第32話 最後の愛
「…………どういう、こと……?」
小さい頃に見た魔法少女のかっこいい姿は……、どれだけ傷つき、ピンチになっても立ち上がって、大きな背中を見せて子供たちを救ってくれたあの勇姿は――、
いつどこで怪人が現れ、どんな破壊活動をするのか。
互いの傷の数、軽傷重傷の比率、立ち位置、周囲の被害状況など、全てが計画通りに進められていたとでも言うのか。
「理想は、そうだね。ただ魔法少女も怪人も元は人間だ。失敗は誰もがするさ。立ち位置を間違えて瓦礫に巻き込まれてしまいそうになる場合もある。だから最も必要なのはアドリブ力なのかもしれないねえ。それに、舞台上で振る舞える度胸がなければできない仕事さ……だからこみどりはいつまで経ってもデビューができないんだよ」
「わ、私は出たくない!」
「スカウト組だから素質はあるんだけどねえ……まったく、あんたは勿体ない」
「まっ、待って、待ってよ! そんなさらっと明かさないで! え、ええ!? じゃ、怪人はなにも悪くなくて、でも魔法少女にやられていたってことになるんじゃ――」
「そうだよ、あくまでも怪人は魔法少女を引き立てるための役さ。間違っても魔法少女よりも目立ってはならない。……まあ、たまに魔法少女のパワーアップ演出のために圧倒的な力でねじ伏せる台本もあるけどね――あ、今度出番があるよ、こみどり」
「絶対にい・や・だ!」
隠れ切れていないがこみどりちゃんがきらなの後ろに隠れ、きらなの両肩を掴む。
しかしきらなは放心状態のままだった。
……大人たちは、全部知っていて……魔法少女に注目させようとしていた、って……。
子供だけの憧れの的ではない。
大人たちも知らない者は魔法少女を町と自分の身を守ってくれるセキュリティシステムだと認識している。
当たり前のように存在して守ってくれているため、社会に浸透している魔法少女は無差別に信頼に値するものなのだ。
魔法少女が言えば、多数の人間が守るし、守らない者は怪人が襲っているという実例を出せば、持っている反対意見を押し潰せる。
人々はゆっくりとだが、政府の方針に操られていると言ってもいい。
と、悪く言ったが政府が喚起しているのは理不尽なことではない。
犯罪はいけない、働ける体を持っていながら生活保護を受けている、心を閉ざしてしまった不登校の少年少女に刺激的ではあるが登校するきっかけを与える、など、独裁をしたいわけではない。
最初から二割は言うことを聞かないだろうと踏まえた上での、裏で動く政策なのだから。
他にも諸々の意図はあるが……あくまでも魔法少女はコンテンツであり、昔ながらのバラエティだろう。
閉鎖的な娯楽に独占されてしまっている近年の子供たちの興味を再び開放的なものへ変えるために一石を投じた……という実験のようなものだ。
魔法少女たちが持つキャラクター性に、子供たちは夢を抱き、大人はアイドルと同じように癒やしを得る。
魔法少女や怪人役をやった者もゆくゆくは演技力、運動神経が別の場所で活かせることになるだろう。
未知のオーパーツ、と言われている悪玉と善玉の出現が、様々な歯車をがっちりと合わせて繋げた結果なのだ。
問題というべきか、懸念点があるとすれば――、魔法少女を見て憧れを抱いたまま育った子供が成長し、学年が上がれば、必ずと言っていいほど、魔法少女になりたいと志願する。
サッカー少年がサッカー選手を目指すのと同じなのだ。
だが、違うのは夢を夢のまま見させてあげることはできないという点だ。
スポーツにもその世界で生き残れるか分からない努力の厳しさというものがあるが、根本から夢を壊すようなものは存在しない。
しかし、魔法少女の場合は子供の頃憧れていた魔法少女の姿や行動は全て作り物だったと明かさなければ始まらないのだ。
憧れていた者ほどショックは大きく……、
残っている者は他の分野では成功できず、魔法少女に興味がなかった者ばかりだ。
皮肉なことに、行く末は魔法少女に心酔していない者ばかりになるのだろうか。
……え、じゃあ、じゃあだよ、全てが台本通りで、みんなが協力して一つの戦いを作り上げていたのだとしたらだよ!?
きらなは気づいた。気づいてしまった。
――自分が手助けだと思ってしていたことは、邪魔以外のなにものでもなかった。
魔法少女と怪人が一致団結して作り上げようとしていた物語を、滅茶苦茶にかき回して破綻させようとしていたのだ。
勝手な行動のせいで、女の子が一人、入院するほどの怪我をして、台本通りに演じていた怪人を、倒してしまった。
その全ての責任を森下が取ったのだ。
今更、実感する。
自分のしでかしたことの、重さを――。
「…………いかなきゃ」
「ん? どこへだい?」
ママの声も聞かずにきらなはいつの間にか怪人の姿になっていた。
しかし、立体映像がぶれるような接続不良を思わせる変化が見え、きらなの制服姿と怪人姿が交互に繰り返される。
きらなの精神状態が不安定なために、悪玉によって目覚めさせられた力の制御ができていないのだ。
――その異変に、本人はまるで自覚がない。
「お姉ちゃん、まさ姉……それに、みんなに、会わないと――」
「くっ、力の暴走かい!? 早く止めないと――こみどり!」
ママが叫ぶが、こみどりちゃんは既にきらなの隣に寄り添っており、
彼女もまた、怪人の姿に変化していた。
こみどりちゃんは大鎌を手に持つ、紺色のローブを被った骸姿の死神になっていた。
もはや身長だけが、正体がこみどりちゃんだとかろうじて分かる要素だろう。
「付き合うよ、きらな。……どうしたいの?」
「お姉ちゃんたちに、会う」
「会って?」
「…………」
きらなの答えはまだ出なかった。
「うん、じゃあ、とりあえず会いにいこっか」
……会って、どうする?
謝る?
自分がしでかしたことを自覚しながら勝手に縁を切らないでと懇願する当初の目的を果たす?
……きらなは分からなくなっていた。
どうするべきなのか、このままずっとれいれのサクラ役として役目を果たすのか、怪人役としてこのやらせの世界へ足を踏み入れるべきなのか。
ただ、少なくともこれだけははっきりと分かる。
――もう、昔には戻れない。
お姉ちゃんと、まさ姉と、りりなとみにぃ……魔法少女事務所でみんなで集まり、ずっと笑顔でいられたあの思い出にはもう、二度と……。
れいれやこみどりちゃんがいる今が嫌なわけではないけど、あの場所とあのメンバー、あの空間がきらなにとってはとても楽しかった思い出なのだから。
……やがて、失ってしまったのだと実感して、涙が溢れ出てきた。
拭おうと手を持っていったら怪人になっている姿に気づかず自分の長い爪で頬を薄らと切ってしまった。
ぷつっ、と垂れる血を安全な手の甲で拭うが、赤い線が顔に残ってしまっている。
横にかすれている一の文字が、新たな血で濃く上塗りされていた。
まるで、赤い涙が流れているように見え、かすれた一と合わさりクロスしている。
「……倒して、ほしい」
「きらな……?」
贖罪をしたい、その感情がきらなの中で、魔法少女と怪人――その関係性に繋がった。
今、きらなは怪人だ、そんな自分には重たい罪があると自覚している。
なら、魔法少女であるお姉ちゃんたちに、自分を、倒してほしかった。
魔法少女らしく――まさに怪人のように。
台本なんてないぶっつけ本番。
本当の――本物の怪人としてだ。
「……これは、ルール違反なんだと思う。だからこみどりちゃんは付き合わなくても」
「付き合うよ。いつだって、私はきらなの味方だよ?」
「こみどりちゃ――うわガイコツだ!?」
遅れて気づいたこみどりちゃんの姿に驚いたきらなの声によって、空気が和らいだ。
同時に、二人が、ぷっ、と吹き出して、笑い声が響き渡る。
魔法少女が好きだから、魔法少女に倒されたい。
それは、紆余曲折あって歪んだ、一人の女の子の変わらない憧れと愛情だった。
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