第33話 作戦開始
「あんたら、戻ってきな! 人様に迷惑をかけるんじゃ――」
気づけば、すっ、とママの首元に鎌の刃が突きつけられていた。
鎌を持つ骸姿のこみどりちゃんが背後に立っている。
ママを挟むようにきらながゆっくりと近づき、その姿が怪人で安定したようだ。
周囲の通行人がきらなとこみどりちゃんに気づいたようだ。
小さいが悲鳴が上がり、波紋のように騒ぎが広がっていく。
だが、元々ザリガニ型の怪人が姿を現しているため、耐性ができているのか、魔法少女がなんとかしてくれるだろうと焦りはないようだ。
魔法少女は失敗がほとんどない――当たり前だ、台本通りの結果なのだから、魔法少女が敗北したまま終わる事件は存在しない。
一度負けたとしても二度目の戦いで必ず勝利するのが魔法少女の役目である。
「ママ、これからわたしたちは怒られることをするから。……もう、誰かに責任を押しつけるなんて失敗はしないように……今からママを脅すね」
「あんたら、一体なにをしようと……っ!?」
「わたしたちがしたことについて後で責任を問われても、命を代償に脅されたって言い訳してね。仕方なく従うしかなかった、って分かれば誰もママを責めたりはしないだろうから」
「……あのね、あたしはこれでも管理職なんだよ、直属の部下でしかも未成年がしでかしたことの責任は、大人のあたしが取るに決まっているだろう!?」
「はい、ママ、もう口は塞いでね」
背後からこみどりの腕が伸び、剥き出しの骨の手で口が塞がれた。
「野次馬がスマホで録画してる。迂闊に喋ったら仕込みだって分かっちゃうよ」
きらなとこみどりちゃんが目を合わせ、互いに頷いた。
こちらへ向くスマホのカメラを意識しながら、
「殺されたくなかったら、わたしたちの言うことを聞くんだね」
毎回、台本を覚えるのに苦労する。
覚えられたとしても演技力がない新沼りりなは他と比べて浮いてしまう。
頑張っているのは周りから見ても分かるのだが、空回ってしまって失敗が積み重なり、負の連鎖が続いてしまうのだ。
新沼小隊で活動していた時は演技が上手い海浜崎や森下……演技力というか素のままで役をこなすフラットな高原のおかげで新沼の失敗もカバーされていた。
……長い日々をチームとして共にしていたあのメンバーだったからこそ重大視されていなかった欠点である。
しかし、新沼が今いるチームのメンバーとは、未だに打ち解けられていなかった。
実力主義のメンバーが多く、自分の失敗は自分で取り返すのが暗黙のルールであった。
チーム内の絆も固くはなく、失敗すればチームから外され、個人の仕事が減るだけなので積極的に誰かをフォローしようという者がいなかった。
そして、新沼以外の魔法少女は、知能が高ければ要領も良かった。
「あの怪人の甲殻を割る役目、新沼だけどいける?」
「は、はい! いけます! アタシのステッキはハンマーなので!」
「そう。じゃあ任せたわ。ただ加減はしなさいよ? 向こうも割れやすくしてくれてるとは思うけど、だから尚更甲殻の下に衝撃は流さないこと――いいわね?」
隊長の視線に、はい! と言わされた。
正直に言えば、加減のイメージがまったく湧かないので自信がなかった。
新沼のハンマー、一振りで怪人を倒しては求めている効果が薄くなってしまうため、あくまでもハンマーの一撃は甲殻を割り、相手の弱点を引き出すに過ぎない。
新沼の役目はこれだけだ。
それ以上でも以下でもなく、割る、という目的だけを達成すればいいだけの話――なのだが、ステッキを握る手が震えていることに気づいた。
「震えるな、震えるな!」
片方の手で叩く。震えはすぐに収まったが、覚えていた段取りがすっぽ抜けてしまった。
「あっ……、台本台本……」
「新沼、早くしなよ」
カバンを漁っている新沼に気づいて、メンバーの一人が声をかけてくる。
「ごめん、段取りをちょっと確認したくて……」
「また? 台本貰って何日よ。記憶力が悪いなあ。やっぱり、使えない新沼小隊の隊長を務めていただけあるね」
使えない新沼小隊。
そう呼ばれていた。
問題児が多い小隊でも有名だが、魔法の効果もさることながら、派手な割りに得られる効果が薄いと言われていた。
会社としては利益が少ない、と――そのくせ口が達者で報酬の交渉もしてくるのだから厄介な娘たちだ。
そんな時に森下の問題行動に目をつけた本社が、チームの解体を検討し出した。
やはり使えないだけで未成年のチームを大人の事情で解体するには抵抗があったのだ。
いくら会社のためとは言え――そんな時にれいれの人気が高まり始め、四人に仕事が回らなくなったことで会議を踏まえ解体の命令が下った。
それぞれが別の地区へ異動するという処分になったのだった。
そのため新沼の名は知れ渡っており、使えないという烙印が押された状態で新たな小隊へ加入した。
そのため喜ばれるはずもなく、新沼は、できるだけ問題を起こさないでくれと隊長直々に釘を刺された。
しかし新沼は空回りするタイプなので、問題を起こさないようにすればするほど不思議と問題が起こってしまう。
チームメンバーと打ち解けられない原因はそれだろう。
新沼には辟易しているはずだ。
それを感じ取ってしまうので、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
なんとかしようとしても負が負を呼び寄せるために、連鎖が未だ途切れていない。
「セリフを忘れても次は助けないから」
「うん、分かってる……」
「台本はしまいなさい。そろそろ出番。あたしたちは隊長たちのピンチに駆けつける魔法少女よ、登場と同時にあんたが怪人に攻撃する――段取りなんてこれだけじゃないの!」
一緒に登場する予定の魔法少女が、楽屋から先に出てしまう。
慌てて、新沼も追いかけた。
「……失敗することで人気を集めるあんたなんか認めない」
子供たちは、中々格好良く決まらない新沼に共感を覚え、最近は人気が上昇し始めていた。
新沼としては意図していない失敗なのだが、結果を見た魔法少女は、周りの輪を乱して一人だけ抜け駆けして人気を集めるせこい奴、と思っているらしいのだ。
なんとか誤解を解きたいのだが、本人が言っても説得力はなく、普通ならこなせるはずのことができないために、さらに誤解が強まってしまう。
今は、誰も新沼をバカとは言わない。
言ってくれない。
バカ、なんていう愛称で誤魔化されてはくれない。
実力不足だと、現実を突きつけてくるのだ。
「行くわよ。役目もまともに達成できないくせに、下を向いてんじゃないわよ」
落ち込んでいた気持ちを切り替えるために両の手の平で頬を叩く。
「――大丈夫!」
出番まであと数秒もない。
爆破され、内装が見えているビルの一室へ、同じ高さのビルの屋上から飛び移る予定だ。
新沼はステッキを巨大なハンマーに変化させ、タイミングを見計らって先行する仲間の後を追って飛び出した。
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