粧もして、見よう見まねで前に進んでみたはいいものの、やっぱり内面を変えるのって難しいわ。なんてーか、ハリボテだよね~あたし」


 私の弾いたピクルスに視線が落ちて、もう中身のないフリューリーをストローで啜る。


 ズズズ、と。それは涙を流した女の子が鼻を啜るようにも聞こえて、私はなんて言えばいいのかわからなかった。


「そ、そうだね?」

「こら奈々香。いまテキトーに返事したでしょ」


 バレてた!


「い、いやいや! えっと、そ、そう! そんなことないよ! しゃ、しゃくらは優しいし、知り合ったばかりの私に協力してくれたし! うわやっぱギャルって優しいんだな~! って思ったし!」

「お、おー?」


 適当にした返事を上塗りするようにまくしたて、誤魔化しを利かせる。


「昔がどんな人だったかは知らないけど、今のさくりゃはすごく、素敵で、あ、憧れで! なんていうか外見もよくて中身もカンペキで、もうチートかよ! って感じで! 私の話も信じてくれて、ほら! 一緒に宇宙人に立ち向かってくれて! 今朝だってドンマイって言ってもらえて嬉しかったし!」

「奈々香」

「だから、さっきの男の誘いだって断って正解だと思うし、さきゅらにはあんな男勿体ないと思うし! む、無理しないで、いいと思う。ギャルとか、陽キャとかの前に、しゃくれはさくれ、だから」


 もにょもにょと次の言葉を探す。


「それに、変わろうとしている時点ですごいっていうか。誰にでもできることじゃないし、わ、わかんないけど、私はそういうさくるぁのいいとこを大事にしていったほうがいい気もするし」


 一度も失敗したことのない人間と、何度も失敗を繰り返してきた人間。そのどちらが正しいのかはわからないけど、強いのは確実に後者のほうだと思う。強いというのは、たぶん、生きる力。


 だってそれは、今まで一度も逃げたことがないということで、逆に失敗したことのない人間はよほどの天才か全ての物事に背を向けた臆病者の二択だ。私は、きっと臆病者。


 だから咲良はやっぱり私とは違う人種で、陽キャとか陰キャとか。それ以前にもう人間性のクオリティが根本から違うんだ。


「自信を持って、いい。いい、と思う」


 咲良は、元々大きい目をまん丸に広げて、私を見ていた。


「だ、だから。さ、咲良は! ハリボテなんかじゃない! と思う。思い、ます。ハイ」


 イヤリングに照明が当たって、光る。


 チーズバーガーを頬張ると中からケチャップが溢れて、それと同じ色が咲良の頬を彩っていた。


「・・・・・・うん」


 小さく呟いたその声は、咲良らしくなくて。でもこれが咲良なんだなと、彼女の意外な一面も見られて。


「てか、やっと噛まずに名前呼べたじゃん」

「ほんとだ」


 昨日知り合ったばかりの彼女だけど、ほんの少しだけ仲良くなれた。気がする。


 うん、やはり帰りのマッグはいいものだ。 

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