第2話 未知との遭遇!?

 夜になるとパン屋は閉まり(今日は私が勝手に閉めた)屋根裏に薄暗い明かりが灯る。


 はしごを昇って天井を開けると屋上に出られる。


 星空の下、私は『地球外知的生命体防衛本部』と書かれたテントに入り望遠鏡を覗き込む。


「今日も異常なし、と」


 念のために望遠鏡を録画モードに切り替えて、廃棄のメロンパンを頬張った。


 そう、これが私のもう一つの仕事。


 空を監視し、地球外知的生命体からの侵略を阻止する。それが『地球外知的生命体防衛本部』としての使命である。


 昼はパンを焼いて、夜は地球を守る。


 影で暗躍する主人公みたいでカッコイイでしょ?


 教室では地味な女の子だけど、実は宇宙人と戦うスーパーヒロイン!


 ――だったらいいんだけどね。


 残念ながら、この『地球外知的生命体防衛本部』はそんなたいしたものでもないしましてや政府公認のものでもない。


 じゃあなんなのかと言われると、これは我が田中家が代々行ってきたしきたりのようなもので、遡ると江戸時代。頭にちょんまげを乗せて控えおろうとか言ってる時から続けていることらしい。


 毎晩望遠鏡で夜空を見上げ、UFOを探す。


 蓋を開けてみればなんとも地味な防衛でありうさんくさい本部である。これじゃただの天体観測が趣味のJKだ。


 おじいちゃんのおじいちゃんのそのまたひいおじいちゃんが一度宇宙人に遭遇をして会話もしたなんて言っていたらしいけど、信憑性は察しの通り。


「まあでも!」


 こんな地味な私でも宇宙人から地球を守ったとなれば、きっとニュースになって有名人。脚光を浴びてウハウハな生活が待っているに違いない。あわよくばイケメンの彼氏だってできるかも!


 そんな宝くじを買うような気分で今日も私は夜空に夢を探した。



 1時間ほどで飽きた。


 人の夢なんてそんなものだ。


 さっさとお風呂に入ろと毛布やらなんやらを片付ける。


 最後に望遠鏡のピントを合わせて明日に備える。そんないつもの作業をしている時だった。


 ――シュピン。


 ――ゴゴゴゴゴ。


 ――キィィィィン。


 空が鳴るような音がして、覗き込んだ穴いっぱいに広がる流れ星。


「うそ!」


 まさかと思って前のめり。手に持っていた毛布を握りしめる。


 光はどんどん近づいてきて、もう肉眼でも見えるようになっていた。


 というか。


「こっち落ちてきてない!?」


 言ってる間にも目の前が真っ白になり、光を纏った確かな物体が家の屋根に・・・・・・突き刺さった!


 ボガン! といや~な音がしてテントが破け、食べかけのメロンパンが粉々に飛び散った。ひえっ。


 おそるおそる近づくと、それはやはり間違いなく。UFOだった。


 扉というか、蓋? が開いて、私は生唾を飲む。


「ピ」

「うわ!」


 中から出てきたのは白滝みたいにウニョウニョした奴だった! きもちわる!


 うねった触手の先にちっちゃい目がついていて、それが私を見据える。きもちわる!


「我々ハ宇宙人ダ」


 今時そんなコテコテのテンプレ言う奴いる? というツッコミは胸の内にとどめておいた。


「この星ヲ滅ぼしニ来タ。全員死ネ、カスが」

「殺意が高い!」


 というか日本語通じるんだ・・・・・・。


 うわどうしよう。まさかこんなことになるなんて。


 今はお母さんもお父さんも家にいないし・・・・・・あわわ、もしかしてめちゃめちゃピンチなのでは。


「じゃア、乙」

「いやそんなおつかれーみたいな感じで地球滅ぼさないでくれるっ!?」


 気を抜いて次の瞬間地球がアボン。みたいな結末にはなりたくないのでウニョウニョ動く触手に制止を促す。


 意外にも私の声にきちんと反応してくれて、宇宙人は動きを止める。


「あの、その。地球を滅ぼすのは・・・・・・勘弁してくれませんか」

「そウはいかない。こノ星の物価は高すぎル。コンビニでお茶を150円で買った後にスーパーで80円で売っテいるのを見タ時の我々の気持ちが貴様ニ分かルのか?」

「えっと、なんの話?」

「こんな星は滅べばイイ」


 白いウニョウニョに目が一つあるだけだから表情は分からないけど、なんとなく怒っているように聞こえた。


「そこをなんとか、お願いします!」

「ふゥむ、しかしナ・・・・・・ム?」


 ふと、宇宙人の視線が『地球外知的生命体防衛本部』と書かれたプレートに移る。


「・・・・・・いいダろう。地球を滅ぼスのは少し考えル」

「ほんとですか!? ありがとうございます!」


 何を思って考えを改めてくれたのかは分からないけど、とにかくラッキー。喜んでおく。


「しかし、条件付キで、ダ」

「条件付き?」

「ソうだ」


 触手がぽにゅんと目の前で跳ねた。


 弾力があって触り心地がよさそう。


「我々ハ8つの銀河を支配すル宇宙民族。百合星人ダ。我々の原動力となる百合。この地球デ最も尊い百合カプを我々の元へ連れテこい」

「は? 百合? はい?」

「だかラ、百合ダ。まさか知らナいのか? そうカ残念だ。ならバこの星は――」

「あー! 分かります、分かります! あれですよね! 女の子同士でイチャイチャというか、女の子同士の、あれですよね!」

「分かってルじゃないカ。そうダ。今かラ十分以内。十分以内に百合カプをここに連れてこイ。そうすればこノ星にハ今後手を出さナいと誓おウ」

「10分!?」


 私の声に、触手の目が「できないのか?」と反応する。


 うぐぐ、そんな。10分以内に百合カプを見つけてこいなんて。そもそも私の周りにそんな子いないし、というか私友達いないし知り合いいないし・・・・・・。


 あれ? 地球詰んだ?


「あト8分」


 無情なカウントダウンに、私の体が震える。


 訳の分からない状況だけど、今。地球が滅亡の危機に瀕していることに間違いはなくって、そうすると私の家も、お母さんとお父さんも。全部消し飛んでしまう訳で・・・・・・。


 それは、冗談抜きでヤバイ。


 今からじゃもう警察に電話する時間もNASAにこいつを倒してもらう時間もない。


 私の力で、なんとかしなくちゃ。


「あト7分」


 考えろ、考えろ私!


 百合カプ、この近くに百合カプ・・・・・・!


 この近く、この近くに・・・・・・!


「・・・・・・・・・・・・あっ!」


 ひとつ、ひとつ思いついた。


 地球を救う、唯一の方法。


 でも・・・・・・。


「あト6分」


 あーもう! 考えてる暇なんてない! 


 私はすぐに駆けだして、夜道を走った。


 よく行く八百屋さんを目指して、その向かい。


 ウミウシみたいな色の家まで行き、決死の覚悟でチャイムを鳴らした。


 10秒ほどして、鈴の音と共に扉が開く。


「はーい。って、あれ? 田中じゃん。さっきぶり。どしたん? こんな夜中に」


 もう心臓バクバクで、私のキャパシティを超えた行為であることは明らかだったけど、これも地球を救うため。


 私は自分の顔が真っ赤になるのを自覚しながら浅倉さんに言った。


「浅倉さん! 今から私のこと好きになってくれない!?」

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