第34話 怪人参上

 ピンチに陥っている味方の姿を確認した後、先行したチームメイトが怪人を誘導し、新沼に背中を見せるように仕向けた。

 ライブ配信カメラが一部始終を多くの観客に伝えている――やらせだと気づかれないように振る舞うのも簡単ではないのだ。


 新沼が甲殻を叩く状況にも理由をつけなければならない。

 一人が飛び込んだ、怪人がそれに反応して隙を見せた、だから新沼が叩くことができた――と考え過ぎな気もするが、粗があれば違和感に気づく者も多い。

 実際、魔法少女側にも怪人側にも、システムに気付いた聡い素材はたくさんいるのだから。


 がら空きになった怪人の背中へ、新沼がハンマーを振り下ろした。

 だが、彼女の頭の中には加減をしなくてはならないという意識があった。


 失敗できないという緊張感も同時に手元を狂わせる。

 元々細かい作業や微調整が苦手な新沼だ。

 出した結果は言わずもがな――、


「……っ、あ――」


 ……ハンマーが、甲殻に弾かれた。


 大きくバンザイし、今度は新沼の体ががら空きになり、今後の台本の内容の全てが使いものにならなくなった。

 甲殻をどうにか割らないとならないのだが、割れる可能性があるのが新沼しかいなかったことを、もっと対策しておけば良かったと全員が後悔する。


 スケジュールやギャラの兼ね合いで限られた人員で強行した判断にも原因があるが、全員が信じていたのだ。

 これくらいなら、新沼にもできるだろうと。


「ほんっっとに、使えない魔法少女ね……!」


 カメラを忘れて暴言を吐く魔法少女が、すぐに動き出して台本の修正を試みる。

 甲殻をどう割るか、戦いながら考えるしかない。


 ……ごめんなさい。

 そう新沼が呟いた時だ。


「にーぬまがいる」


 ハンマーを手放しそうになった新沼の耳に届いたのは、聞こえるはずのない妹の声。


 …………きらな?


 怪人に接近する魔法少女が見たのは、怪人の姿が介入してきた誰かの回し蹴りによって外へ吹き飛んでいく光景だった。


 甲殻が割れるとかもはや関係なく、その一撃で怪人は遠方のビルの壁に激突し、地面まで一直線に落下していた。


 ……立ち上がらない。

 完全に伸びてしまっている。


 …………は? と声にならない息が漏れたところで、やっと意識が目の前に向いた。


 悪魔がいた。

 隣には骸の面ではなく、人間の皮をそのまま剥ぎ取ったような骸姿の死神が。


「な、なによあんたら……」

「悪に徹しろ悪に徹しろ悪に徹しろ……」


 小さな悪魔の呟きに、魔法少女たちが、ひっ、と悲鳴を漏らした。


「今更言うまでもなく知ってると思うけど、多少のダメージなら魔法少女の衣装が吸収してくれるから大怪我をすることはないと思うよ」


 骸の言葉に、悪魔が笑った。

 ――知ってる、と。


 聞き終えた頃には、魔法少女の顔に鳥の骨格を持つ足が接近しており、一瞬で躊躇なく蹴り飛ばされた。


 ビルの内部を突き破って魔法少女の体が反対側のビルの壁を破壊し、外に飛び出した。

 その様子を、周囲で旋回していた空中カメラがしっかりと捉えていた。


 地面に横たわる魔法少女の姿が、全国に放送されてしまっている。

 同時に、魔法少女たちが浮かべる、本気の恐怖の表情までも――。



 台本に従い、あくまでも目の前にいるのは悪役を演じる怪人。

 本気で戦わないし、怪我をしないように配慮されている。


 そんな安全が保証された戦いに身を置いて、ぬるま湯に浸かったまま大きな顔をしている魔法少女が大半だろう。


 それもそのはずだ、怪人と本当の殺し合いをした経験がある魔法少女はいないのだから……きらなたちを前にして逃げ出しても責めてはならない。


「みんな逃げちゃったけど……どうする?」

「あ、待ってこみ……骸ちゃん、まだいるよ」


 名前を出しそうになって咄嗟に言い換える。

 素顔に多少のペイントを施しただけのきらなとは違い、こみどりちゃんは元が誰なのか分からない変貌を遂げているのに、名前を出したら台無しだ。


 世紀の大悪役を演じるのだから、覚悟はできているにしても、名前をばらすのは抵抗があったのだ。


「…………きらな、でいいんだよね……?」


 きらなの方は一目でばれている。

 まあ、すぐに分かってもらえるように大きな細工をしなかったのだから、これはこれで予定通りではあるのだが。


 全国に放送されているので顔見知りは正体がきらなだとすぐに分かるだろう。

 ……ああ、後が恐い。


「…………なにやってんの?」

「え、っと……怪人デビュー?」


「ほんとに、なにやってんのッ!?」


 新沼の強い口調に足が下がりそうになったがなんとか踏み止まった。

 比較的温厚な方の新沼でこうもびびっていては、他のメンバーが来た時、ついつい逃げ出したくなってしまう。


 最難関はまさ姉かな……、お姉ちゃんには、見放されそうだけど……。


 ――それでも、彼女たちが魔法少女である限りは、放っておくことはできないはずだ。


 これでも、本当ではないとは言え、妹として接してきた。

 自分で言うのもなんだがある程度は可愛がられていたはずだ。

 そこを期待して大一番の勝負に踏み込んだのもある。


「……にーぬまだけ?」


 他のメンバーは別地区にいるはずなので、きらなの襲撃を知ってもここまで駆けつけてくるのに時間がかかるはずだ。

 高原に至っては丸々一つ分の地区を跨ぐ必要があるため、長くなることは必至だろう。


 当然、きらなの襲撃を知りながらも来ない可能性も考えられたが。


 森下はもしかしたら現れないかもしれない。

 中でも最も駆けつけてきそうなのが海浜崎である。

 好戦的な彼女が、充分に暴れられるこんな機会を見逃すはずもない。


「きらな」

「え、あ、骸ちゃんは普通に名前を呼ぶんだね……いいけど」


「外から誰かきてる。私、足止めする?」


 ビルの一室から外を眺めて見える向こうのビルのモニターには、この場所の中継映像が映されていたが、場面が変わってこちらへ向かう一人の魔法少女を映していた。


 きらなよりも小柄な魔法少女が、猛スピードで飛行している。

 やはり予想通り、海浜崎みにぃであった。


「来てほしいのはお姉ちゃんだから……うん、お願い骸ちゃん」

「うん、分かった。あとね、きらな」


 こみどりちゃんが、自分の頬をきらなの頬へこすりつけた。

 生身だったら決してできない行為だ。


 その骸顔だからか、それともこの状況だからか、ともあれ普段のこみどりちゃんとは違うのだと証明された。


「いいよ、名前を隠さなくても。きらなに付いてきた時点で、一緒に責任を取るつもりなんだからね――」


 言い残して、こみどりちゃんがビルから飛び降りた。


 避難誘導がされている人々のど真ん中にこみどりちゃんが降り立ったことで、現場は混乱し拡声器による誘導の声も過激さを増していった。

 こみどりちゃんが立つ周囲だけぽっかりと穴が空いたように、人々の流れが岩によって分かれた川のようである。


「大丈夫かな、こみどりちゃん……」


「自分の心配をしなよ、きらな。……さすがにさ、これはイタズラだとか我儘で済ませられる領分を越えてるよ。アタシたちがいくら口添えしたってね、これはテロだと勘違いされてもおかしくないんだからね!?」


「うん、もう覚悟は決めてるもん」


「嘘! 怪人になってなにがしたいの!? 多くの人を困らせて、命の危機に晒してまで達成させたい目的がきらなにあるとは思えない! そんな半端な気持ちに強い覚悟があるはずないんだ!」


「あるよ、だって――」


 きらなの答えに新沼が言葉を失った。

 確かにそれは、きらなにとって覚悟を決めるのに充分な理由だったのだから。



「魔法少女のためだもん」

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