第3話 ぼっち×ギャル×宇宙人

「好きになってって・・・・・・うえぇ!? 田中、なに言ってんの?」

「突然こんなこと言われても困るのは分かるよ! でも、これも地球を救うためなの! 大丈夫、私も浅倉さんのこと好きになるから!」

「なおさらどういうこと!?」


 浅倉さんが私に向ける視線は完全にクラスメイトへのものではなく、不審者を見るそれだった。


「ちょ、タンマタンマ。一旦着替えてくるからちょい待っててくれる?」

「1分以内で! 時間がないの!」

「えぇ!?」


 驚きながらも、浅倉さんは奥へと引っ込んでから30秒程度で戻ってきてくれた。


 ピンクのもこもこを羽織って、ピンで前髪を留める浅倉さんはすっぴんということもあってか学校で見るよりも少し幼く見えた。それでもほんのり湿った髪と血色のいい肌が色気を醸し出していて、ドキっとする。お風呂上がりなのかな。


 それにやっぱり、大変豊かなお胸をお持ちのようで。え、それブラつけてるの? すごく気になった。


 でも今はそれどころじゃない。


「緊急事態なの! 私と一緒に来て! 説明は走りながら!」

「お、おー! りょうかい!」


 私の緊迫した雰囲気を感じたのか、浅倉さんはうろたえながらも頷いてくれた。


 寒空の下、2人でせっせと走る。


「百合宇宙人がね! この星で最も尊い百合カプを連れてこいって言うの! はぁ、はぁ! でも! そんな人知らないし、10分以内とか言うからさ! はぁ、ひぃ! もう浅倉さんに頼むしかないって思って!」

「う、宇宙人? 百合? 田中、それ、マジで言ってんの? てか、百合ってなに?」

「そっから!? えっと、ほら、女の子同士での恋愛というかなんというか。たまに駅前とかでも手繋いで、はぁ。歩いてる女の子いる、でしょ? ふぅ、ふへ」

「あーいるいる! あ、もしかしてレズってこと?」

「・・・・・・・・・・・・」

「って、田中?」


 返事をしない私を不思議に思った浅倉さんが振り返る。


 私はすっかり息があがってしまい、その場でへたり込んでいた。これが陰キャの体力・・・・・・日頃の運動、大事。


「レ、それ、ど、かな。ほーっ、だとお、もう」

「なに言ってんのかわかんないよ。てか、大丈夫なん? 休んでく?」

「はぁ、はぁ・・・・・・休む。休みたい。寝たい。でも、行かなきゃ・・・・・・! 地球が滅んじゃう!」

「た、田中」


 地べたを這ってでも、私は浅倉さんをあの白滝のもとへと連れていかなきゃ。


 この地球を救えるのは、私だけなんだから・・・・・・!


 あれ、今の私。ちょっと主人公っぽくない!? 


「行こう。私たちが救うんだ。この手で」

「なんで倒置法?」


 ひぃこら言いながらも、なんとか私は足を動かして家を目指した。


「で、さっきの話の続きなんだけど。百合星人が百合を欲してるみたいなの。だから私たちでなんとかその欲求を満たしてあげられないかなって!」

「あたしそういうのわかんないんだけど、具体的にはなにすればいいん?」

「えーっと、とりあえず。尊いこと」

「具体的に、って言ってんだけどね」


 そうは言われても、正直なところ私だって分からない。


 SNSを漁っているとたまにそんなようなイラストが流れてくることはあるけど、それを再現するには私のビジュアルが分不相応すぎる。正直その辺は、浅倉さん頼りにするしかない。他力本願最強!


 やがて家へ着くと、はしごを昇って屋上を目指す。


 天井を抜けて、外の風に触れた。


 月光に冴える白滝が、颯爽と現れた私たちを見据える。


「うわ、マジじゃん」


 隣の浅倉さんが、小さく呟いたのが聞こえた。そりゃビビるよね。


「約束通り連れてきたよ」

「ふム」


 まるで私たちを見定めるような視線がつま先から頭へと注がれていく。


 相変わらずギョロギョロした宇宙人の眼球は気持ち悪い。浅倉さんは・・・・・・興味深そうに眺めていた。適応力よ。


「なるホど。地味女とギャルのカプか。悪くナいだろウ」


 自覚はあるけど、宇宙人からみても私は地味なのか・・・・・・ちょっとショック。


「それデ?」

「はい?」

「手は繋がナいのカ?」

「手、ですか」

「そウだ。尊い百合とイえばまずソれだろウ。まさカ、できナいとでも言ウのか?」


 ジ~っと宇宙人が私たちを見てくる。ヤバイ。ちょっと疑われてる。


 浅倉さんに目配せすると、視線が交差した。


「田中。もしかして手繋いだほうがイイ系?」

「あ、うん。そうみたい、なんだけど」

「じゃあ繋ごよ。ほれ」


 そう言って、浅倉さんが私の手に触れて。


 ぎゅ。


 握った。


「これでいい?」


 浅倉さんが物怖じせず宇宙人に尋ねる。


「恋人繋ギ! 恋人繋ギ!」


 触手と触手を打ち合わせてウネウネ動く宇宙人。


 ええい! うるさい野次だ! お前ほんとに宇宙人か!? なんか妙に人間臭くない!? どっかにチャックあるでしょ!


 なんて考えてる間にも、浅倉さんの細い指が私の不細工な指に絡まってくる。


 うひゃ~~~~!!


 なにこれ恥ずかし!


 浅倉さんはなんとも思ってないような顔のまま私の手をにぎにぎしてくる。


 冷たい風が吹いても変わることのない火照った手のひら。


 肩が時々触れるほどの距離で、浅倉さんの体から漂うシトラスのような香りが鼻をくすぐる。シャンプーの匂いだろうか。やば、脳みそ蕩けそう。


 やがて手のひらの熱が頭にまで上がってきて、のぼせたみたいに体幹が崩壊しはじめる。


「あひゅっ!」


 我慢できなくなった私は、ついその手を解いてしまう。


 両手を挙げてホールドアップした私を宇宙人が細目で睨んでくる。


 や、ヤバ! やっちゃった!?


 私のせいで地球終わり!?


「ほォ~~」


 相撲中継を見ている時のお父さんみたいな声をあげたのは宇宙人だった。


「そコのギャル」

「え、あたし?」


 浅倉さんが自分を指さして反応する。


「貴様ハその女のことガ好きか?」


 な、なんてことを聞くんだ。


 私と浅倉さんは陰キャと陽キャ。例えるなら月と太陽。あ、いや。私はおそらく月ですらない。多分、太陽とスペースデブリくらいの相互関係。


 しかも今日はじめて会話をして、それも会話という会話にすらならなかった悲惨な仲だ。


 それでも浅倉さんは私を一度見て、うーんと考えてから。


「好きだよ?」


 そう言ってくれた。


 宇宙人を騙すための嘘だとは分かっていても、そう言ってくれることが嬉しくて鼻の奥がツンとした。え、ギャルが優しいって都市伝説、実はほんとだった?


「ならばソこの女ハどうダ」


 私の方へ触手の先端が向く。


 浅倉さんが協力してくれている今、私も答えないわけにはいかない。


「もちろん。す」


 す。


「す、す」


 って、あれ?


「スゥ~~~~ッ」


 好き。その一言が出てこない。


 そもそも、好きなんて単語は推しのアニメやマンガにしか使ったことがない。人物に対して好きなんて言ったことは今まで一度もないのだ。


 脳と口がバグって、それが声にならない。


「あ、あう。あう」


 ど、どどどどうしよう! また宇宙人が疑惑の目を私に向けてる! 


「田中」


 そんな時、ぼそっと浅倉さん私の耳元で囁いた。


 鼓膜を撫でるようなハスキーな声に背筋がぶるっと震える。


「あたしに合わせて」


 こくっと頷くと、浅倉さんは自然にため息をついて見せる。


「ごめん宇宙人さん。田中の好きはさ、あたし以外には聞かせたくないんだよね。だからあたしが言わないでって頼んでるんだわ」

「そウなのか?」


 こく! こく!


 私は赤べこと化していた。


「だからさ、田中を責めないでやってよ」


 背中に浅倉さんの手が触れて、勇気づけるように撫でてくれる。


 一つの失敗でこの地球が滅ぶ。そんな重圧から解放してくれるように。


 あ、やば。泣きそう。


「なルほど。ふム。そウだな。我々百合星人とシたことが、少々野暮なコトを聞いテしまったよウだ。すまナい」


 触手が垂れて、頭を下げているような仕草を見せる。


 なにこの宇宙人理解度高すぎ。


「いいジャないか! ポジティブで優シいギャルと、冴えナい陰キャでなんの取り柄モない地味で引っ込み思案でコミュ障でぼっちなオタク女の百合。いいジャないか!」


 おいこら宇宙人!? それはちょっと言い過ぎなんじゃない!? 否定はしないけどさ! それでも言葉は選んで欲しい! この星には思いやりって文化があるの!


「いいダろう。こんナにも尊いカプがアるとは、この星もナかナか捨てたもノではないようダ」

「ということは!」

「あア。滅ぼスという話は保留にシよう」

「ほんとですか!? あ、ありがとうございます!」


 どうやら地球の危機は過ぎ去ったようだ。


 まぁほとんど浅倉さんのおかげだけど! 私だけだったら今頃地球は半分に割れていたと思う。ほんと浅倉さんに感謝。陽キャさんの対応力ぱないっす!


「でハ。こレからも貴様らノ百合絡みを堪能さセてもらうコとにしよう。今夜は一度我々の星に帰ルが、また明日拝ミに来さセてもらウ」


 そう言って宇宙人は屋根に刺さったUFOの中にシュルシュルと入って。


「百合はイイぞ」


 妙にいい声で言い残して、夜空に混ざって消えていった。


 しばし見上げて、隣を見る。


 浅倉さんと目が合って、口を開く。


「・・・・・・・・・・・・明日も来るって」 

「そう言ってたね」


 さっきまで帯びていた熱が風にさらわれて、どこかの星目がけて消えていく。


 平凡な私の平凡な日常が一瞬にして崩れ去った瞬間。


 まるで主人公が体験するようなイベントに巻き込まれた私だけど、手放しに喜ぶことはできずに。


 困ったように笑う浅倉さんの隣で呆然と立ち尽くすのであった。

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